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70 城下の散策

「よし、晴れだ晴れだ!!」


 リネア嬢に観光案内をしてもらった翌日、俺たちはまた街へと繰り出していた。

 ここにいられるのもあと三日。お土産は早めに買っとかないとな!!

 いくつかの店には先に目星をつけておいた。まずは「女の子におすすめ!」と雑誌に紹介されていたガラス細工の店に向かう。


「うわあぁぁ……!」


 多くの人でごった返す店の中には。うっかり触ったら壊れてしまいそうなほど精巧なガラス細工の数々が待っていた。

 見ているだけでもわくわくしてくる。


「お嬢様に買ってきたいけど……壊れないかな」

「きちんと包装していけば大丈夫じゃないですか?」


 悩んだ末、お嬢様には薄緑のガラスでできた可愛らしい小鳥の置物を買っていくことにした。喜んでくれるといいんだけどな。

 店の中には置物や食器、アクセサリーなど様々なガラス細工が所狭しと並べてある。

 その中で、青を基調とした玉が連なる綺麗なブレスレットを見つけた。その美しさに目が吸い寄せられる。

 ちらりと値段を見ると、さすがにお高い。これは俺の財政事情的には厳しいな……。

 まぁこんなにきれいな作りなら当然か。


「どうかしましたか?」

「う、ううん! お前はなんか買ったのか!?」


 声をかけてきたヴォルフに慌てて振り返る。店の片隅では、ヨエルがガラスでできた髑髏を手に取りじっと眺めていた。

 ……うーん、俺には理解できない領域だ。


 いくつかの品物を買うと、店員さんがしっかりと梱包してくれた。

 帰るまでに割れないことを祈ろう。


「少し休憩しますか」

「さんせーい!!」


 水祭りの期間中だからか、街のあちこちに様々な屋台が出ていた。

 じゃんけんで負けたヨエルがぶちぶち言いながらジェラートを買いに行くのを見送り、空いていたベンチに腰掛け一息つく。


「……そうだ、クリスさん。手出してください」

「手?」


 隣に腰かけたヴォルフが唐突にそんなことを言ってきた。なんだろう、と思ったけど、悪いことではなさそうだしそのまま手を差し出す。

 そっとその手を取られたかと思うと、するりと手首に何かが嵌められた。


「これって……!」


 青いガラスの玉が日の光を浴びて輝いている。

 そこにあったのは、先ほどのガラス細工の店で俺が見ていたブレスレットだったのだ。

 店の中で見た時も綺麗だったけど、明るいところで見たそのガラス玉たちは、まるで海を閉じ込めたかのように美しい色合いだった。


「な、なんでこれ……」

「あなたに似合うと思って」


 ヴォルフは恥ずかしげもなくそんなことを言ってのけた。

 その言葉を聞いた途端かぁっと頬が熱くなる。


「で、でもこれ高いし……」

「造りからしたら相応の値段だと思いますが」

「そういうことじゃなくてっ……!」


 どうしよう、何ていえばいいのかわからなくなってしまった。

 だって……嬉しすぎる。

 ヴォルフが俺のことを思って買ってくれた物だと思うと、じぃんと胸が熱くなるようだった。


「……やっぱり、良く似合う」


 俺の手を取ったままのヴォルフがそう呟いて笑う。

 その顔を見ると、何故だか泣きたくなってしまった。


「あ、ありがとう…………」


 結局、口にできたのはそれだけだった。

 もっと感謝の気持ちとか、嬉しいとか伝えたいけど、恥ずかしさと嬉しさで頭がごちゃごちゃになって上手く言葉が出てこない。

 せめて何か伝えたくて、ぎゅっとヴォルフの手を握る。

 小さく笑う声が聞こえたかと思うと、そっと頬に触れられ、視線が合う。

 その端正な顔が近づいてくるのを、どこか夢見心地で見ていた。


 まだ昼間で、ここは街中で、周りに人だっていっぱいいるのに……!


