31 メイドと魔術師
ヨエルに促され足を踏み入れた小屋の中は……なんていうか、滅茶苦茶汚かった。
俺の自室もそんなに綺麗じゃない自覚はあるけど、その比じゃない。床には乱雑にいくつもの本の山が積み上がり、簡素なベッドの上も本に埋もれている。
よくこんなところで暮らせるな、と感心するくらいだ。
「まぁ座れ」
「座るとこないんだけど」
「作れ」
小屋の主にそう言われては仕方ない。俺たちは仕方なく散らばる本をどけ、床のあいたスペースに座り込んだ。
まったく、一応ヴォルフはヴァイセンベルク家の人間なのに、こんな扱いでいいんだろうか。
とりあえず全員が腰を落ち着けると、ヴォルフはすぅ、と息を吸って話し始める。
「今日ここに来たのは、君の手を借りたいからです」
「そのメイドのことでか」
「はい」
ヴォルフがちらりと俺の方へと視線を向ける。
ここは名乗った方がいいかな、ということで俺も自己紹介をすることにした。
「クリス・ビアンキです。別館でメイドとして働いてる」
「へぇ、大人しそうな顔して主を誑し込むとはやるな」
「たたた誑し込んでませんけどぉ!!?」
ヨエルがにやにやしながらとんでもないことを言い出したので、俺は思わず立ち上がってしまった。
……が、すぐにヴォルフに座れと合図される。
「時間がないのでそういうのは後にしてください」
「あ、はい」
うぅ、冷たい。今はそんな場合じゃないってわかってるけど、ちょっと悲しいぞ。
「昨夜のことですが……」
俺が座ると、ヴォルフはゆっくりとヨエルに昨夜のことを話し始めた。
あらかた話し終えると、ヨエルは大きく息を吐いた。
「気になる点はいくつかあるが、まず……幽霊の噂話が怖いから主人と寝ようとするメイドってなんだよ」
「べ、別にいいだろ……!」
ヨエルが呆れたようにそう口に出す。
それを聞いたニルスが「うわぁ……」とでも言いたげな顔で俺の方を見ていた。
うぅ、恥ずかしい……。
「まぁ、それは僕とクリスさんの問題なので置いといてください。それより、原因は掴めそうですか」
「……最近、何か変わったことは」
ヨエルが探るような目を俺に向けた。
変わったこと……と思い返してみたがあの噂話以外は思い当たらなかった。
「その、影の亡霊の噂話を……」
「それはただの作り話だ。噂にビビって恐怖のあまり錯乱して飛び降りようとする、というのも考えられなくはないが、たぶん違うな」
ヨエルはじっと俺の一挙一動を見ていた。
なんか、居心地悪いな……。
思わず目を逸らすと、ヨエルはとんでもないことを言い出した。
「おい、お前……脱げ」
「は?」
「聞こえなかったのか? さっさと脱げ」
こんな時に冗談だろうか、とヨエルを見返したが、彼はひどく真剣な目で俺の方を見ていた。
あれ、冗談じゃない……?
「だ、駄目ですよヨエルさん! いくらこんなところで女性に縁がない生活をしてて鬱憤がたまってても、相手が悪すぎます!! クリスさんはやめといた方がいいです!」
そう言って真っ先に止めようとしたのはニルスだった。何故か俺よりヴォルフよりニルスが一番焦っていた。
慌てたように追いすがるニルスをヨエルが鬱陶しそうに払いのけている。
「いくらモテなくても自暴自棄にならないでください!」
「うっせーな! 別にこんなカカシみたいな女に興味ねーよ!!」
「はあぁぁぁ!? カカシってなんだよ!!」
「胸に手をあててよく考えてみろよ」
「うぐぐぐ……!」
何故、何故こんな初対面の汚部屋の引きこもりに馬鹿にされなければならないのか!
