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54 お庭大改造

「ふふ、懐かしいわ……。私もここに来た頃は必死に勉強したわ」

「え、そうなんですか!?」


 ユリエさんにこの前の花のお礼をして、ついでに何か飾りつけについてのアドバイスを貰おうと企んでいた俺に、彼女はどこか懐かしそうに目を細めた。


「えぇ、あちこちの本を取り寄せて、必死になってあれこれ調べたわ。馬鹿にされたくはなかったから」

「そうなんですか……」


 てっきりユリエさんのセンスは天性のものかと思っていたら、後から勉強して身に着けたものらしい。

 すごいな……。


「よかったらいくつか持っていく?」

「いいんですか?」


 ユリエさんは快く何冊かの本を貸してくれた。

 これで、俺のセンスもちょっとはマシになるといいんだけどな。


「ふふ、館の飾りつけってね……女主人の仕事とされているのよ」

「え!? いやあのそんなつもりじゃ……」

「でも、ヴォルフはあなたにその仕事を託したんでしょう? きっと、そういうことよ」


 ユリエさんはそう言っていたずらっぽく笑った。

 うぅ、顔が熱い……。

 俺はただ、メイドの仕事の一環でちょっと館が明るい雰囲気になればいいな、って思って……ヴォルフも、きっと軽い気持ちで許可してくれたんだろう。

 たぶんそんな深い意味はないはずだ。たぶん……。


「花やハーブなんかも育ててみるといいかもしれないわ。飾りつけだけじゃなくて、色々なことに使えるのよ」


 そういえば確か、館の裏に荒れ放題の庭があったはずだ。

 ヴォルフに聞いてみて、使っていいようならそこを綺麗にしてもいいかもしれない。


「はい、ありがとうございます!!」


 ユリエさんに礼を言って、彼女の元を辞す。

 よし、これからは忙しくなりそうだ……!



 ◇◇◇



 ヴォルフに庭のことを聞くと、「そんなのがあったことすら忘れてた」という斜め上の答えを返してきた。

 まったく、そんなんで大丈夫なのか俺のご主人様は……。

 もちろんそんな存在すら忘れてた場所のことなので、俺の好きにしていいとのことだった。

 よし、これで許可は得た。荒れ放題の庭を大改造だ!


「ったくなんで俺まで……」


 相変わらず引きこもってダラダラしているヨエルを無理やり連れだし、まずはぼうぼうに生い茂る雑草を抜いていく。

 ヨエルはやる気なさそうに雑草を刈っていた。

 まぁ、俺一人でやるよりはましかな。


「別にお前自身がやらなくてもあいつに頼めば庭師の一人や二人くらい雇うだろ」

「うん、そうなんだけどさ……」


 それは俺もちょっと考えた。

 でも、なんていうか……


「自分で、やりたかったんだ」


 誰かに任せれば、きっと俺自身がやるよりも素早くいい結果が出るだろう。でも、それじゃあ駄目なんだ。

 自分の手でやって、やり遂げたという自信が欲しかった。ただそれだけだ。

 ヨエルから見れば非効率極まりないことだろう。


「まったく、お前は努力の方向性がおかしいんだよ……」

「そうかなぁ……」


 呆れて帰るかと思ったけど、ヨエルはぶちぶち言いつつも雑草を抜き続けている。

 それをありがたく思いつつ、俺も作業を再開した。





「なんていうか……」


 思った以上に気が長くなりそうな作業だ。日が暮れるまで頑張ったけど、まだまだ雑草はわさわさと生い茂っている。

 雑草を抜いていくとかつて花壇があったと思われる形跡があったのだが、そもそもこの裏庭自体が思ったよりも広そうだった。


「こりゃあ一気にやるのは無理だな」

「うん。できたとこから植えてくつもり」


 景観がいいに越したことはないけど、どっちかっていうとこれから作りたいのは実用性重視の庭だ。

 時間があるときにちょっとずつ整備していけばいいだろう。


「お前は何を育てるつもりなんだ」

「花とかハーブとかかな。ユリエさんが分けてくれるって言ってたし」

「……余った場所に俺の研究用の植物を栽培させてもらうぞ」


 ヨエルはもはや決定事項のようにそう言った。


「え、別にいいけど何植えるの? 毒草とかはやめろよ」

「食べて即死するようなのは育てねぇよ」

「え!?」

「別に、水仙だってジャガイモだって毒があることには変わりねぇ。そういうことだ」


 ヨエルは服についた土を払いながら立ち上がると、けだるそうに館へと戻っていった。

 うーん、何が「そういうこと」なのかはわからないけど、大丈夫なんだろうか。

 まぁ、あいつならよっぽど問題を起こすようなことはしないだろう。

 ……とりあえずそう信じておくことにした。



 ◇◇◇



「ふふ、精が出ますねぇ、クリスさん」


 四苦八苦しながらユリエさんに貰った花を飾っていると、にっこりと微笑みながら師匠が近づいてきた。


「も、もしや出過ぎた真似でしたでしょうか……」

「いいえぇ、館が明るくなって皆喜びますよ」


 師匠にそう言ってもらえてほっとした。

 俺の努力も、少しは意味のあるものであって欲しい。


「ふふ、こうしてみると……坊ちゃんの母君がいらっしゃった頃を思い出します」

「ぇ…………?」


 師匠は優しい目で俺の飾った花を見つめながら、静かにそう呟いた。

 坊ちゃんの母君って……ヴォルフのお母さん?


「師匠は、その頃からここで働いてたんですか?」

「えぇ、坊ちゃんが生まれる前よりインヴェルノ様にお仕えしておりました」


 師匠は優しい顔で、でもどこか悲しそうに笑っていた。

 ヨエルが以前教えてくれたのだが、ヴォルフの母親の話はここヴァイセンベルク家では半ばタブーのようになっているらしい。ヴォルフ自身ですらあまり話そうとはしない。

 彼女はもうずっと前に亡くなった人であるので、残念ながらヨエルやニルスは彼女のことについてはほとんど知らないと言っていた。

 でも、目の前の師匠は違う。

 師匠は、ヴォルフのお母さんのことをよく知ってるんだ……。


「その、インヴェルノ様も……花が好きな方だったんですか?」

「いいえ、インヴェルノ様はあまりそういったことには無頓着な方でしたので…………これ以上は、私の口からは申し上げない方がよろしいでしょう」


 師匠はそこで言葉を切った。

 優しいけど、どこか有無を言わせない言い方で。


「……はい、ありがとうございます」


 きっと、それだけの情報でもヴォルフの母親の話をするのはあまりよくないことなんだろう。

 使用人という立場を考えれば、これ以上師匠に根掘り葉掘り聞くのもよくはない。

 それでも礼を言うと、師匠は再び花に目をやってにっこりと笑った。


「きっと……坊ちゃんもお喜びになられますよ」

「…………はい」


 ヴォルフの母親は、小さいころにヴォルフを残して亡くなったと聞いた。きっと、あいつはすごく悲しい思いをしたんだろう。

 別に、俺がヴォルフの母親代わりになろうとか、そういうことじゃないけど……。

 でも、あいつが寂しい思いや悲しい思いをした分……俺が少しでも埋められたらいいんだけどな。


 なんて、押し付けがましいことを考えてしまうんだ。


クリスちゃん母性に目覚めかける

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