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34話 変革

「ふざけろ」


 どうしてこうなった、とBクラス担当教員、ガイスト伯爵は思った。


「いや、失礼。言い直します──ふざけているのですか? ガイスト先生」


 簡単な仕事だったはずだ。

 今まで通り、Bクラスに赴いて。自らの弁舌で以てBクラスの無能を、無才を十分に分からせた上で。

 そうして、じっくりと話を聞き出す。先の対抗戦でBクラスが行った不正、恐らくはエルメス──あの分を弁えない卑しい平民の男に唆されてやったことを自白させる。それだけのこと。


 大して手間のかかる作業ではない。一人ひとり個別に呼び出して話を聞く、なんて面倒な手順を踏む必要もない。

 ただ、今まで通り壇上で語るだけ。そう──かつてエルメスが編入してきた日、伯爵が最初の授業で行ったように。

 あの時はエルメスに卑劣な真似で邪魔をされたが、今回奴はいない。むしろあの件で目の敵にしていた奴を追い落とす絶好のチャンスだと張り切って。


 だから今まで通り、まず語った。お前たちBクラスが如何に落ちこぼれで、足りない人間で、愚かしい存在なのかを。

 そうして身の程を理解させてから、今度は優しく問いかける。

 ──そんなお前たちが選ばれしAクラスを魔法で上回るなどできるはずがない。以前のように、あの男の何か卑劣な手をお前たちも使わされたのだろう? 何をしてしまったか、素直に吐くが良い。そうすれば非は全てあの平民にあると証明される、お前たちにこれ以上の咎は行かないだろう、と。


 つまり、全ての罪をエルメスになすりつけろ、と唆したわけだ。

 Bクラスは落ちこぼれだが、それでもあの平民よりは優秀で身の程を弁えている。これまでも自分に従ってきた素直で従順な彼らならば、こう言えばすぐに自分たちのしでかしたことを赤裸々に語り出すに決まっている。だって、これまではそうだったのだから。


 なのに。


「もう一度言います、我々は(・・・)不正など(・・・・)していない(・・・・・)。きちんとルールに則って、正当な努力と対策をこの二週間積み重ねてきた結果の当然の勝利。あの男ならばそう言うでしょうし、我々もそうだと受け止めている。不正だのと言われるのは甚だ心外です」


 真っ先に声を上げた男子生徒が言った言葉は、そんな自分の予想とは真逆を行くものだった。

 そう言って自分を睨みつけるのはアルバート・フォン・イェルク。イェルク子爵家の長男。

 彼は自分のお気に入りだった。入学した頃は伯爵家クラスの血統魔法を授かったと──その程度で期待と信念に目を輝かせていた彼が、入学直後の合同魔法演習で心を折られる様は大変愉快だった。

 その後、自分の授業での指導によって身の程を理解させて。徐々に瞳を濁らせ、目上の者に従順になっていく様……自分の『教育』が浸透していく様子、立派なこの国の貴族として相応しい態度になっていく過程を見ては自らの教師としての才覚に震えたものだ。


 そんな彼が今、入学した頃のような生意気な視線で自分を睨みつけ、自分に逆らうような言葉を吐いている。

 ──それを素直に受け入れることは、ガイスト伯爵の肥大した自尊心が許すはずもなく。


「な──んだその目は! 君、誰に向かってそんな口を聞いていると思っている!」


 エルメスが聞けば「定型文ですか?」と皮肉を言われそうな言葉と共に、歪んだ表情でアルバートに食ってかかる。


「どうやら、あの男に騙され私がこれまで教えてあげたことを全て忘れてしまったと見える! まだそんな態度を取るなんて、君は一体この学園で何を学んだと言うのだね、嘆かわしい!」

「何を学んだか、ですか。それはもちろん、今この瞬間も良く理解しましたよ。……貴方がたが、生徒の変化も努力も切磋琢磨も、一切見る気なんてなかったということを!」


 今までの彼からは信じられない言葉──否、この学園で腐らせてしまっていた本来の彼に相応しい喝破を受けてガイスト伯爵が怯む。

 そこに合わせるように、彼の後方で一人の少女が立ち上がる。


「……皆さん、頑張ってきたんです。不和を乗り越えて、ちゃんとお互いを理解して」


 サラ・フォン・ハルトマン。

 この少女もそうだ。入学時は自信なさげに周りの全てに怯えていたくせに。

 きちんと弁えた態度に免じて、男爵家令嬢の分際で多くの貴族子弟から声をかけられ、王子にも見染められるという誰もが羨む立場に居ることを見逃して(・・・・)やっていた(・・・・・)と言うのに──