 そう頭ではわかっていたけど、どうしても逆らえない。

 そしてうっとりと目を瞑った瞬間……


「……おい。溶けるぞ」

「うわああぁぁぁぁ!!」


 聞こえてきた冷静な声に慌ててヴォルフの体を押し返す。

 振り返ると、ヨエルが嫌そうな顔をしてジェラートを三つ抱えて突っ立っていた。


「まったく、お前らの頭にぶちまけてやろうとかと思ったぜ」

「……食べる」


 そのまま三人でベンチに腰かけて、ちょっと溶けかけたジェラートを口に運ぶ。

 その冷たさが、火照った体にちょうどよかった。



 ◇◇◇



「すごかったなー」


 ぶらぶらと街を歩いて、目につく店をのぞいていく。

 さっき立ち寄ったレース刺繍の店はすごかった。俺も日々刺繍の練習をしているけど、なんていうか格が違う。

 帰ったらもっと精進せねば……! メラメラと意欲がわいてきたところで、前方に何やらひとだかりができているのに気が付く。


「なんだろう……」


 どうやら大通りの脇に多くの人が集まっているようだ。

 首をひねっていると、ヴォルフが何かに気が付いたように声を上げた。


「……おそらく、王家の一団がそろそろ到着するんでしょう」

「王家?」

「えぇ、明日湖畔で式典があるようで、それに王家の人間も出席するとリネアが言っていました」


 なるほど、みんな王家の人を一目見ようと集まってるのかな。

 それにしても、「リネア」ねぇ…………。


「……仲良くなったんだな、リネア様と」

「仲良くなったというか、共通点が多いので話しやすいだけですよ。……別に、あなたに話せないようなことはないので安心してください」

「そ、そんなこと気にしてないし……」


 考えてたことがばればれだったようで恥ずかしくなる。

 リネア嬢は美人だし、性格もいいし……たぶんヴォルフの好みにぴったりだ。

 だから大丈夫だって思っていても、どうしても心配になっちゃうんだよな……。

 なんてことを考えているうちに、通りの向こうの方から歓声が聞こえてくる。


「どうせなら見ていきますか」

「うん!」


 人垣の薄いところを探し、背伸びして目を凝らす。

 やがて通りの向こうから、豪華な馬車が姿を現した。


 毛並みのいい白馬に引かれた、赤と金を基調としたどこか王冠を思われる形の馬車だ。歓声に包まれる中、馬車はゆっくりと通りを進んでいる。

 その中から、二人の人物が手を振っていた。

 赤みがかった金髪の男性と、プラチナブロンドの女性だ。二人とも、遠目でわかるほどとんでもない美形だ!


「あれは……皇太子とその妃だな」


 ヨエルが目を細めてそう呟く。

 皇太子と、その妃か……。


「ソフィア様!!」

「姫様ー!!」


 女性がにっこり笑って手を振ると、民衆が一気に湧き立つ。

 すごい人気だな……。


「皇太子妃はブラウゼー家の出身だ。里帰りってことでもあるんだろ」

「ブラウゼー家ってことは、もしかして……リネア様のお姉さん?」

「えぇ、でも……あまり似てませんね」


 確かに、皇太子妃は輝くばかりの美貌を備えており、その身を彩る宝石たちの負けないほど文句なしに美しかった。

 リネア嬢も美人だけど、皇太子妃と比べると大輪の薔薇とひっそりと咲くスミレという感じだ。

 まぁ、どっちも美人だけどタイプが違うんだな。


「アウレール様!!」

「殿下ー!!」


 皇太子の方も負けず劣らず歓声が多い。

 陽光に輝く髪に、思わず見惚れてしまいそうな顔立ちをしている。

 俺もすぐ前にいるお姉さんなんか泣きながらきゃーきゃー黄色い声を上げていた。すごい熱気だ……。


 皇太子が妃に何か囁き、妃がおかしそうに笑う。その仲睦まじげな様子を見ていて、俺はなんとなく不思議に思った。


「仮面夫婦……とか言ってなかった?」

「馬鹿。民の前で不仲な態度なんて見せられるわけねぇだろ。あと声抑えろ」


 ヨエルに小突かれて、はっとして手で口を覆う。

 なんとか周りの人には聞かれていないようで安心した。


「そういう噂は出回っているが、あくまで噂だ。……民衆の間ではな」


 事実がどうであれ、おおっぴらに仲が悪いです、なんて言えないわけか。

 でも、前にあったテレーゼさんは皇太子の寵姫って言ってたし……やっぱり、そういうことなのかな。


「うっかり大声でそんなこと言ってみろよ。その場で投獄されてもおかしくはねぇんだぞ」

「ひえぇ……」

「……念のため、気を付けてくださいね」

「うん……」


 普段ヴォルフと一緒にいるから忘れそうになるけど、本来貴族ってそういうものだったんだ。

 いかんいかん、気を引き締めておこう。

 ヴォルフやヴァイセンベルク家の人たちは基本的に俺がなれなれしく話しかけても好意的に接してくれる。

 リネア嬢やグリューネヴァルト家のオリヴィアさんみたいに、身分が高くても友人のように思える人もいる。

 ……でも、それはあくまで例外なんだ。

 極端だけど、平民なんて虫けら程度にしか思っていない貴族もいる。

 感覚が麻痺しそうになるけど、そのあたりも忘れちゃいけないんだよな。


 硝子城の方へ進んでいく馬車を見送りながら、俺はそんなことを考えていた。


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