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98 案の定トラブルが

 翌日は、もう盗賊退治に出かける日だ。

 俺も普段のメイド服ではなく、動きやすい服に着替えて準備をしておく。


『いいよなぁ、あんたは。お貴族様に媚び売れば、簡単に楽な生活させてもらえるんだからよぉ』


 ふと昨日聞いた言葉が蘇って、ぎゅっと唇を噛んだ。

 俺は……娼婦じゃない。ヴォルフに媚びを売ってるわけじゃなくて、ただあいつの力になりたくて傍で働いているんだ。

 ……でも、周囲からはそうは見えていないのかもしれない。

 だったら、働きで、成果でそう証明するまでだ。

 ずっと頑張っている、アストリッドのように。



 朝食を食べ終わると、ヴォルフが今回の作戦について説明してくれた。

 ……といっても、難しいことはない。

 ヘンゼルト家の兵士達と俺たちヴァイセンベルク家の援軍で、普通に盗賊のアジトに攻め入るだけだ。


「まさか正面突破で行くってことはないよな」

「そのまさかですよ」

「マジかよ……」

「卑劣な賊如きこの剣一つで討ち取ってやると、グスタヴ殿が」

「あー、あの人らしいですね……」


 ヘンゼルト家の兵士に聞こえないようなひそひそ声で、ヨエルとラルスは何やらぐちぐちと言っていた。

 まぁ確かに、いくら相手が一介の盗賊とはいえ真正面から攻め込むのは……ちょっと危険な気がするんだよな。相手が何か罠をしかけてないとも限らないし。


「一応進言はしましたが、グスタヴ殿は己の意思を変えるつもりはないようです。彼らが先行しますので、僕たちはその後ろを固めるという形で」

「最悪、あいつらが盾になってくれると言う訳ですか」


 にやにや笑いながらそう口にしたラルスは、生真面目なエルンストに頭をはたかれていた。

 アストリッドはじっと黙って何かを考え込んでいるようだ。


「……クリス、くれぐれも僕たちから離れないように」

「大丈夫、わかってます」


 俺は俺の役目を全うしなければならないし、何よりも大変な思いをしてるヴォルフに迷惑はかけられない。

 絶対に失敗はできないと自分自身に言い聞かせて、ヴォルフに向かって大きく頷いた。



 ◇◇◇



 ヘンゼルト家の人たちは表向きは丁寧な態度だったが、どこかこちらを馬鹿にしているような空気が透けて見えていた。

 まぁ、昨日の晩の話からわかってたんだけど。

 女であるアストリッドや娼婦だと勘違いされた俺だけじゃなく、あいつらは末端の兵士に至るまでヴォルフのことを私生児だとか、本当はヴァイセンベルク家の血を引いてないんじゃないか、とかめちゃくちゃに言っていたんだ。

 下がそうなのは、きっと上もそういう態度を隠そうとしないからなのだろう。


「……もっと怒ればいいのに」

「相手にするだけ無駄だ。こんなのさっさと終わらせて帰るに限る」


 盗賊が出現するという街道に向かう道すがら、俺はずっと昨日のことを思い出してむかむかしっぱなしだった。

 ヴァイセンベルク家ってこのあたりだと一番偉い家のはずなのに、いくらなんでも失礼すぎる。

 そうヨエルに愚痴をこぼしていると、いい加減静かにしろと叱られてしまった。


「いいじゃん。どうせ聞こえないだろうし」


 俺たちがいるのはほぼ最後尾。これだと俺たちの出番自体もないかもしれない。

 早く帰りたい、とため息をつくと、ヨエルが呆れたように小突いてきた。


「お前、気を抜くなって言われただろ。せめてもうちょっと真面目にしてろ」

「してるよ」

「いや、してないだろ」

「してる!」


 そんなことを言い合っていると、ふとヨエルが何かに気づいたように周囲を見渡し始める。


「なに?」

「これは……おい、ヴォルフリート!」


 ヨエルはいきなり走り出すと少し前方にいたヴォルフにまくしたて始めた。


「魔力の流れがおかしい。何か仕掛けられている可能性がある」

「まさか……いや、ありがとうございます」


 ヴォルフはヨエルに向かって大きく頷くと、前方にいたグスタヴ・ヘンゼルトの元へと走っていった。

 魔力の流れがおかしい……か。俺には全然わからないけど、ヨエルは何かに気づいたのかな。

 グスタヴは真剣にヴォルフの話を聞いているようだ。これで、なんらかの対策を取ってくれるんだろう。

 俺はそう思っていた。だが、甘かった。


「魔術の罠が仕掛けられている? 馬鹿馬鹿しい!」


 辺りに響くような大声で、グスタフはそう言って馬鹿にするように笑ったのだ。


「ヴォルフリート殿、まさか我々が姑息な賊の魔術師に負けるとでも?」

「ですが、グスタヴ卿……」

「見くびらないでいただきたいものですな。我らは、この北の大地を己の力のみで生き抜いてきた戦士。魔術などという怪しげな術に惑わされたりはしませんぞ」


 ヴォルフは必死に説得しようとしているが、グスタヴも周囲の兵士たちも、馬鹿にするような態度を隠そうともしない。

 ……まさか、ここまでだとは。


「……ヴォルフリート、もういい」

「ヨエル……」

「ヴォルリート殿、あなたも付き合う人間をもう少し選んだ方がいいのでは? 怪しげな術師や娼婦まがいの女を傍に置いているようでは、誇り高きヴァイセンベルク家の品格が歪みますぞ」


 最後にそう吐き捨てたグスタヴに、ヴォルフは振り返らずにこちらのほうに戻ってきた。

 その顔は、明らかに怒気を含んでいる。


「……もういい、ほっとけ」


 そう諭すように口にしたヨエルに、ヴォルフは小さく頷いた。

 そして、周囲のヴァイセンベルク家の兵たちに指示を出している。


「……お前も、今度こそ気を抜くなよ。いざとなったら俺たちだけでも離脱するぞ」

「うん……」


 ヨエルは前方を苦々しげに睨みつけながら、俺に向かって小さくそう囁いてきた。

 簡単な盗賊退治だと思ってたのに、なんか変な方向に進んできたな……。

 アストリッドたち騎士三人は、ヨエルの警告を受けてか明らかに先ほどとは態度が変わった。

 常にあたりを警戒するようにぴりぴりした空気を纏っている。


 そして、再び街道を進みやがて山道へと差し掛かった。

 どうやらこの山の中に盗賊のアジトが存在するらしい。


「細い山道……よろしくないですね」

「なんだ、びびってんのか女ゴリラ」

「そうね、まずは賊の前に山猿を事故に見せかけて突き落とす方法を考えてたの」

「俺はすぐ這い上がってきてやるよ。なんたって山猿だからな」


 アストリッドとラルスはそんなどうでもいい応酬をしながらも、それでも警戒は解いていない。

 確かに、細い山道は崖のようになっており、落ちればはるか下まで真っ逆さまだ。

 あまり高所が得意じゃない俺はそれだけでビビってしまう。

 前方からはグスタヴが兵士たちを鼓舞する声が聞こえてくる。

 あの元気はどこから来るんだ……とぐったりしかけた時、俺のすぐ横にいたヨエルがぴくりと反応した。


「魔力反応……くるぞ!」


 次の瞬間、グスタヴたちがいるであろう前方から大きな爆発音が聞こえた。



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