 今は、同じく生意気な信念を宿した顔で自分を見据えてくる。


「エルメスさんは、わたしの身勝手な説得に応えて歩み寄ってくれました。クラスの皆さんも、それを受け入れてくださいました。……そうして、クラスの皆さんが一生懸命やってきたことを、その集大成だった対抗戦の成果を──『不正』の一言で片付けるのは、やめて、ください」


 言葉や口調はアルバートよりも控えめながら、宿す意志の強さは彼と遜色ない。

 歯軋りと共にとにかく言葉を返そうとするが、それを遮るかのように別方向からまた少女の声。


「というか、学ぶのは先生の方なんじゃないかなーと」


 ニィナ・フォン・フロダイト。

 どこか掴み所のない生徒だったが、特に表立って自分に逆らおうともしなかった生徒。

『血統魔法の使用を禁じられている』と言っても、Aクラスのクライドと同じわけがない。多少は特殊な技能を持っているようだが所詮は子爵家、大したこともないだろうと見過ごしていた生徒まで……どこか自分を憐れむような視線と共に告げてきた。


ボクたちはもう(・・・・・・・)先生の(・・・)知っている(・・・・・)ボクたち(・・・・)じゃない(・・・・)。それを認識しないまま喚き続けているだけじゃ、何も届かないどころか──多分、今までより酷い目に遭うと思いますよ?」


 金の瞳を、妖しくも鋭く光らせて伯爵を視線で射抜くニィナ。

 それを皮切りに、他の生徒も。

 言葉こそないものの、自分に向けられる視線は雄弁に物語る。──紛れもない、自分への不信と敵意を。


「貴様ら、この、揃いも揃って──!」


 悪態をつこうとするが、三十近くの視線の圧力に怯んでかその声量は小さい。

 ……これまで、自分より明確に下だと思っていた生徒たちの一斉反抗。そのあまりの大きさに、これまで弱いものは嬲るもの、自分に逆らうなど考えもしなかった伯爵は狼狽し、有用な手立てなど打つことができるはずもなく。


 結局、その後も細々と圧力をかける言葉を言い続けたが、どれもこれも今までの論法の言い換えでしかなかったため、生徒たちに有効どころか、ニィナの言った通り余計に反抗心を募らせるだけの結果に終わった。

 遂には──追い出されるようにして、教室を出るしかなくなったのである。




「ふざけるなッ!!」


 そして、教官室別室にて教員たちからねちねちと嫌味を言われ、それをうんざりしながら躱し続けていたエルメスの所にガイスト伯爵が入ってきて。

 笑顔でBクラスの問い詰めの結果を問う教員たちに、伯爵は消沈した表情で答え──直後、ルジャンドル学年主任の怒号が飛んだ。


何一つ(・・・)聞き出せなかった(・・・・・・・・)だと!? 君、そんなことが許されるとでも思っているのかッ!!」

「も、申し訳ございません! どうやらこのエルメスが随分とBクラスの連中を言葉巧みに丸め込んだようで──」

「言い訳などどうでも良いッ! 君には失望したぞ!」


 ルジャンドルの怒声を受け、Bクラスではあれほど横柄に振る舞っていたガイスト伯爵が必死に頭を下げている。

 教員たちの力関係が垣間見える場面だが……正直微塵も興味がない。


「どうするのだ、既にAクラスの父兄──高位貴族の方々から多数の苦情を受けているのだぞ! その方たちにはきちんとBクラスの不正を証明するからと待って頂いているのだ! それができなければ、一体どうなるか……!」


