52話 実力
まずは、素早く状況を確認する。
最重要であるサラの様子は……大丈夫だ、激しく消耗しているがまだ本人は傷一つついていない。彼女が守りに徹すればそうそうやられることはないとは言え、ひとまず安心する。
続いて、クライドの様子。驚きつつも未だ自分の優位を疑っていない表情は腹立たしいが放っておくとして、注目すべきは彼が持っている道具と、彼に従う魔物だ。
彼が右手に持っている、水晶玉のようなもの。あれが魔道具、恐らく魔力か魔法を『送る』類のものだ。これを使って黒い壁をクライドも行使している、ひょっとすると魔力の底上げの役割も果たしているのかもしれない。
続いて魔物のうち、この場にいるのは二匹。一匹目は戦場でも時折見かけていた小さなコウモリのような魔物。恐らくは結界で見えない分、あの魔物を通して外の様子を把握しているのだろう。
そして二匹目の魔物が、桁外れの魔力を放つ竜種。外にいる魔物や学園を襲っている魔物と比べても頭二つ以上飛び抜けている、あれが彼の切り札だろう。
……クライドの性格的にも、最大の手札は手元から離そうとしないだろうし。むしろ僥倖だ、あれが学園を襲いにきた方がよほど厄介だった。
対処すべきは竜種。その確認が済むと、エルメスは歩みを進めてサラの前に立つ。
「ご安心を、学園の結界は無事です。……よく耐えてくれました」
「っ!」
察するに、ここでサラに執着するクライドから何かしらの勧誘を受けていたのだろう。それを断った結果クライドが逆上して、サラに襲いかかっていた──と、こんな行動も読めるようになってしまったのがある意味で虚しい。
そして、同時に確信する。あれほどの威圧を持つ竜種に襲われて、紛れもなく命の危機だったにも関わらず──先ほど述べたように彼女は学園の結界を最後まで解こうとしなかったのだと。
改めて、強く敬意を払う。……そんな彼女を私怨で容赦なく痛めつけようとした眼前の男に対する敵意も、同様に。
静かに戦意を高めるエルメスの前で、動揺から立ち直ったクライドが言い放つ。
「エルメス……! 何だ、君如きがどうやって外にいる魔物たちをどうした、どうやって結界を破った、答えろ!」
「答える義理はありませんが……見て分かりませんか? 何も特別なことは無く──普通に全部斬り伏せて、普通に力尽くで叩き壊しただけですが」
「ありえないッ!」
クライドはエルメスが参戦してからの様子を見ていないのだろうか。推測するに、丁度その間はサラを拉致するのに忙しかったようだ。
……いや。
仮に、目撃していたとしても主張は変わらなかったのではないかとエルメスは思う。
認めたくないものは、絶対に認めない。
それが、エルメスが嫌と言うほどこの国で見てきた暗い面であり。アスターに通ずる、生まれつき恵まれすぎてしまったものの本能だ。
散々口では『自分はアスターと違う』と言い続けていたクライドだが、その根本だけは微動だにしていなかったようだ。
そう考えるエルメスに、クライドが指を突きつけて言い放つ。
「ふん、どんな手品を使ったかは知らないが、わざわざ僕の目の前に現れてくれたのなら好都合だ!」
「……」
「いい加減、周りを騙し続けたその化けの皮を剥いでやるよ! この僕の本気の魔法でねぇ! ──やれッ!」
号令と同時に、地竜が咆哮を上げて襲いかかって来る。
なるほど、形ある魔物の頂点に相応しい迫力と威圧だ。これほどの魔物を操れるクライドの魔法は間違いなく凄まじいものだし、数多ある血統魔法の中でも確実に脅威と言えるだろう──
それが、どうした。
対するエルメスが行った行動はシンプルだ。
左足を引いて、体を捻る。右手に構えた紫焔の大剣を先端に、体全体を使って溜めた力を右足を起点に解き放ち、
「──ッ!」
逆袈裟の一撃。
イメージするは、彼の知る限り最も美しい剣。この学園で最大級の衝撃と共に出会い、研鑽を重ねた彼女の動きを今の自分の最大限でトレース。その剣閃の鋭さに、今の自分の最高傑作である魔法の火力を重ね合わせる。
結果、どうなるか。
──地竜が、文字通り真っ二つになった。
「…………は?」
呆けた声を上げるクライドと同時に。
ずるり、と体の中央から斜めにずれたクライドの切り札。その上半分が地面に落ちて轟音を響かせる。一拍遅れてその両方が燃え上がり、速やかに、再起の余地なく灰塵へと変えていく。
一撃。
それが、クライドの操る最強の魔物とエルメスの持ちうる最強の魔法がぶつかった結果。
その光景は、紛れもなく隔絶した二人の差を象徴するものだった。
「……一つ、訂正を」
眼前の光景を到底受け入れられないクライドの前で、エルメスは平然と。
