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65 ライバル出現!?

「こ、こちらがラウリア大聖堂になります……」


 まず最初にリネア嬢が案内してくれたのは、荘厳な雰囲気の大聖堂だった。


「うわぁ……!!」


 白を基調とした優美な装飾の施された巨大な柱、色とりどりの精巧なステンドグラス、天上には女神様を中心とした美麗な絵画が描かれており、何時間でも見ていられそうだ。

 俺の故郷、ミルターナ聖王国ではこうした大きな聖堂は各地にあったけど、ユグランスに来てからはなかなか目にすることはなかった。

 俺はそんなに信心深いタイプじゃないけど、こういう場所に来ると心が洗われるような気がするな!


「すごいですね! やっぱりここは女神様の聖堂なんですか?」


 勢いよく近くにいたリネア嬢を振り返ると、彼女は一瞬びくりと体を震わせたが、小さな声で俺の問いに答えてくれた。


「は、はい……それに加え、古くから湖に棲むとされる精霊を称える場所にもなります」

「精霊かぁ……」


 確かに、ステンドグラスや天井の絵画にはところどころに精霊らしき存在が描かれている。

 そういえば、ユグランスは精霊信仰が盛んな土地なんだっけ。前にヴォルフがそんなことを言ってた気がする。


『なになに? 呼んだ?』

「残念だけど呼んでない」


 精霊、と聞いて自分たちのことだと思ったのか、スコルとハティが姿を現し足元に纏わりついてきた。

 それを見て、リネア嬢がぱちくりと目を瞬かせる。


「……あなたも、精霊と契約を交わされたのですか?」

「はい! スコルとハティっていうんです」


 リネア嬢がそっと屈みこみ、二匹の方へと手を伸ばす。

 スコルとハティは素直にその手にすり寄っていった、優しい手つきで二匹を撫でながら、リネア嬢はくすくすとおかしそうに笑った。


 ……笑った顔、初めて見たかもしれない。

 今まで緊張して意識してなかったけど、リネア嬢はなかなかの美人だ。艶やかな長い黒髪に、海のような青い瞳。なんていうか、所作も綺麗だし、まさにいいところのお嬢さんていう感じだ。

 ライバルとしてみると手ごわいけど、そういう先入観を捨てて女の子として見るとちょっとドキドキし──


「スコルとハティは僕の契約精霊、フェンリルの眷属になります」


 すぐ後ろからヴォルフの声が聞こえて、慌てて浮かんだ思考を振り払う。


「そ、そうなのですか……!」


 何故かリネア嬢は慌てたように立ち上がり、どこかびくびくしたような視線をヴォルフに向けている。

 ヴォルフはいつも通りに見えるけど、なんとなく困惑しているのが伝わってきた。

 うーん、こいつが女の子に警戒されるのは珍しい。

 間に入ってくれ、みたいなことを言ってたのはこういうことだったのかな。


「あんまり言うこと聞かなくて困ってるんですよ。リネア様も精霊と契約されてるのですか?」


 ユグランスの貴族は高位の精霊と契約することで一人前と認められる、みたいなことも聞いたことがある。

 名家ブラウゼー家のお嬢様ならさぞかしすごい精霊と契約してるんだろう。

 しかし、そう聞いた途端リネア嬢は美しい顔を曇らせてしまった。


「その……小精霊とはいくつか契約を交わしています、ですが、ヴォルフリート様のような立派な精霊とは……私の、力不足で……」


 ……やばい、まずいことを聞いてしまったかもしれない。

 ヴォルフもまだフェンリルと契約する前は散々役立たずとか半人前みたいなことを言われてたし、うっかり聞いてはいけないことを聞いてしまったか!?


