33話 教員たち
「だ、だからBクラスの人間がAクラスに勝つなど──」
「それしか言えないのですか? その理屈は今ここに並べられた証拠よりも説得力があるとはとても思えないのですが」
この後に及んで尚同じ言い分を繰り返すルジャンドル学年主任に、エルメスは冷めた視線を向ける。
主任が最初に被っていた友好の仮面はとうの昔に弾け飛び、今はその下にある選民意識と固定観念に支配された表情が忌々しげにエルメスを睨みつけるだけだ。
「そ、そもそも何故このような証拠が都合よくここに並べられている! まるで我々に追及されると分かっていたようではないか、そうまで躍起に証明するのは何かやましいところがあるからだろう!」
おっと、今度は前半部分だけだが悪くない点を突いてきている。
が、これに関してもユルゲンからレクチャーを受けている……というか今のところこの連中はユルゲンとエルメスが想定した通りの追及しかしてきていないのであまりに返答が楽すぎる。
「ええ、今のように理不尽極まりない追及をされるだろうとトラーキア公爵閣下は予想しておいでだったので。『何もやましいところは無かったと証明してきなさい』と仰せを受けております」
「そんなわけがあるか! トラーキア公爵閣下もAクラス生を子に持つお方だ、この結果を見て何も懐疑を抱かないはずがない!」
「そうか。よもや貴様、公爵閣下の言葉を騙っているな! 今一度我々が直接閣下に確かめてもよろしいのか!?」
「あの、馬鹿──失礼。そんなすぐに明らかになる虚偽を言う必要が何故あるのですか。確かめたいのならばどうぞ、それを止める権利は僕にはありません」
ただし、とエルメスは一拍置いて、突きつけるように告げる。
「その場合、『自分たちはトラーキア公爵の判断に疑念を抱いている』と面と向かって言うことと同義ですが、それでもよろしければ」
教員たちが、一斉に息を詰まらせる。
……概ね、この教員たちの生態が分かってきた。
凝り固まり切った身分至上主義の人間。故に──自分たちよりも立場が上の人間の言葉は大人しく聞かざるを得ない。
本当に、この場での名の使用を許してくれたユルゲンには感謝しかない。まあむしろユルゲンは愉快そうに笑いながら『思いっきりやっておいで』と言っていたのでこの状況は望むところなのだろう。
この国を変えたいと望む、ユルゲンの。ならば自分は、その期待と自らの意思に従った振る舞いをするのみだ。
「だ、だからと言って! この資料だけで全てが分かるわけではあるまい!」
そんなことを考えているうちに、別の教員が次のこじつけを見つけたようだ。
「あくまでここに記されているのは対抗戦での出来事だけ! つまりその前──対抗戦以前に何かを仕込んでいたならば分かりようが無い!」
「そ、そうだ! そう言えば貴様ら、対抗戦が決まってから毎日演習場で怪しげなことをしていたではないか! そこで何かを仕込んだに違いない!」
「はあ」
次に来るのはそこだろうと思っていたので、エルメスは意図的に気のない返事をして向こうを苛立たせてから、ゆっくりと確かめる。
「なるほど。あの放課後の鍛錬で何か……そうですね、例えば生徒たちの魔力や魔法の性能を不当に上昇させる薬物か道具の使用でも行っていたと?」
「ああ!」
「ほう、あそこで。つまり学園で行われていた鍛錬、貴方がたも時折見にきて散々馬鹿にして行ったあの場で、僕が何かを行っており──」
今度もエルメスは、そこで声のトーンと視線の温度をがらりと変えて言った。
「──自分たちは何も見抜くことができなかったけれど、何かはやっていたに違いないと」
それは、痛烈な皮肉だった。
そもそも訓練中に止まらない。対抗戦本番もそうだし、そもそもエルメスがBクラス生たちに何か不当なことをしていたとしたら。
その内容を、誰よりも生徒を見ていて然るべき教師が一切見抜くことができなかったと言うこと。
つまり──『自分たちの生徒を見る目は節穴です』と大々的に宣言するも同じだと、エルメスは突きつけたのだ。
もし教員たちが本当にエルメスを疑っているのならば、そして教師たらんとするならばそれでも追及は続けるだろう。
だが……断言しても良いが眼前のこの大人たちは違う。自意識に塗れ、自らを正当化することが本能レベルで染み付いてしまった連中は。
『不正の暴露』と『自らの不明の隠蔽』を天秤にかけた場合、一瞬の静止すらなく後者に傾く。そういうものだと、彼は知っているし聞いている。
今回はそもそも不正などありはしないのだが、あったとしても結果は変わらないだろう。
いや、それ以前に──今回の対抗戦で、彼らは指導力の無さを露呈してしまった。実態はどうあれ、この場にはAクラス担当の指導教員も多い。Aクラスが敗北したのは教員の責任だと父兄から、つまり高位貴族の方々から突き上げを既に受けていてもおかしくはない。
つまり、不正をこじつけられても見る目がないと非難され、暴けなければ指導力がないと罵られる。
どちらに転んでも、名誉を重んじる彼らにとっては地獄だろう。
それを自覚させられて、教員たちは一斉に重苦しく黙り込む。
影響は甚大で、その後も追及は細々とあったが全てエルメスが淡々と論破を繰り返し。
やがて沈黙の占める割合が多くなって来たところで──遂に、正面のルジャンドル学年主任がこう声を上げてきた。