言い返そうとした時、ぱんぱんとヴォルフが空気を換えるように何度か手を叩いた。
「クリスさん、抑えろって言いましたよね」
「……うん」
「ニルス、制止はありがたいがあまり話をややこしくしないように」
「……はい」
ヴォルフに咎められ、俺とニルスはその場で小さくなった。
ヴォルフは落ち着きを取り戻すように大きく息を吸うと、黙ってその様子を見ていたヨエルに向き直る。
「『脱ぐ』の意図を聞いてもいいですか」
「言っとくがそいつに下心はねーからな。ただ、身に着けているものに何か仕掛けられている可能性があるってだけだ」
ヨエルはぶすっとした顔でそう告げた。
なるほど……そういうものなのか。
「その、目的はわかったけど……ここで脱ぐのはちょっと……」
ヴォルフはともかく、ヨエルやニルスに見られるのは抵抗感がある。
小さくそう言うと、ヨエルはがさごそとベッドの上をあさり、俺の方へと布の塊を投げてよこした。
「……外に出てる。それに着替えろ」
「あ、ありがとう……」
広げてみると、それは俺のより少しサイズの大きい服だった。ヨエルの私服だろうか。
「あの、下着は……?」
まさか下着も脱ぐのだろうか。みんなの前でブラやパンツを調べられるのはちょっと勘弁してほしい。
「……まだ着てろ。どうしても原因がわからなかったらそっちも調べる。今は服と装飾品を外せ」
「うん……」
ヨエルはちょっと気まずそうな表情を浮かべて、下着の着用を許可してくれた。
そのまま三人がぞろぞろと小屋の外へ出て行ったので、手早くメイド服を脱いで貸してもらった服に着替える。
ちょっとぶかぶかするが、まぁしょうがないだろう。
「終わったよ!」
呼びかけると、すぐに三人が入ってきた。
ヨエルはすぐさま畳んで置いておいたメイド服を調べている。
他意はないとわかっててもなんかそわそわするな。
ちらちらとその様子をうかがっていると、何故かわくわくした表情のニルスが話しかけてきた。
「知ってますかクリスさん。そういうの『彼シャツ』って言うらしいですよ。……うわぁぁヴォルフリート様! 今のは冗談ですって!!」
ヴォルフは無言で口を滑らせたニルスの頭をぐりぐりしていた。……馬鹿な奴め。
そうこうしているうちに、俺の服を調べていたヨエルが何かに気づいたように声を上げた。
「……これだな」
「え、もう見つかったの!?」
ヨエルは振り返り、俺の目の前に輪になった紐のようなものを掲げて見せた。
「あ……」
これは、前に街の露店でアクセサリーを買った時、おまけにもらったお守りだ。
どうせなら、とあれ以来ずっと身に着けていたものだ。
「こいつは焦点具だな」
「……何それ」
「……そんなことも知らねぇのか」
ヨエルが呆れたようにため息をつく。
ちょっとむかついたが知らないのは事実だ。素直にそう言うと、ヨエルは面倒くさがりつつも教えてくれた。
「焦点具にも様々な種類があるが……これは霊的存在への感応力を上げるものだな。通常は精霊との交信に使われる」
「危ないものではないんですか?」
「普通は、な」
じっとお守りを眺めるヴォルフに、ヨエルは何か考え込んでいるようだった。
「これは身に着けた者の感応力を上げ、通常では感知できない存在をも感知させる。それが精霊であれ……幽霊であれな」
「っ……!」
幽霊、という言葉にビビってしまう。あのヴォルフを探して彷徨った時の、嫌な感覚を思い出す。
「……ここ最近、『死』に引きずられそうになったことはあるか」
俺にはヨエルの質問の意味が分からなかった。だが、ヴォルフには何か思い当たるところがあったようだ。
「少し前に、北の町へ不死者を鎮めに行きました。そこで、リッチや多くの不死者に遭遇し交戦しています」
「……おそらく、死の匂いが染みついてるんだ」
「えっ!?」
死の匂い……ってなんだろう……。
「なんだよ、それ……」
「後を追うように亡くなる、とか聞いたことあんだろ。身近な者を喪ったり、強い『死』に触れた者には、死の匂いが染み込むんだよ」
ヨエルは当然のことだとでも言いたげにそう口にした。
「普段なら障害にもならなかっただろうが……焦点具を身に着けたことで感応力が上がり、彷徨う浮遊霊の叫びを感知できるようになってしまった。奴らは隙があれば仲間を増やそうとしてる。それに引きずられたんだろ」
「それじゃあ、焦点具を外せばもう安心していいんですか?」
「……それは微妙だな。奴らがそのメイドに狙いをつけたのなら、またふとした拍子に引きずられる可能性はある。……お前、おそらく憑かれやすい体質だ」
ヨエルはまっすぐに俺を見つめてそう言った。
思わず黙り込むと、ヴォルフが安心させるように俺の手を握ってくれた。
「……解決方法は」
「とりあえずの対処法なら、そいつを狙ってるやつを退治すればいい。あとは焦点具を外して清めを怠らないようにしとけば時間が解決してくれる。……そいつ、精霊がついてるだろ。そうそう手出しはされねぇはずだぜ」
ヨエルの言ってることは相変わらずよくわからなかったが、少し光が見えてきた気がする。
「……ヨエル、ありがとう。助かったよ」
「まだ助かるかどうかはわかんねぇけどな」
「う……」
なんて嫌な奴なんだ。
思わず睨みつけると、ヨエルはにやりと笑った。
「じゃあ行くか」
「行くって、どこに?」
「はぁ? お前らの館に決まってんだろ」
当然のように立ち上がったヨエルに、俺たちも慌てて立ち上がる。
「え、一緒に来てくれんの?」
「まぁ乗り掛かった舟だからな。見届けてやるよ」
そう言って、ヨエルは小屋の外へと踏み出した。
俺たちはぽかんとしたまま、その背中を見ていた。
「……あんなに楽しそうなヨエルさん、初めて見ました」
ニルスがぼそりと呟く。
楽しそう……かはよくわからなかったが、少なくとも一緒には来てくれるようだ。
案外……いい奴なのかもしれないな。
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この作品の年齢制限部分にあたる話をノクターンの方に投稿始めました!
たぶん作品名で検索すると出ると思われます。
18歳以上で見てやってもいいという方は見てやってください。
ちなみに読まなくてもこっちには何の影響もありませんのでご安心ください!




