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96 斜め上の歓迎

 不安な気持ちを抱えつつも、出発の日はやってきた。

 今回の俺の役目は、ヴォルフの世話と傷ついた兵士たちの救護だということらしい。

 まぁ、ヴォルフの世話はそんなに必要ないだろうし、救護の方がメインになるのかな。

 もちろん杖は持っていくことにして、他にもいろいろ準備して、いよいよ出発だ。


「あっ、ヴォルフリート様! よろしくお願いします!」


 そんな風に軽く声をかけてきたのは今回同行する騎士の一人、ラルスだ。

 この人は相変わらずだな……。

 以前会ったことのあるエルンストとアストリッドも一緒にいた、だが、アストリッドはどこか浮かない顔をしている。


「……アストリッド?」

「あ、はい!」

「なんか元気ないけど……」

「いえ、大丈夫です。ご心配おかけしました、クリス」


 アストリッドはそう言ってにっこりと笑ったけど、やっぱりどこか無理をしてるように見える。

 ……なにか、あったのかな。

 エルンストがアストリッドに何か耳打ちして、彼女は小さく頷いている。

 なんていうか、希望に満ちた出発!って感じじゃないんだよな。


「ご安心ください、クリス嬢! 盗賊風情俺がぱぱっと華麗に成敗してやりますよ!」

「は、はい……!」

「おい、クリス殿が困っているだろう。調子に乗るな」


 ……いろんな意味で大丈夫かな。

 まぁ、心配ばかりしてても仕方ない。

 今はできることを頑張ろう!



 ◇◇◇ 



 そして、なんとかミューレンの町に到着した。

 揃いの鎧に身を包んだ一団が出迎えてくれる。この人たちが、今回同行することになるヘンゼルト家の兵士たちなのかな。

 ちらり、とその様子をうかがうと、中央にひときわ立派な鎧に身を包んだ、浅黒い肌の体格のいい男性が背筋を伸ばして立っていた。

 ……あの人が、噂のヘンゼルト家の当主の弟さんなのかな。

 ちょっとだけ緊張してしまう。


 ミューレンの町に足を踏み入れた俺たちの前に、その男性が進み出てきた。


「遠路はるばるご足労頂き感謝いたします。グスタヴ・ヘンゼルトと申します」


 ……言葉は丁寧だけど、なんとなく嫌な感じがする。

 嫌な前評判を聞いていたからそう思うだけなのかと思ったけど、やっぱり……なんとなくこっちを馬鹿にしてる感、みたいなのが滲み出てるんだよな。

 このグスタヴって人だけじゃなく、彼と一緒にいる兵士たちからも。

 ヴォルフたちは平然と対応してたけど、俺はもやもやが収まらなかった。


 その晩はミューレンの屋敷に一泊するということで、歓迎の宴が開かれるそうだ。

 屋敷に入り、割り当てられた部屋に入ったところで……俺はベッドに突っ伏した。

 なんか……すごく疲れる。

 なんていうか、空気が重い?視線が痛い?……という感じで。

 ……来たばっかりだけど、早く帰りたいな。


「……クリスさん、少しいいですか」


 ノックの音が聞こえ、ヴォルフの声がする。

 俺は慌てて扉を開けた。


「大丈夫ですか?」

「……うん、お前は?」

「数日の辛抱です。さっさと終わらせて帰りましょう」

「そうだね」


 しんどいのは俺だけじゃない。直接あのグスタヴと相対しなきゃいけないヴォルフはもっとしんどいはずだ。

 俺ばっかり、泣き言は言ってられないよな。


「……ここにいる間は、僕やヨエル、それにアストリッドにエルンストにラルス……誰でもいいので、できるだけ見知った顔と一緒に行動してください」

「うん、わかってる」


 まるで敵地にいるような物言いだけど、あながち間違ってはないのかも。

 とにかく、気を抜かないようにしよう。




 出された料理は豪華なものだったけど、不思議とあまりおいしいとは感じられなかった。

 グスタヴはヴォルフを捕まえて、延々と高説を垂れている。

 あれはちょっと近寄れないよなぁ……。

 ちらりとあたりを見回すと、皆酒が入ってやかましく騒いでいた。

 ヨエルの姿はない。……あいつ、逃げ出したのか?

 俺も一人でこっそりと宴が催されている広間を後にした。


 ……できるだけ誰かと一緒に行動しろ。

 そう言われたのはちゃんと覚えてる。別に反抗するつもりもない。

 でも……トイレ行くからついてきて、なんて恥ずかしくて言い出せなかったんだよ!

 ヴォルフはグスタヴに捕まってるし、エルンストとラルスには恥ずかしくてそんなこと言えない。ヨエルとアストリッドは姿が見当たらなかった。

 まぁ、使用人に場所を聞いて、無事に用が足せたし、あとは広間に戻れば問題ないだろう。

 問題ない……んだけど、


「…………ここどこ?」


 やばい、うっかり戻る道を間違えたみたいだ。

 いや、落ち着け……広間とトイレはそんなに離れてない。

 落ち着いて考えればちゃんと元の場所に戻れるはずだ。

 大きく深呼吸して、こっちだ、とあたりをつけて角を曲がった。

 その途端、その向こうから何人かの男の笑い声が聞こえる。


「なぁ、あの銀髪の奴だろ。ヴァイセンベルクの隠し子って」


 聞こえてきた言葉に足が止まる。

 俺の存在には気づいていないようで、話は続いている。


「いいねぇ。あいつがいいなら俺も『実はヴァイセンベルク公の子供なんです』って言えばなんとかなるんじゃね?」

「やってみろよ。明日には貴族暮らしになれるかもしれねぇぞ」

「どうせあいつだって、ほんとにヴァイセンベルク公の子じゃないだろ」


 ……何を、言ってるんだろう。


「あーあ、俺も女はべらせて金に困らない生活してみたいねぇ」

「あの女騎士、今度はあの落とし子に媚び売ってんだろ」

「俺も迫られてみたいわー」


 女騎士、といって思い当たる人物は一人しかいない。

 ……アストリッドのことだ。

 こいつら、ヴォルフとアストリッドのことで、こんな下衆の勘繰りを……!


「それにあの金髪の女、見たか?」

「これから戦場に出るのに娼婦連れとは、お偉いさんの考えることはわかんねぇな!」

「おいおい、娼婦じゃねぇよ。なんだっけ……侍女? 癒し手? そんな感じだって言ってただろ」

「そんなん建前だろ! どうせ金目当てで寄ってきた女だろ。まぁベッドの上でお貴族様を癒してるのかもしれねぇけどな!」


 下品な笑い声が響く。

 金髪の女――間違いなく、俺のことだ。


 俺が、娼婦だって……!?


 怒りで頭が真っ赤に染まる。

 思わず息を吸うと、ひゅっと喉が鳴った。


「誰かいるのか!?」


 ……気づかれた。

 逃げる気にもなれなくて、俺はただ通路の角を睨みつけていた。

 すぐに、三人の兵士が姿を現し、俺を見て驚いたように目を見開いた。


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