32話 詰問
アルバートの言葉に従い、教官室へと足を運ぶ。
するとそこにいた職員にまた別室へと案内され、扉を開いた瞬間──エルメスは目を見開いた。
入ったエルメスを取り囲むようにコの字型に机が並べられ、そこにずらりと多種多様な教職員が座り込んでいる。ざっと十人ほどだろうか。
共通しているのは、全員が一様に頬杖をついていたり剣呑な視線を向けていたりと、こちらに対する好意など欠片も感じられないことだろう。
カーテンは閉められ、部屋の明かりはどこか薄暗い。体感温度も冷たく、どこか床の硬さが強調されて感じられる。
そして中央にできたスペース、その更に真ん中にぽつりと椅子が置かれているのだが……まさかあそこに座れと言うのだろうか。
「座りたまえ、エルメス君」
そのまさかだった。
これではまるっきり裁判の被告と同じだ。仮にも生徒にする仕打ちだろうか。
しかし、位置取りと言い視線と言い照明と言い、露骨なまで圧迫感を与えてくる。ここまでくると狙いが分かりやすい。
恐らくこの教員たちも高い家門の人間なのだろう、なるほど普通の生徒──身分や権威を至上とする人間であるならばもうこの時点で怯えきり、真っ当な発言などできなくなってしまうに違いない。それも向こうの狙いだろう。
だが、エルメスはエルメスである。
この光景を見て真っ先に彼が思うのは怯えでも恐れでもなく……呆れだ。
たかが生徒一人に話を聞くだけで。恐らく別の狙いもあるのだろうが──それでもここまで一人の生徒を詰問、或いは尋問するためだけにこれほどの人数と情熱をかけるなど、非効率の極みである。
そんなことを考えながら、表面上は大人しく着席した彼。その正面に座る髭の豊かな男性教員、先ほども着席を促した教員が、再び口を開く。
「それでは始めようか、エルメス君。私は学年主任をしているオーバン・フォン・ルジャンドル、侯爵家の者だ。まあ、当然知っているものとは思うが」
当然知りませんでしたが。
そう言おうとするのをかなり苦労して抑え込むエルメスの前で、そのルジャンドル主任は意外にも微かに友好的な表情を見せ。
「まあそう固くならないでくれたまえ。ここに呼んだのは、君に簡単なことを聞きたかったからだ。つまり──」
欠片も信じられないことをいけしゃあしゃあとのたまってから遂に、その聞きたいこと。話の核心へと切り込んだ。
「先の対抗戦。君は一体──如何なる不正を使ってBクラスを勝たせたのだね?」
「…………」
……なるほど。
その言葉でもう、エルメスはこの教員たちへの信頼を相当に落とすことを決めた。
『何かをしたかどうか』ではなく、『一体何をしたのか』でもなく。
最早彼らの中で、エルメスが不正をしたことは確定事項で。ここからするのは、その内容を問いただす作業だと疑いもなく信じている。
エルメスが黙り込んだのをどう思ったか、ルジャンドルは不自然に友好的な響きを作って問うてくる。
「言わないのは君のためにもならないよ? 大丈夫、私は分かっているとも。誰もが羨むAクラス生に嫉妬して、如何なる手を使ってでも引き摺り落としたかったんだよね? まさに平民らしく卑しい思考だが、私は責めないよ。そう言った若気の至りを正すのも我々の仕事だし、ここは学園。身分を理由に差別はしない。白状してくれれば悪いようにはしないとも」
差別しないと言った直前に差別発言があったのは気のせいだろうか。
……しかし、大凡分かってきた。
まず、エルメスを呼んだ目的は上記の通り対抗戦の詳細を問いただすことで。
この人を威圧することだけに情熱を注いだ部屋で冷静さを奪い、そこでルジャンドルが友好的に問い正すことで白状を誘おうと言う魂胆だろう。
なるほど、理にかなっている。人に何かを吐かせる上では有効な手段だ。
──本当に何か不正をしていれば、の話だが。
「と、言われましても」
何か気の利いた言葉でも返そうかと一瞬考えたが、この連中相手に迂遠な言い方をするのもどうかと思ったので結局直球で述べることにした。
「何もしていませんが。僕たちは対抗戦までの時間を有効に使い、正々堂々対抗戦のルールに則り戦った結果勝利しただけです」
「ふざけるなッ!!」
