50話 信頼
前線の魔物達を一通り倒し、結界付近まで下がってきたエルメス達。
結界付近の生徒達──ここも多くはBクラス生で、まずは歓声と共に出迎えられる。
彼らも前線でのエルメスの暴れようは見ていたはずだが、驚きつつも概ね受け入れてもらえているようだ。
……と言うより、彼らも薄々感づいてはいたようだ。
Bクラスで散々指導や知識において非凡を見せつけたエルメスが、まさか血統魔法に限って申告通りの平凡なものであるはずがない、と。
流石にエルメスの実力を完璧に予想していたものはおらず、残らず度肝は抜かれたようだが……それでも、受け入れるだけの土壌ができていた。
本当に、先ほどアルバートに言われた通りだったわけだ。
それをありがたく思いつつ、エルメスはこの先の戦況に目を向ける。
一陣である小型魔物の軍団、二陣の大型魔物たちも概ね壊滅させた。
残るは最後方の三陣、今まさに進軍を開始した特徴的な魔物の混成部隊となるのだが……
「……エル。あいつら──」
「ええ、お分かりですか。……間違いなく、一番強いですね」
形状から察するに、何かしら尖った性能を持った魔物の集団だ。
そして得てして魔物というものは、こういう連中の方が強い。
……恐らくは、あの連中こそが本隊。先ほど以上の難敵であることは間違いないだろう。
でも、恐れはない。
エルメス自身の実力、カティアの助力に加えて、今はこの上なく頼れるBクラス生達がいる。
戦場を恐れて引きこもった生徒より、そもそも戦う気すら無くしてしまった教員陣よりも余程頼りになる。魔力も消費は大きいがまだ保つ。彼らとの連携次第では、さしたるリスクを冒さずとも完封だって難しくないだろう。
その確信と共に、カティアと頷き合って。まずは前線で消耗した生徒の回復を頼もうとして──
「──待ってください」
そこで、ようやく気付いた。
「サラ様は、何処ですか?」
「──え」
エルメスの声を聞いて、カティアやBクラス生達も目を見開く。
いない。
つい先程までそこにいた、負傷した生徒の傷を癒していたはずのサラが。
本当に誰にも気付かれることなく、いつの間にか──忽然と消えていた。
エルメスは即座に周囲に魔力感知を飛ばす。……微かにある、が、遠い。大まかな方角しか分からないほどの遠距離だ。ここから察するに、
「……攫われた……?」
呆然と呟くカティアと同じ結論に、エルメスも辿り着く。
「──ばかな」
それを受けて、アルバートが首を振って指差す。
「いつの間に、いや、それより──どうやったんだ!? この通り結界は未だ健在だ、これがある限りサラ嬢の敵は入り込めないはず──」
「……結界の条件は?」
「何?」
「サラ様の『精霊の帳』は、結界で遮断するものや条件を操作できることが特徴です。その上で、この校舎を覆う結界は『何』を遮断条件にしたか……誰か聞いている方は」
魔法をよく知る故のエルメスの質問に、別のBクラスの女子生徒が答える。
「き、聞いたわ。確か……『一定以上の魔力を持つもの』って言ってた気がする。それなら魔法の流れ弾も当たらないし、魔物も通れない。逆に魔力を抑えれば人間、生徒たちは行き来できるだろうって」
「じゃあ、生徒なら誰でも通れるんですね?」
「──あ」
その推理で、カティアを始め前線の生徒達が気付く。
彼らには既に伝えてある、この騒動で魔物をけしかけた元凶となった張本人、クライド・フォン・ヘルムートのことを。
彼女の結界を、魔物は通れない。魔法も通さない。
だが──『クライド本人』だけならば、すり抜けられるということだ。
それを理解した上で、カティアが疑問を呈する。
「で、でも! 魔物は通れないんでしょう!? 魔物がなければクライドは多少汎用魔法が上手いだけの魔法使い、いくら不意を突かれたからってあの子が大人しく攫われるわけが──」
「あの、学園を覆う黒い壁」
しかしその疑問に関しても、彼は既に答えを出している。
「あれはクライド様の魔法ではない。彼に協力者がいることは明らかです。その協力者本人に手伝って貰ったか……もしくは、何かしらの魔道具で力を借りたか。彼本人の実力に加えて、未知の魔法まで扱われれば、いくらサラ様でも不覚を取ることもなくはない」
反論はない、それがあり得なくはない……どころか最も確度が高い推測であることを全員が把握したからだ。
