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逃げ出した聖女、北の地で吸血鬼のメイドになる  作者: 柚子れもん
第2章 勇者と寵姫とひきこもり
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47 地下の仇花

「いたたたた……お尻打ったぁ……」

「馬鹿かお前。せめて下がどのくらいの深さかくらい確認しろよ。尻が砕けてたかもしれねーんだぞ」


 ひんひん泣きながら尻をさする俺に、ヨエルは呆れたような視線を隠さなかった。

 飛び降りた穴は、どうやら地下の通路に繋がっていたようだ。着地に失敗した俺はしたたかに尻を打ち付けて悶絶したが、そのくらいで済んだのを感謝するべきなのかもしれない。

 俺のすぐ後に何故かヨエルも降りてきた。まぁ、一人だとちょっと不安だったからありがたいんだけど。


「……照らせ、“小さな光(ピコライト)”」


 呪文を唱え、光の玉を作り出す。ほとんど真っ暗だった地下通路がぼんやりと明るくなる。


「レーテは……」


 じっと耳を澄ませると、暗闇の向こうからかすかな音が聞こえた。

 たぶんあっちだ!


「おい、どうするつもりだ!」

「とりあえずレーテを探す! その後、あの人食い花をなんとかしないといけないだろ!!」


 放っておいたら、あの人食い花が外に出て人を襲うかもしれない。

 その前に何としてでもとどめを刺しておかないと!

 レーテも心配だ。あいつは強いけど、万が一ってこともありうる。


「……わかったが、無理すんなよ。お前に何かあったら俺がヴォルフリートに何されるかわかったもんじゃない」

「そうならないように頑張るしかない!!」


 長い間使われていないであろう地下通路を進む。音を頼りに角を曲がった時、いきなり目の前に植物の太い蔓が姿を現した。


「うひゃあ!」


 植物は当然侵入者を敵だと判断したようだ。

 蔓が鞭のようにしなり、襲い掛かってくる。


「ちぃっ!」


 ヨエルが俺の体を勢いよく突き飛ばす。

 バランスを崩して床に体を打ち付けたが、間一髪蔓の一撃は避けることができた。


「“氷槍アイスランス!”」


 ヨエルが蔓に向かって氷柱を飛ばす。

 蔓がひるんだすきに、俺も急いで立ち上がり魔法をぶち込む。


「“聖気解放オーラリリース!!”」


 杖がないので普段より威力は落ちる……が、蔓にはなかなか効いたようだ。

 戦意をなくしたように、すごい速さで暗闇の奥へと引っ込んでいった。


「追うぞ!!」


 おそらくこの向こうに本体がいる。そしてレーテも。

 レーテ……俺が行くまで死ぬなよ……!


 蔓が消えた先、光の玉が今までよりもずっと広い空間を照らし出す。

 そこに、探し人はいた。


「レーテ!」


 古い石壁に囲まれた大広間のような場所の中心で、レーテは襲い来る蔓たち相手に果敢に戦っていた。

 レーテが雷魔法を放ち蔓を丸焦げにしていく。だが、何十本もの蔦が次々とレーテを排除しようと鞭のようにしなっている。


「こいつら……次から次へと生えてくる! 本体を何とかしないと!!」


 レーテは俺が来たことに驚くでもなくそう叫んで、また一本蔓を丸焦げにしていた。


「“熾光防壁(セイクリッドウォール)!!”」


 俺とヨエルに気づいた蔓がこちらにも襲い掛かってきたが、障壁を作り出しその攻撃を弾く。

 その隙に、ヨエルの放った氷柱が蔓を貫通し引きちぎっていた。


「本体って……っ!」


 蔓の伸びる先に視線をやり、やっとその「本体」が目に入る。

 地上で見たのと同じように、いくつもの巨大な花が一か所に集まっている。

 ……薄紫に妖しく光る、巨大な水晶の元に。


「なんだよアレ!」

「おそらく……あれが力の源だ!」


 レーテがそう叫んで水晶に向かって雷魔法を放つ。

 だが、雷が直撃する寸前、薄紫の光る壁が現れ雷は吸い込まれるように消えてしまう。

 もちろん、植物の本体には傷一つついていない。


「結界か!」

「僕の魔法は効かない……クリス、君のはどうだ!? あの水晶を破壊すればなんとかなるはずだ!」


 レーテにそう聞かれ、はっと気づいた。

 ヨエルやレーテの使う魔法と、俺の使う神聖魔法はまったく体系の異なる術だ。

 レーテの魔法が弾かれても、俺の神聖魔法なら……!