 そして、この強制詰問を決行した経緯も大体予想通りだった。

 どうやら余程厳しい突き上げを食らっているらしく、ルジャンドル学年主任の顔が青ざめる。……それを見て、多少なりとも溜飲が下がったところで。


「では約束通り、僕はBクラスに戻りますね」

「ま、待てっ!」


 さっさと出ていくべく立ち上がるエルメスに、やはりと言うか何と言うかルジャンドルの制止がかかる。


「き、君も今のを聞いただろう! ここで君が認めなければ多くの貴族の方々に迷惑がかかるのだぞ!? それを理解しているのならどうして認めようとしないんだ!!」

「何度も言っていますが、認めるべき事柄自体が存在しませんので。そして──迷惑がかかるのは貴族の方々ではなく貴方がたでは?」

「同じことだ! 我々が居なくなれば誰がこの学園を回すのだ! いいからさっさと自分がやったと言うんだ、でなければ」

「あの、Bクラスから証言を得られない場合追及をやめてくださる約束ですよね?」

「うるさいッ! そんなことよりこの学園の方が大事だ! 君は国をいたずらに乱しておいて恥だと思わないのかね!? そもそもこの場における立場が分かっていないようだ、一体我々を誰だと──!!」

「……」


 ……よもや、口約束とは言え平然と反故にするとは。

 本当に色々と、この学園は自分の想定を超えてくる。Bクラスのような強さにおいても、Aクラスの……そしてこの連中のような、愚かさにおいても。


「……立場、ですか。そう言えば先程仰っていましたね。『魔法の強いものがより多くの権利を得る』と」


 そして、流石のエルメスもいい加減我慢の限界というものが存在するので。

 それなら、と告げて、心中で少しだけユルゲンに謝罪してから。



「──僕が(・・)今ここで(・・・・)貴方がたを(・・・・・)全員(・・)のして(・・・)しまえば(・・・・)、皆さん僕の言うことを聞いてくれるんですか?」



 ぞわり、と。

 そう言ったエルメスから放たれる魔力、圧力、そして殺気とも呼べるような恐ろしい何かに。

 その場に居た教員たちが全員青ざめ、一斉に言葉を失った。


 腐っても彼らはこの魔法学園の指導教員。それに最も求められるとされる──魔法の能力は総じて高い。

 だからこそ、気付いてしまう。本能的に察知してしまう。

 ──彼の(・・)言うことは(・・・・・)嘘ではない(・・・・・)、と。彼は本当に、その気になれば自分たち全員を相手取っても圧倒できるだけの何かを隠し持っていると。

 普通に考えればあり得るはずのないそれを、けれどどうしようもない直感によって悟ってしまう。


 ……だが当然、彼らの理性や自尊心が、それを認められるはずもない。

 気を取り直すように、或いは気圧されてしまった自分たちを誤魔化すように、再度何事かを喚き始める教員たち。

 しかし、最早それに耳を貸す気は微塵も起きない。なのでエルメスは全て無視して、出口へと歩き出し。

 扉を開けてから振り返って、断片的な言葉を拾ってから最後に一言告げる。


「『僕が認めなければ学園が乱れる、秩序が壊れる』ですか。ではこう返しましょう──勝手に壊れてください、願わくば是非貴方たちごと」


 最後に教員たちの引き攣った面を拝んでから、エルメスはぴしゃりと扉を閉めるのであった。




 ……まあ、そうは言っても恐らくあの様子からするに、明日以降もエルメスへの追及はやめないだろう。あくまであの場の約束は『今日のところは追及をやめる』だったし。


 だが、問題はない。

 エルメスは知っている。今教員たちが食らっているであろうAクラス父兄たちの突き上げが、明日以降は更に激しくなることを。

 何故なら──明日以降は(・・・・・)ユルゲンも(・・・・・)それに(・・・)加わるからだ(・・・・・・)


 カティアの父親という立場を存分に利用し、『娘が所属するAクラスが敗れた。不正も見つけられなかった。故に、指導した教員たちに問題があった』と至極真っ当な理由を提げて。あとは今日のエルメスに対する仕打ちも恐らく弾劾の要素に入れるだろう。そのために音声記録の魔道具も今日持たされていた。

 彼曰く、今日までの三日間で教員たちを責めている父兄への根回しも済む見込みらしい。ユルゲンは逆に今日に間に合わずエルメスを矢面に立たせてしまうことを謝っていたが……むしろ僅か三日で根回しが済む方が異常だということは流石のエルメスでも分かる。