すると、横合いから声だけが大きい怒声が飛んできた。
それを皮切りに、次々と怒りに満ちた詰問がエルメスに浴びせかけられる。
「そんなわけがないだろう、いい加減にしろ!」
「そもそもなんだ貴様その態度は、自分が罪を問われる側だと理解しているのか!?」
「このお方は侯爵家当主の兄君だぞ! そんな方に虚偽を述べるなど、学園でなければ即座に首を刎ね──」
「へぇ、『当主』の『兄君』と。どうして先生が当主ではなかったのでしょう、不思議ですね」
あ、いけない、苛立ちのあまり明らかに踏んではいけない地雷を衝動的に踏んでしまったかもしれない。
その証拠に怒声が静まり返り、当主の兄という情報を流した教員が口をつぐみ、ルジャンドルのこめかみに血管が浮き出た。
「……わ、私は未来ある子供達を教え導く栄誉ある仕事は当主などよりも尊いことと考え弟に家督を譲っただけだとも。君、決めつけから余計な邪推をするのはよしたほうが良い。平民には分からないことかもしれないがね」
しかし、どうにかギリギリのところで持ち直したようだ。一瞬情報をばらした教員に憤怒に歪んだ顔を向け、明らかにコンプレックスと差別意識が噴き出ている台詞回しが所々に見られたが、それでも表面上は穏やかな表情を保っている。
冷静さを奪えたことをプラスと考え、エルメスは会話の主導権を貰うことにした。
「そもそも、『不正をした』ことを前提と考えていらっしゃるようですが──そう考えるに足る証拠はあるのですか? したかしていないかが不明であるならば、まず通常起こり得ない『不正をした』方の根拠を先に提示するのが筋だと思うのですが」
「……は。何だい、そんなことか」
しかし、ルジャンドルは逆にその言葉で落ち着いた様子で。
「そんなことも分からないのかい? 根拠はあるとも、特大のものがね」
それを絶対の真実、普遍の定理と心の底から信じ切った声色でもって、揺るぎなくこう述べた。
「──BクラスがAクラスに勝った。これこそが絶対の根拠、揺るぎない不正の証拠じゃないか!」
「──」
「選ばれし貴族子弟が所属する、かつて私も所属していたAクラスと、そうではない落ちこぼれのBクラス。身分も、教養も礼節も実力も、そして魔法も! 全てにおいて上回るAクラスが、よりにもよって魔法での戦いでBクラスに後れを取るだと!? あり得るはずがない、不可能だ!」
「そうだそうだ! これ以上の根拠があるか!? お前が──お前たちが正道に背く行いをしたことはもう決まっているんだよ!」
「そして一番怪しいのは、後期からの編入生である貴様だ平民! 分かったか!? 良いから大人しく吐け、これ以上我々に時間を使わせるな!」
…………ああ、思い出した。
そうだ。身分至上主義、魔法至上主義。それを絶対不変、無謬の真理と捉え。
それ以外を認めず、それに背くものがあれば異常と見て処理する──
──その考えに凝り固まった貴族。まだ染まり切っていない生徒とは違う、手遅れまでに濁り切った連中が、眼前の大人たちだ。
かつてカティアと訪れたパーティーで見た、この国の現状。
生徒たちと触れ合う中で忘れかけた、忘れたかったそれを、ようやく思い出せた。
この教員たちにとって、本当にBクラスの勝利はそれだけで異常に対する絶対の根拠となりうるものであり。
だからこそ、ここまで決めつけと偏見に満ちた糾弾をできるのだろう。
……本当は、良くないと分かっている。
かつて見限りかけて、サラに引き止められて学んだこと。簡単に見切りをつける前にもっとよく知るべきだということ。
でも、それを理解して尚、彼は思う。
理解をするより早く、深く探るよりも前に。
まず今は全力で──こいつらを否定したい。
再度黙り込んだエルメスに、今度は勝ち誇ったようにルジャンドルが高らかに告げる。
「分かっただろう、こちらの大義が! むしろ君の方が今『不正をしていない』証拠を出すべきだろう!?」
「侯爵の仰る通りだ! まあ、そんなものあるはずもないだろうが!」
「そうだな、何せ対抗戦は過去の事! そんな過去の様子を詳細に見て不正がないことを示す、そのようなことはできるはずが──」
「──ありますよ」
なので、まず彼は告げる。