「大丈夫ですよ! 人生これからです!! いつかリネア様にぴったりの精霊が現れますよ!!」


 ……何を言ってるんだ俺は。

 背後からヨエルの呆れたようなため息が聞こえてくる。

 これはまずったー!……と焦ったが、リネア嬢は瞳を揺らめかせて俺の方を向いた。


「……ありがとうございます。そう言っていただけると、救われます」


 これはお世辞なのか本心なのか……控えめな笑みを浮かべたリネア嬢は、少なくとも嘘をついているようには見えなかった。

 俺の考えなしな発言でも、少しでも彼女の慰めになったならいいんだけどな。


 聖堂ではついでに神聖魔法を一つ教えてもらった。

 水の力で浄化を行う魔法……うーん、使いこなせるかな。



 ◇◇◇



 その後も、リネア嬢は様々な場所を案内してくれた。

 各地の芸術品が納められた美術館、露店の集まる広場、橋とは思えないくらい美しい橋、小さな教会……。

 その中で少しずつ話を聞くうちにわかったことだが、リネア嬢は普段は硝子城の中で過ごすことが多く、なかなか市井には出ないらしい。

 今日の観光案内も、ヘルムートさんと相談してどこに行くか必死に考えたそうだ。


「その……生まれ育った街なのに、満足な案内ができなくて……申し訳ありません……」

「そんなの! すごくわかりやすいし楽しいですよ!! エンテブルクってすっごく綺麗な街なんですね!!」


 さすが観光都市と呼ばれるだけはある。ヴァイセンベルク家もシュヴァンハイムも綺麗な街だと思ったけど、あそこはなんか実用性重視って感じがする。

 それに比べると、この街はまるで街全体が精巧に作られた芸術品のようだった。


 そんな話をするうちに、彼女も少しずつ警戒心を解いてきているような気がした。

 俺が女の姿をしてるからかと思ったけど、意外とヨエルの問いかけにもリネア嬢は少しびくつきながらも丁寧に答えていた。

 彼女が明らかにおかしくなるのは、決まってヴォルフに話しかけられた時だ。

 うーん……ヴォルフがヴァイセンベルク家の人間だから警戒してるのか?

 俺たちは貴族じゃないからまだ平気だとか……?

 駄目だ、考えてもよくわからん。

 まぁいいや、うっかりヴォルフのことを好きになっちゃったり、逆にヴォルフがリネア嬢に惚れたりしたら大変だ。俺としては、このくらいの距離を保ってくれていた方が安心できるのかもしれない。


「あっ! あそこは何ですか?」


 視界の端に、変わった形の建物が目に入る。

 真っ白で長い円柱の柱が規則的に立ち並び、建物を形作っている。

 ちょっと神秘的な雰囲気だ。


「あれは……エンテブルクの精霊宮になります」


 リネア嬢は穏やかな声でそう教えてくれた。

 でも、精霊宮……ってなんだろう。

 精霊に関係がある場所だってことはわかるけど、無知な俺には残念ながらそれ以上はわからなかった。


「精霊宮は精霊との交信を目的とした施設です。シュヴァンハイムでは街の中ではなく、少し離れたところにあるのでわかり辛いかもしれませんね」


 俺がわかってないことを察したのだろう。ヴォルフが何気ない口調でそう教えてくれた。

 なるほど、精霊と交信する施設か。

 精霊は通常、自分から姿を現さない限りは人の目には見えない。

 人間が精霊と契約を交わすには、並々ならぬ努力が必要らしい。ヴォルフのおまけで契約した俺にはよくわからないけど。

 しかし、これはまずいことを聞いてしまったかもしれない。

 リネア嬢は高位の精霊とまだ契約を交わしてないって話だったし……精霊宮の話なんて触れられたくもないんじゃ……。


「精霊宮には私もよくお邪魔させていただいております。行ってみましょうか?」

「は、はいっ!」


 つい勢いでそう返事してしまった。

 ……あれ、リネア嬢は意外と気にしてなさそう?

 それどころか、さっき市場に繰り出した時よりも乗り気にすら見える。

 うーん、案内してくれるというなら行ってみたいような気はする。ここはお言葉に甘えてしまおう。

 それ以上深く考えることもなく、俺達は彼女について精霊宮に向かうことにした。


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