 現時点でも手を焼いていたらしい突き上げにトラーキア公爵家までもが加わり、しかもユルゲンの主導によって統率まで取られるのだ。

 どう考えても対処に追われてエルメスの方まで気が回るまでは行かない──どころか、あのユルゲンが多くの高位貴族を味方につけた上で敵に回るのだ。……控えめに見ても破滅以外の彼らの末路はエルメスには思い浮かばなかった。


 なので、後は彼に任せておいて大丈夫だろう。……というか、正直なところこれ以上あの教員連中の相手はエルメスもしたくない。

 そう考えて、ユルゲンに心の中で改めて謝意を述べつつ廊下を移動し、Bクラス教室の扉を開く。


「あ、おかえりエル君──ってうわ、すっごい疲れた顔」


 すると、真っ先に声をかけてきたのはニィナ。そしてエルメスの顔を見るや否や、驚きと苦笑が入り混じった顔で労ってくる。


「まあ、大体何があったかは分かるよ。ほんとお疲れ様」

「……はい。いや、本当に疲れました」

「その分だと予想以上にうんざりする感じだったみたいだねぇ。……大丈夫? よしよしする?」

「正直今はすごくお願いしたいのですが、カティア様に怒られそうな気がするのでやめておきます」

「ふふ、分かってきたじゃん。じゃあ残念だけど、それはカティア様に任せよう。愚痴くらいは聞くからさ」


 そんな会話をしつつ、席に座る。すると今度はもう一方の隣から控えめな声がかかった。


「……お疲れ様です。……そして、ありがとうございます、エルメスさん」


 サラだ。彼女も概ねエルメスに何があったかは予想がついているのだろう、どこか後ろめたさを感じる声だ。


「……ごめんなさい、あなたを一番ひどい目に遭わせてしまったので……」

「……いえ。むしろおかげさまでBクラスの皆さんは随分と良心的だったと確認できたので」


 そんな彼女に、安心させるようにエルメスは微笑む。


「それに、こちらも申し訳ない。そちらに向かったのがガイスト先生だとすると、恐らくかなり心ないことも言われたと思いますが」

「い、いえ! こちらは大丈夫だったので、エルメスさんの方が──」

「何を互いに謝っている、お人好しにも限度があるぞ」


 謎のループに陥りそうなところで、今度は正面からアルバートが呆れ顔でやってきた。


「何処をどう考えても、悪いのはあの教員連中だろう。むしろ今はその圧に屈しなかったお前たちを誇るべきところではないのか」

「それは……」

「……仰る通りですね」


 どうやら、多少の判断力を欠く程度には彼も心労が凄まじかったらしい。

 だが、それもここまでだ。教員に明るい未来が待ちようもないことは示した通りだし──何より。


「……このクラスの皆さんは、ちゃんと変わってくれましたから」

「ええ。……きっと、このクラスには留まらないと思います」


 エルメスの言葉に、サラが少しばかりの高揚と共に答える。


「このクラスから、きっとAクラスにも、他の学年にも、そして──学園全体にも」

「だねー。その中心にいるのがボクたちか。……悪い気はしないね」


 編入時に学園を覆っていた、どうしようもない支配構造と閉塞感。

 対抗戦をきっかけに、今回の教員とのやりとりを皮切りに。

 正しく変われるものには未来を、そうできないものには破滅の停滞を。

 かつてユルゲンが、そしてローズが望んだ景色。そしてエルメスもそうなって欲しいと思った変化が、きっと間近に迫っている。


 そんな予感と共に──エルメスは、彼を囲む友人たちともう一度、期待を込めた笑みを交換するのであった。

いよいよ、学園が変わり始めます。

次回はAクラス周りのお話の予定。お楽しみに!

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[良い点] 流石、ユルゲンパパ。 今までローズと娘のことで溜まりに溜まってたんだなぁ。 [一言] 教師陣分かってないんだろうなぁ、自分たちが完全に詰んでること。 エルメスも分かってないなぁ、Aクラス…
[気になる点] うーん、普通さぁ。こういう場合Bクラスに対して何かしらのメリットのある取引くらい持ちかけるべきだと思うんだよな。 それもせず、ひたすら同じ論調。控え目に言って無能だよな。 いやアホ伯爵…
[気になる点]  伯爵先生ェ……  この先生きのこるには一体どうしたらいいのか。
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