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79 浮気調査、開始

「あぁー、また行きたいなぁエンテブルク」


 またまた長い旅路を経て、俺たちは無事にヴァイセンベルク家の本拠地、シュヴァンハイムまで帰り着くことができた。

 帰ってすぐに確認したが。お土産のガラス細工は割れていなかったので安心した。お嬢様に渡したらすごく喜んでくれて、「来年は私も行きたい!」とユリエさんに甘えていたっけ。

 俺も、また行きたいな。

 ……リネアは、今も頑張ってるのかな。


「俺も頑張らないとなー」


 とりあえずはメイド業再開だ。

 リネアに負けないように、俺も頑張らないとな!


 とりあえず掃除でもしようと廊下に出ると、ちょうどヴォルフとヨエルが連れ立ってどこかに行くところだった。


「どっか行くの?」

「はい。遅くなるかもしれないので、夕食は先に食べていてください」

「うん……」


 そのまま、二人は足早に俺の元を去っていった。

 ……どこに行くんだろう。


「まぁ、いっか」


 今はメイドの仕事を頑張らねば!



 ◇◇◇



「よーし、こんなところかな」


 俺たちがいなかった間も師匠が滞りなく仕事をしてくれていたおかげで、屋敷は問題なくピカピカだった。

 これ幸いと、俺は本来の目的に取り掛かる。

 お土産に買ってきたガラス細工……実は、ヴォルフの部屋に飾る用にも買ってきていたのだ。


 ガラスでできた、透明な白鳥。

 見ているだけでため息が出そうなほど、美しく精巧な作りだ。


 ……ヴォルフは気づくかな。忙しそうだし、気づかないかもしれない。

 まぁいいや。今は殺風景なこの部屋を、いつか俺の手でにぎやかにしたい。

 なんていうか、私物の少ない部屋を見ていると、少しだけ不安になる。

 いつか……ヴォルフが何も残さずどこかに行ってしまうんじゃないかって。


 そんなわけ、ない。


「さーて、仕事仕事!」


 しばらく遊んでいたから腕が鈍っているかもしれない。

 うーんと背伸びをして、俺は駆け出した。





 その夜、ヴォルフが帰ってきたのは夜も更けてからだった。


「お帰り、遅かったんだな」

「すみません、時間がかかってしまいまして」

「それは別にいいんだけど……」


 疲れたようにソファに沈み込んだヴォルフの視線が、ある一点で固定される。

 俺が飾った、ガラスの鳥のところで。


「これ……」

「あの、綺麗だったから、買ってきてたんだ……」

「……ありがとうございます」


 ヴォルフは素直にそう言ってくれた。

 その言葉に、ほっと胸をなでおろす。


「僕はあなたに気を遣わせてばかりですね」

「そんなことないって!」


 むしろ俺の方が心配ばかりかけてる気がする。

 だから、こんなの何でもないんだ。


「でもさ、帰ってきたばっかりなのに忙しそうなんだな」

「そうですね……少し、ここを不在にすることが多くなると思います。ヨエルも一緒に」

「あいつも?」

「えぇ、少しヨエルの手を借りたい事がありまして」


 ヴォルフはそれ以上の詳細は話さなかった。

 俺も、それ以上は聞かなかった。というか聞けなかった。


 ……ヨエルは連れてくのに、俺は置いてくんだ。

 口を開けばそんな言葉が出てしまいそうな気がして、きゅっと唇を引き結ぶ。

 そんなことを言っても、ヴォルフを困らせるだけだ。

 ヴォルフの重荷にはなりたくない。だから……ここは我慢だな。



 ◇◇◇



 それから数日。言っていた通り、ヴォルフとヨエルは屋敷を不在にすることが多くなった。

 夜には帰ってくるから、そんなに遠くに行ってるわけじゃないんだろう。

 じゃあこの辺りで、何かあったんだろうか?


「うーん……」


 気にしないようにしようと思っていたけど、やっぱり気になる。

 屋敷の前の池のほとりに腰かけて、アヒルに餌をやりながら、俺は悶々とした思いを抱えていた。


「あっ、クリスさん! この前はお土産ありがとうございました。母さんが喜んでましたよ、アンチョビソース」


 もやもやしながらアヒルに餌をやっていると、森番の少年ニルスが近づいてきた。


「あれ、どうかしたんですか?」

「別に……」

「あぁ、ヴォルフさんいないから寂しいんですね」


 ニルスは冗談でそう言ったのかもしれないが、本気で落ち込む。

 俺が沈んだのがわかったのか、ニルスが慌てたように隣に腰かけてきた。


「大丈夫ですって! 浮気なんてしてませんよ!!」

「は? 浮気?」

「えっ、そういう心配じゃなかったんですか!?」


 ニルスは明らかにしまった!とでも言いたげな表情をした。

 ちょっと待て、こいつ何を知っている……!?


「だーれが浮気だってー?」

「いやいやいや、まだそうと決まったわけじゃ……ぎゃあ!」

「吐け、全部」


 ちょっと脅すと、ニルスはあっさりと洗いざらい吐き出した。

 こいつ、スパイにはなれないな……。


「いや……まだ決まったわけじゃないんですけど、三日くらい前かな……ヴォルフリート様とヨエルさんが連れ立って裏通りの歓楽街の方に歩いていくの見ちゃったんですよ」

「歓楽街……」


 シュヴァンハイムは大きな街だ。

 俺が普段行くような明るい表通りの他に……あまり治安のよくない裏通りも存在する。

 裏通りの歓楽街と言えば……娼館街だ。


 あいつはここを不在にする理由をぼかしていた。

 いつもなら、仕事の概要くらいは教えてくれてたのに。

 ……そんなに、言いたくないことがあったんだろうか。

 俺に、言えないようなことだ。


 ヨエルと男二人で娼館街。

 なるほど、俺は元はどうあれ今の体は女だから連れていけなかったわけか。

 ふーん、そういうわけか……。


「ガァっ!?」


 俺の発する黒いオーラを感じたのか、集まっていたアヒルが蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。


「ク、クリスさん……きっと何か理由があるんですよ……」

「へぇ、男二人で娼館に行く理由ってなに?」

「それは……」


 いや、ニルスにあたってもしょうがない。

 不思議なほど、心は落ち着いていた。


「ニルス、情報提供ありがとな」

「あわわわ……やめた方がいいですよ、クリスさぁん」


 ニルスは半泣きで俺の足元に縋り付いてきた。

 そんなニルスを安心させようと、優しく微笑んでみせる。


「安心しろよ、いきなりあいつを刺したりはしないから」


 にっこりと笑うと、ニルスはがたがたと震えていた。



 ◇◇◇



 そう、あいつだって何か理由があったのかもしれない。

 だから、いきなり怒鳴り散らして泣きわめくのはやめようと思う。

 まずは……証拠固めだな。


 そして、翌日。


「すみません。それでは今日も行ってきます」

「あぁ、頑張れよ!」


 屋敷を後にするヴォルフとヨエルに気前よく手を振る。

 そして……二人が見えなくなった途端ダッシュで部屋に戻り目立つメイド服を着替える。


 そう、まずは証拠固めが必要だ。

 その為に、ただいまより尾行を開始する……!


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