鬼の首を取ったように騒ぎ出す教員たちを黙らせ、彼らが無いと信じ込んでいるものを。
『不正をしていない証拠』とやらを、まずは出そうではないか。
(……いや、本当にありがたい。そして凄いですね)
それを出すべく立ち上がりつつ、エルメスは心の中で感謝と敬意を示す。
この絶対の根拠を、まるで分かっていたかのように用意してくれた彼の雇い主に。
(対抗戦が始まる前、あの時点でもう。こうなることを予見していたんですか……公爵様)
そして、ゆっくりと正面に歩き出す。
許可なく立ち上がったことを咎めようとした教員たちだったが、彼から発せられる得体の知れない威圧感に何も言うことができない。
そのまま正面、ルジャンドル学年主任の前に立った彼は。
懐からとある魔道具を取り出して、ことりと机の上に置いた。
「……な、なんだねこれは」
「『映像を記録する魔道具』、その再生用の部品です」
その意味を理解し、教員たちが騒めいた。
「この中に、対抗戦の様子が一部始終収められています。全体を三方向から、更に見えにくい部分を個別に撮影したものも加えて合計八つ」
「な──」
「戦い自体は単純なものになったこともあり、全生徒の最初から最後までの動きが完全に収められています。怪しい動きをしている生徒がいればこれで分かると思いますが」
この上ない、彼らの言う『過去を詳細に観察』できるもの。
それを突きつけられたルジャンドルは、しかし尚も反駁する。
「そ、それがどうした! たかが映像如きいくらでも誤魔化せるだろう! そう、例えば不自然な魔力など──」
「それに加えて」
そう言うだろうと思って──『そう言うだろうから』と当人に言われて持たされたもの。
続けての証拠である資料の束を、彼は続けて取り出して机の上に置く。
「対抗戦開始前に測定した、対抗戦に参加する全生徒の魔力数値。加えて対抗戦中、戦場全体の大まかな魔力増減を示したもの。加えてこれは各生徒の扱う血統魔法の分かる限りの情報に、それに伴う戦況予測。あとは……」
「……な、なぜ……」
想定をはるかに超える、対抗戦に関する詳細な資料。
何故こんなものがあるのか、と問いを発しようとしたルジャンドルに、エルメスは笑って突きつける。
「ユルゲン・フォン・トラーキア公爵閣下によるものです。曰く──『愛娘の晴れ舞台だ、万が一の不正も見逃したくはないからね』とのことで」
勿論、実際の理由は違う。
色々と目的はあっただろうが、一番大きなものは……この状況を予測して、その時に教員たちを論破する資料としてユルゲンが用意してくれたものだ。
その洞察力と用意周到さに改めて畏敬を抱きつつ、エルメスは続ける。
「そして公爵閣下が一通りこれらのデータを調べたところ──『何も不自然なところはない。Bクラスの勝利は妥当だと遺憾ながら認めるしかない』と仰っていました」
当然、『遺憾ながら』の部分も嘘だ。
だが、彼らはユルゲンの目的を知らない。彼らの物差しでしか他人を測れない。
そして──ユルゲンの娘はAクラス所属だ。
故に、彼らは思い込む。これはユルゲンが自分たちと同じく、娘の所属するAクラスの勝利を願って調査し、その上で渋々認めざるを得なかったものだと。心情面でも、この上なく信憑性の高いものだと思い込んでしまう。
多分、この効果も見越していたんだろうなぁとあの理知的で底知れない笑顔を思い返しつつ。
エルメスは、多分それにとても良く似ている笑顔で以て、とどめの一言を放つ。
「さて。こちらもこの上なく『不正ではない』証拠を、実際の状況に基づいた根拠を示したわけですが──貴方がたは、これ以上のものを用意できますか?」
認めることになるのはお前たちの方だと。言い逃れは許さないと。
そんな圧を全身でかけつつ、エルメスは怯懦に歪むルジャンドル学年主任を見据えるのだった。
作中武力最強がローズ師匠なら、作中政治最強は多分ユルゲンパパです。
そして、遂に四半期総合表紙に入れました! 本当にありがとうございます……!
累計入りまであと少し、次はそこ目指して頑張っていきます。
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