「あの男、妙に姿を現さないと思ったらそんなこと──!」
カティアが見抜けなかった悔しさと共に歯噛みする。……が、無理もない。ただでさえこちらの対応は後手に回っていたのだ。その上向こうの狙いを先回りすることは極めて困難だっただろう。むしろ早急に把握できただけ御の字だ。
とりあえず、これで状況は共有できた。問題は。
──あの、クライドがけしかけてきた魔物の本隊が迫り来る中で、サラの奪還にも力を割かなければならないということだ。
「……」
結界が残っている以上、サラが健在であることは間違いない。
だが、それもあくまで現時点ではだ。当然今後もそうであるという保証はないし、この結界がなくなれば、今の生徒達だけで校舎全域は守りきれない。こちらの壊滅だ。
故に、サラ奪還は急務。だが向こうは恐らく既に結界を出て魔物を側に置き、更に未知の魔法まで操るクライド。生半な戦力では返り討ちにされてしまう、向かわせるとしたら大戦力以外ない。
だがその場合、既に中程まで迫っている魔物の本体を、生徒達に受けきれるかどうか──
(──いや)
違う。また悪い癖が出た。
これまでの生活故か、基本的に自分一人でなんとかすることを考えてしまう。
それは良くない。自分はこの学園でサラを見て、何を学んできた。つい先ほども、アルバートに怒られたばかりではないか。
頼れると思ったのならば、任せる勇気もいい加減持つべきだろう。
軽く息を吐くと、決意と共にエルメスは顔を上げる。
「……サラ様の奪還には、僕が向かいます」
「でしょうね。あの子の居場所が正確に分かるのも、未知の魔法に一番強いのもあなただもの」
「単騎精鋭が最も適している、異存は無い」
カティアとアルバートが頷く。だが、それが意味することはすなわち──
「──その間、魔物達の相手は皆さんだけにお任せすることになる。間違いなく、先ほどの魔物達よりも強力です。こちらも数が増えたとはいえ、苦戦は免れないと予測します。が……」
「……」
「それでも、今の皆さんなら対応できると思う。できると……信じたい。……頼らせていただいても、よろしいでしょうか」
──その時の、Bクラス生達の反応をなんと表現したら良いだろう。
驚くような、戸惑うような。微かな迷いと、消すことのできない恐れ。
でも……それが霞むほど、それ以外が瑣末になるほどの大きな感情。
「──任せろ」
彼に頼ってもらえるという、喜びと誇り。
その感情を代表するように、アルバートが万感の思いとともに返答する。
「そちらこそ、サラ嬢のことは任せたぞ」
「はい、必ずや」
言葉を交わす二人。それを横でカティアが再度の憧憬と共に見つめ、告げる。
「……指揮は、私が取ってもいいかしら。余所者がしゃしゃりでるようであれだけれど」
「何を言う、カティア嬢であれば誰も異存はあるまい」
間髪入れず、アルバートの快諾。後ろのBクラス生も頷く。
確かに今はAクラスではあったが、かつての級友。しかもその時の彼女の姿、サラに嫉妬せず、サラとはまた違った方向で分け隔てなく接し、そして非常に公正で優秀だった様子も全員が知っているのだから。
そんな元クラスメイトに視線で謝意を示すと、カティアはエルメスに向き直る。
「そういうわけよ。遠慮なく私の分も、あの馬鹿を叩きのめしてきなさい。……ここは絶対に私が、誰も死なせないから」
「はい、助かります」
微笑と共に頷く。……するとそこで、何故かカティアがにゅっと、軽く手を握って差し出してきた。
「ん」
「? ……カティア様?」
「戦う時は、こうするんでしょう。……対抗戦の時見てから、ずっと羨ましかったんだから」
納得する。対抗戦終了後、サラ、アルバート、ニィナと健闘を称え合ったことを言っているのだろう。
……それは本来、戦いが終わった後のものなのだが。
まぁ構うまい、と彼は苦笑と共に、気恥ずかしげにそっぽを向く主人に向け、同様に握り拳を差し出して軽く打ち合わせる。
軽い音と共に、意思と誓いを交換する。
彼らにとっては、もうそれ以上言葉は要らず。エルメスとカティアは、それぞれの戦場に向かって駆け出して。
──そしていよいよ、防衛戦は最終盤へと突入する。
次回、ようやくクライド君登場予定。お楽しみに!