「楽園に満ちる光よ、我に集いて渾沌の闇を掻き消せ……!」 


 蔓が詠唱を邪魔しようと襲い掛かってきたが、ヨエルとレーテが妨害してくれたおかげで俺の元までは届かない。

 今ならいける……!


「“聖気解放オーラリリース!!”」


 襲い来る蔓たちの間を縫うようにして、放たれた光が水晶へと一直線に向かっていく。

 先ほどと同じように薄紫に光る壁が現れ俺の放った光線を遮ったかと思われたが……


「やった、届いた!」


 薄紫の壁が消え去ったその向こう……怪しく光る水晶には、小さくヒビがはいっていたのだ!

 あの薄紫の壁のせいで多少は威力が軽減されているようだが、確かに俺の力は届いたようだ。


「このまま行くぞ!」

「よっしゃ、頼むぜ馬鹿メイド!」


 何度か攻撃すればあの水晶は砕けるだろう。

 意識を集中させ、もう一度呪文を唱えようとした。

 だが水晶の危機を察知したのか、蔓だけではなく今まで止まっていた水晶の近くの花々まで動き出した。

 百合の花に似た巨大な花弁が頭をもたげる。そして、花びらを閉じたかと思うと一気に弾けるように花開いたのだ。


「うわっ!」


 その途端、巨大な花から膨大な量の花粉が俺たちの方へと放たれた。

 視界が橙色の粉塵に覆われ、とっさに目を瞑ってしまう。

 次の瞬間、何かが胴体に巻き付いたかと思うと、ものすごい勢いで空中へと吊り上げられた。


「ひいぃぃ!!」


 不幸なことに、この場所は地下にあるくせに天井が滅茶苦茶高かった。

 一気に天井近くまで引っ張り上げられたので、下を見るとくらりと眩暈がする。


 ……俺の体は、胴体に巻き付いている蔓によって支えられているという状態だ。今蔓が俺の体を解放すれば、そのまま地面に叩きつけられて……その後は考えたくはない。

 眼下では蔓を攻撃しようとするレーテをヨエルが押しとどめている。

 一体どうすれば……と頭を働かせようとした瞬間、胴体に巻き付いているのとは別の細い蔓が俺の方へと伸びてきた。

 そして、そのまま首に巻き付いてくる。


「うぐっ……!」


 細い蔓に強い力で締め上げられ、一気に呼吸が苦しくなる。

 レーテとヨエルが何か叫んでいるがうまく聞き取れない。

 首に巻き付く蔓を外そうともがいたが、両手も蔓に巻き付かれておりどうしようもなかった。


「あ、ふっ……」


 苦しさで涙が出てくる。

 ……こんなところで死ぬのかな。


 魔物、不死者アンデッド、ドラゴン、邪神。今まで様々な敵と戦ってきた。

 そして、いつも何とか生き延びることができていた。


 だから……今回も大丈夫だと思ったのに。

 こんな、よくわからない植物みたいなのに絞め殺されて終わりなんだろうか……。



 ……せめて、最後にあいつに会いたかった。



「下れ! “大雷轟(ドンナーシュラーク)!!”」


 いよいよ意識が薄れかけた時、レーテの焦ったような声がはっきりと耳に届く。

 つんざくような轟音と共に、肌がびりびりと泡立つほどの衝撃に襲われる。

 次の瞬間、俺の体は空中に放り出されていた。

 浮遊感、そして落下。


 ……一瞬のことなのに、やけに長く感じられる。

 頭が混乱して、どうすればいいのとか全然考えられなかった。

 どうしようもなく怖くて、思わず目を瞑ってしまう。

 すると、何か暖かいぬくもりを感じた。

 その直後、ものすごい衝撃と痛みに襲われる。


「っ……!」


 体中に鈍い痛みが走る。……でも、生きてる。

 感じるのは痛みだけじゃない。包み込むように抱きしめられている感覚と、すぐ近くで聞こえる荒い息遣い。……よく知る気配。

 反射的に目を開けると、普段とは違い金色に染まった瞳がこちらに向けられていた。


「ヴォル、フ……」


 ついさっき、最後に会いたいと願った相手がそこにはいた。


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