『この結果が当然』と言わんばかりに淡々とした口調で告げる。
「貴方は先ほど、この魔物を『幻想種にも劣らない』と仰っていましたが……それは舐めすぎです。幻想種は──少なくとも『彼』は、到底この程度ではありませんでした」
かつての死闘を思い出しながら、エルメスはクライドへと歩みを再開し。
「なので個人的なことですが、撤回していただけると助かります。そうすれば──多少は、手加減できるかもしれない」
「ひッ」
そこでようやく事実の認識が追いついた様子で、同時に先ほどのエルメスの宣言を思い出して軽く悲鳴をあげるクライド。
しかし尚も目の前のことを受け入れず、必死に否定材料を探す彼に向かってエルメスは続ける。──彼の心を、完璧に折るべく。
「……以前、カティア様が仰っていましたね。貴方はとにかく、自分を特別扱いする傾向にある、と」
「な、何を」
「威を借るのも、手段を選ばないのも自分だけに許されていると思い込む。そして──ここからは僕の推測になるのですが……貴方はこうも思っていたのではないでしょうか」
今度は狼狽え始めたクライドに、エルメスは迷いなく言葉を突きつける。
「──血統魔法さえ使えたら。本気を出せば、自分が一番強いのにと」
「!」
「僕はカティア様ほど人の心を見抜く術に長けてはいないので、そこまで自信はないのですが……そう思っていたと考えると、色々と辻褄が合うんですよね。貴方が学園で随分と自信ありげだったのも、どんな血統魔法を目にしてもひたすらに周りを見下し、自分が上であると疑っていなかったのも」
「な、何を、何だその侮辱は」
「実際、納得できましたよ」
クライドの言葉を遮って、今度はある種褒めるような響きで。
「魔物を操る血統魔法。知識として知ってはいましたが……ここまでの規模だとは思いませんでした。加えて多少の補助があったとは言え、それをこれほどまでに扱う実力に、竜種すらも調伏する出力。貴方の魔法の才能は、これまで僕が見てきた中でも随一かもしれない」
紛れもない称賛の言葉を述べるが……すぐにしかし、と否定の言葉と声色を放つ。
「才能を貴方は、伏せることにしか使わなかった。どんな魔法を目にしても『自分よりも弱い』と思い込み、見下して悦に浸る道具としてだけ使い、隠れた才能を周りが恐れることに満足してしまった」
ある種の特例であったニィナを除けば、奇しくもエルメスとクライドは同じ強すぎる実力を隠して学園に通う者同士だったわけだ。
けれどそんな中でも。実力を制限されても──制限されたからこそ学べることがあると吸収と研鑽を続けたエルメスに対し、悦に浸るだけだったクライド。
その差が、今の明確な実力差に……全てではないが、確実に一因としては現れていただろう。
実際、あの竜種は幻想種ほどではないにせよ間違い無く強敵ではあった。恐らく、学園に来たばかりのエルメスであればもう少し苦戦しただろう。
けれど、彼は学んだ。この学園に溢れていた多くの魔法を学び、最高傑作たる魔法を更に改良した。魔法に頼らなくとも凄まじい実力を持っていた少女の強さを学び、『剣』という形が持つ威力の活かし方を学んだ。
それらを込めたものが、先の一撃だ。
改めて認識し、エルメスは締め括る。
「与えられたものに安住し、一切の研鑽なく周りとの格付けに躍起になる。──まさしく僕が見てきた『典型的な貴族』そのものであり……そうであるならば僕は、貴方自身にこれ以上何の価値も感じません」
「な……ふざけるなっ! 僕は変革者だ、そんな推測ばかりの戯言を──!」
ついに激昂したクライドが、向こうから殴りかかってくる。
それを見たエルメスは紫焔の大剣を軽く上に放り投げると、その場で腰を落とし。
「間違いであったら申し訳ない。けれど当たっていたならば──」
何の武も感じない大振りの拳を避ける、どころか軌道を見切って突っ込み、向こうの勢いも威力に加えた綺麗なクロスカウンターを鼻っ柱に叩き込む。
恐ろしく小気味良い音が響いた。
「──良かったですね」
意識は奪っていない。故にこその激痛にクライドが襲われることを確信しつつ、エルメスは淡々と言い放つ。
「今、学べましたよ。──貴方の本気は、所詮こんなものだと」
正直これも言いたくはなかったが……学びを得るのが学校だ。その機会だけは誰にだって平等に与えられるべきだろう。
その先、Bクラスで見たように己を認めて変わるのか、それとも変わらず己以外を呪って喚き続けるのか、それは彼次第。
だが──率直に言うと後者以外の彼をもう想像はできないなぁ、と。
そう考えながら、激痛に悶え苦しむクライドを無感動にエルメスは見下ろすのだった。
まずは一発。
次回、話が動くかも。お楽しみに!




