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53 フローラルメイド、始めます!

「おっきなお花のばけもの!? えぇっ!?」

「本当よ、ステラ。大きな花の化け物がみんなを襲ってね、大変だったの。ねぇ、クリス?」

「は、はい! その通りです!!」


 うららかな昼下がり。俺はステラお嬢様……と、ユリエさんのお茶会へと招待されていた。

 お嬢様だけでもかなり緊張するのに、ユリエさんといえばヴァイセンベルク家の次期当主の奥様。前に話して思ったよりも親しみやすい人だとはわかったけど、やっぱりこういう場にお呼ばれすると緊張してしまう。見知った人間ばかりとは言え、気は抜けないよな。


「ねぇ、それでどうなったの!?」

「まず最初にフィオナ王女の護衛が化け物を倒しに向かったわ。次にクリスとヨエルが」

「えぇ、クリスも行ったの!?」


 お嬢様にせがまれたユリエさんがこの前フリジアに行った時のことを話している。

 嬉しそうにフリジアの旅路の話を聞いていたお嬢様だが、例の人食い花の話になると少し怯えたようにぎゅっと手を握り締めていた。

 ……やっぱり、まだまだ小さな女の子だ。


「はい! 護衛一人では心配だったので追いかけました!!」

「ふふ、あなたが飛び降りた後のヴォルフったら、ものすごい顔してたわよ」

「そ、そうなんですか……」


 一体どんな顔だったんだろう……。

 色々あって勝手に飛び込んだことについては怒られなかったけど、普段だったら軽率だとか危険だとか説教されてもおかしくはないんだよな。

 まぁ、今更蒸し返すとこもないだろう。


「その後にやってきたヴォルフも合流して、皆で人食い花と戦いました!」

「ひゃあぁ……」


 お嬢様は驚いたように目を丸くしている。

 なんだか嬉しくなって、俺は身振り手振りを交えてその時にあったことを(できるだけ柔らかな表現で)お嬢様に伝えようとした。


「それで、怪しい水晶に皆の攻撃は阻まれてしまったんですが……ぁ……」


 あの皇太子の寵姫、テレーゼが現れたことを言おうと思ったけど、そういえば秘密にしてくれって言われてたんだった。

 ユリエさんもいるし、ここは黙っておこう。


「みんなでばばっと協力して、水晶を破壊! その後人食い花をやっつけました!!」

「すごい、大活躍じゃない!」

「えへへ、それほどでも……」


 子どものキラキラした瞳で純粋に褒められると、なんだか照れてしまう。

 お嬢様は落ち着きを取り戻すように紅茶を口にすると、俺がお嬢様へのお土産に買ってきた菓子をつまんでいた。

 だが、その表情はどこか意気消沈しているようだった。


「いいなぁ、わたしも行きたかった……」

「今度は一緒に行きましょう。ステラはどこへ行きたいの?」

「えっと、えっとね……!」


 ユリエさんにそう慰められ、お嬢様はすぐに元気を取り戻したようだ。

 俺もほっとして、紅茶を口へと運ぶ。


 俺とお嬢様とユリエさんしかいないけど、このお茶会はユリエさんの主催だ。

 テーブルクロス、食器、飾られた花々など……やはり普段とは一味違う、洗練された雰囲気になっていた。

 さすがはジークベルトさんの奥さん、センスも一流なんだ……!

 興味を惹かれてあちこち眺めていると、俺の視線に気づいたのかユリエさんが声をかけてきた。


「あら、何か気になることでもあった?」

「いえ、素敵な場だと思いまして……」


 素直にそう言うと、お嬢様が得意そうに鼻を鳴らした。


「ふふ、一流のレディはティーパーティーといっても気を抜いてはいけないのよ! いかにお客様をおもてなしするか、食器一つ、お菓子一つとっても主催者のひ、ひ……品格がとわれるのだから!」

「もう、この子ったら……」


 少しつっかえたが、お嬢様は得意気にそう言い放った。

 ユリエさんは苦笑している。


「大変なんですね……」


 俺の前の前のグラスには、綺麗なバラの花が浮かべられている。

 きらきらと温室の光を反射して、テーブルクロスに水と花の色の混じった綺麗な影ができている。

 なんていうか……別世界って感じだ。


 ここまでのレベルは無理だろうけど、俺ももう少しセンスを磨きたい、と思うことはよくある。


「ヴォルフの部屋って……あんまり物がなくて殺風景なんですよね、なんていうか、花でも飾ったらちょっとはにぎやかになるかな、と思って」


 ヴォルフの部屋に限らず、俺たちの暮らす別館はなんていうか、ユリエさんやお嬢様が生活する空間に比べると、落ち着いているけど、どこか静かで寂し気な雰囲気が漂っているのだ。

 まぁ、ヴォルフもヨエルもそんなことに興味なさそうだからしょうがないんだけどさ。


「あら、いいじゃない! どんな花がいいかしら。今の季節だったら……」

「ねぇクリス。お庭に見に行ってみない? ほらほら!」


 なんとなく零した話だったのに、お嬢様とユリエさんは意外に乗り気でああでもないこうでもないと言い合っている。

 あれよあれよという間に、俺は花が咲き乱れる庭園へと連れ出されていた。

 ユリエさんはどこか嬉しそうに弾むような足取りで歩いている。


「……ここはね、パパとママが結婚する時にパパがママに贈ったお庭なのよ!」


 ユリエさんが庭師と何か言葉を交わしてる隙に、お嬢様がそっと教えてくれた。

 ……なんかロマンチックだ。

 そんなおとぎ話の王子みたいな気障な行動が似合ってしまうのはジークベルトさんだからだよな……。


 ……何人か知り合いの男が同じような行動をする場面を想像してみたけど、気持ち悪くなって途中でやめた。

 やっぱりそういう行動が似合う人ってすごいな……。


 お嬢様やユリエさん相談して、いくつかの花を選び、持ち帰ることにした。

 ユリエさんはお土産に庭で育てていたハーブもいくらか持たせてくれた。

 うーん、さすがはヴァイセンベルク家の貴婦人。

 気品って、こういうものなんだろうか……。







 使われていない花瓶がいくつもしまわれているのは知ってたので、戻って早々ヴォルフの部屋に貰った花を飾ってみた。

 花の力と花瓶の力で、なんとなく部屋が明るくなったような気がする。

 その出来栄えに一人で満足していると、ちょうどヴォルフが部屋に戻ってきた


「花、ですか……」

「うん、ユリエさんとお嬢様に貰ったんだ」


 ヴォルフはじっと花を見つめていた。

 ……もしかして、こういうのが嫌いだったのか? とドキドキしたが、ヴォルフはふっと笑った。


「綺麗ですね」

「……うん!」


 ……よかった。喜んでくれた、のかな。


「あのさ、よければここだけじゃなくて、他の場所にも飾りたいんだけど……」

「えぇ、あなたのお好きにどうぞ」


 ヴォルフはしばらくの間その花を見ていたようだった。

 やっぱり、こいつも部屋が明るい雰囲気になると嬉しいものなのかな。

 許可は得たし、これからはもっとここの飾りつけにも力を入れた方がいいかもしれない。

 ユリエさんみたいには無理だろうけど、俺も頑張ってセンス磨かないとな!


 また新しい目標ができた。

 うーん、やっぱりメイド道は奥が深い!


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