「……そもそも、なんだね君は。いくらトラーキア家のお気に入りとは言え所詮は平民で使用人。昔は神童と呼ばれていたようだがそれも過去の話、今は大したことのない魔法使いだろう」
「……」
「その証拠に対抗戦──血統魔法を使うAクラス生を誰一人倒せない、トラーキア公爵令嬢に成すすべなく嬲られるしか無かった無能の分際で、どうしてそんな偉そうな口が聞けるのだ。身の程というものを考えたことはあるのかね!?」
……いよいよエルメス本人に対する攻撃を始めた。
それはエルメスの理論に攻撃する部分がなくなったと宣言しているも同義なのだが、果たしてその自覚はあるのだろうか。多分無い。
「ここは魔法学園だ。必然的に魔法の強いものがより多くの権利を得る。君のような人間にここで発言が許されていること自体特例なのだよ?」
「それはありがたいですね。ところでその理屈で言うと……クライド・フォン・ヘルムート侯爵令息は学園で血統魔法を扱えません。なのにAクラス長という発言力の高い立場でいることに文句はないのですか?」
「はは! 何を言う、クライド君はかつてアスター殿下にも認められた優秀な魔法使いだ。君のように実力が足りないのではない、実力を隠しているだけだ! そんなことも分からないのかい!?」
最早最初の態度の面影すらなく、鬼の首を取ったように優越感に満ちた笑みを浮かべるルジャンドル学年主任。
「真に優れた者は、そうそう簡単に自らの実力をひけらかさないものなのだよ、君と違ってね! そんなことも分からないから君はだめなのだ」
「その通りだ! 少々図に乗っているのではないか!?」
「運に恵まれただけでこの場にいる分際で、恥を知れ!」
便乗して、周りの教員も騒ぎ出す。
……最初の方はまだ生徒を詰問する体を取っていたのだが、もうその面影もない。
そして恐らく彼らは、エルメスの自尊心を傷つけることでとにかく冷静さを失わせようとしているのだろう。きっと、自分たちが一番やられて嫌なことがそれだから。
ならば当然──彼にそんな狙いに乗ってやる義理はない。と言うか乗りたくても乗れない。理解ができないから。
「はい、仰る通り今の僕が大した血統魔法を扱えないのは確かですね。カティア様にもまず敵わないでしょう」
故に、淡々と。一切取り乱さず、自らの実力が足りないことをあっさりと受け入れる。
その上で、茶番はもう良いだろうと。
「──で、それ。今のお話に関係あります? 僕はBクラスが不正をしたという考慮に足る根拠を提出してくださいと要請しているのですが、『僕が弱い』こととそれに何の関係が?」
立場の弱いものをいたぶって調子に乗っていたつもりの教員陣に、改めて現実を突きつける。
一挙に熱を奪われる教師たち。……ここまでくるといっそ滑稽だ。
当然、何も言えるはずがない。何も言えなくなったから先程のようにエルメス本人を傷つけようとしたのだから。
そのやり方がエルメスには通じないと分かった以上、いよいよ向こうも言葉が尽きる。
しばし沈黙を守っていた教師たちだったが、やがてルジャンドルがぽつりと告げた。
「……ふん。どうやらどうあっても認めるつもりはないようだね、君の行いを」
なるほど、これでも認めるつもりはないらしい。自分たちの詰問が不当だと。
「ええ、何せやっていませんから。……では、そろそろ戻っても良いですか? 昼休みがもう終わるのですが」
「いや、それは許さない」
エルメスの言葉に、きっぱりと断るルジャンドル。何の権利があって、と流石に顔を歪めるエルメスに、ルジャンドルはまだ何かあるかのように口元を歪めると。
「随分と周到に理論武装をしてきたようじゃないか、エルメス君。君の口を割らせるのは骨が折れそうだ──だが、君以外ならどうだろうね?」
「はい?」
「分からないかい? ──Bクラスの人間に不正があったかを聞く、と言っているんだよ」
ルジャンドルが、種明かしをするように手を広げて続ける。
「元よりそちらが本命だ。なあに、Bクラス生は落ちこぼれと言えど君なんかより余程分を弁えている。聞き出しに向いた教師も今向かっているところだろう、直ぐに君の悪辣な企みは白日の元に晒される!」
……そういうことか。つまりエルメスが無理ならばBクラス生の方を詰問して聞き出そうと言うのだろう。
恐らくBクラス生も平民のエルメスには当たりが強い、特段庇い立てもするとは思えない……くらいの魂胆だろうか。
(…………いや、本当に)
どうしようもないんだな、この人たちは。
そうエルメスは考えた。
なるほど、この教師陣に比べればBクラスの生徒たちはまだ見込みがあった。彼らを見捨てようとした以前の判断は早計だったと別方向からも証明されてしまった形だ。
そして、本当に愚かだ。
彼らはまだ──この学園が何も変わっていないと思い込んでいるのだから。
「ちなみに、そのBクラス生からも何も不正の言葉が出てこなかった場合は?」
「はは、そんなことあり得るわけがないだろう。──そうだね、億が一そうなった場合は今の所は追及をやめてあげてもいいとも」
よし、言質も取った。
ならば後は任せるだけだ、とエルメスはBクラス生の生徒たちに、来たばかりの頃ではあり得なかった信頼を抱きつつ。
それまでこの空間に居続けなければならないのは癪だが、それが気にならない程の期待と共に椅子へと腰掛けるのだった。
次回、Bクラスのお話。
例の方も再登場するかもです。お楽しみに!




