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逃げ出した聖女、北の地で吸血鬼のメイドになる  作者: 柚子れもん
第2章 勇者と寵姫とひきこもり
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27 ただいまお仕事中!

「えっと、リンゴ、塩、バター……」


 曇り空にも負けずに、シュヴァンハイムの大通りは人で溢れている。

 いつものような買い出し。最近は一人でも買い出しを任せられるようになった。

 ふふ、師匠も俺のことを評価してくれてるのかな……!

 なんて考えるとついにやけてしまう。いかんいかん、ここは人前だ。

 なんとかきりっとした顔を取り戻し、しゃんと背筋を伸ばして歩く。

 買い出しは無事に終わった。でもどうせだしアイスとか食べながら帰りたいな、と考えきょろきょろし始めた時だった。

 露店の立ち並ぶ場所に、やけに人の集まっている店があったのだ。


 ……なんだろう、ちょっと気になる。

 つられるように、俺も人垣へと近づく。

 そっと後ろから覗くと、大きな台の上にアクセサリーのようなものがたくさん乗せられているのが見えた。

 ネックレス、指輪、ブレスレット、ブローチ……色とりどりの宝石があしらわれたアクセサリーに、集まった人々はやいやい言いながら値踏みをしているようだった。


 その中に、先日お嬢様が見せてくれたような不思議な色の宝石がついたものがあった。ちらりと値段に目をやると、思ったよりもずっと安かった。たぶんこれは本物の宝石ではなくよく似た模造品なのだろう。

 ……でも、綺麗だ。

 アクセサリーは本当に安かった。それこそ、アイス一回我慢すれば買えるほどに。

 悩んだのは一瞬だった。まったく、綺麗なアクセサリーに惹かれるなんて俺も随分変わってしまったのかもしれない。


 ……いや、本当に欲しいのはアクセサリーじゃない。綺麗で高価な宝石でもない。

 そういうものを身に着ければ、あいつの隣に並び立っても恥ずかしくないんじゃないかって、自信が出てくるんじゃないかって、結局はそこにたどり着くんだ。

 模造品のアクセサリーなんてきっと城では身に着けられないだろう。

 でも、あいつと二人で出かけるときにはいいかもしれない。お嬢様へのお土産話にもなるかもしれないし。


 じっくりと吟味して、美しい石がはめ込まれたペンダントを手に取る。

 まるで晴天から夕焼け、夜の星空へと変化していくような不思議な色合いだった。


「これください」

「あいよ、ありがとな!」


 店主のおじさんは歯を見せてにかっと笑うと、ペンダントと綺麗な紐を手渡してくれた。


「これは?」


 いくつかの紐が編み込まれた飾り紐だ。よく見ると、何個かビーズが通されきらきらと輝いている。


「おまけに配ってんだ。こうやって手首か足首につけとくとお守りになるんだぜ!」


 そう言って、店主は自らの手首を突き出す。そこには、ブレスレットのように飾り紐が結ばれていた。


「邪魔になるなら足首でもいいぜ。とにかくずっとつけとくのが大事だからそこんとこ忘れないでくれよな! これがあれば恋愛金運安全なんでもこいのすぐれもんだぜ」

「あはは……」


 さすがにそれは大げさだろう。と思ったが口には出さないでおいた。

 欲しいのはペンダントだったのでこの飾り紐は別にいいのだが、どうせだから効果を確かめてみよう。

 ちょっとうきうきした気分で、俺は城への帰路に就いた。



 ◇◇◇


 

 買い出しの次は掃除タイムだ。ペンダントと飾り紐は自室に置いといて、とりあえず掃除を始める。

 一見汚れていないように見えても油断してはいけない。使う部屋も使わない部屋も、丁寧に埃を取り、箒ではき、床を磨き、綺麗な部屋を綺麗なまま保つ努力を怠ってはいけない。

 高価な調度品を傷つけないように磨くのは中々骨が折れる。俺が来るまでは師匠が一人でやっていたというのだから頭が上がらない。


「……ふぅ、こんなところか」


 ピカピカになった(ような気がする)部屋を見ると達成感に満たされる。

 ちょっと気分がよくなってヴォルフに報告してやろうと部屋を訪ねたが、不在だった。

 ……ちょうどいい、今は掃除気分だし、あいつの部屋も掃除しといてやるか。


 別にヴォルフの部屋を掃除してはいけないとは言われてない。今まではあいつのいる時しかしてなかったけど、どうせあいつは窓のさんに埃が残ってるとか、いじわるばあさんみたいなことしか言わないのだ。

 だったらいてもいなくても同じだ!


「よーし、いっちょやるか!!」


 ぎゅっと腕まくりして、箒を片手に戦いの始まりだ。



「ベッドの下……なんもないか」


 何か隠してあったらおもしろかったのに、ベッドの下には何もなかった。

 ちょっと残念な気分でベッドの下を綺麗にしていく。

 何か落ちてる、と拾い上げると長い髪の毛だった。しかも金髪……これは俺のだ!


「うぅ……」


 途端に恥ずかしくなってしまう。俺の髪の毛がここに落ちている心当たりはありすぎるほどにある。

 ……師匠がこの部屋を掃除することはあるんだろうか。

 今までもこんな現場を見られていたんだろうか……と思うといたたまれない気分になる。

 ……これからヴォルフの部屋は俺が掃除しますって言っとこう。


 ごちゃごちゃと物があふれる俺の部屋とは違い、ヴォルフの部屋には無駄なものがほとんどない。

 ……ていうか、あいつはあんまり生活必需品以外の私物を持とうとしないようだ。

 この部屋も綺麗だけど……ちょっと殺風景な気はするんだよな。

 何か飾りたい、と思うのはメイドとしては出過ぎた真似だろうか。

 まぁ……今度ヴォルフに聞いてみよう。


 はたきを手にぱたぱたと本棚の埃を落としていく。まぁ目に見える埃なんてほとんどないからあんまり達成感はないんだけど。

 本棚にはタイトルを見ただけで難しいものだとわかる本が鎮座していた。

 ちょっとえっちな本とか置いてないのかな、とわくわくしながら見たけど、特にそういうのはなかった。

 残念なような安心したような……

 その中で、少し毛色の違う背表紙の本が目に入る。


「ん……?」


 他の古めかしい本とは違い、つい最近買ったような新しい本だった。

『貧血の人のための食事療法』と題されたその本は、同じ本棚の仲間と比べると随分と大衆向けの本のようだった。


「あいつ貧血なのか?」


 あれだけ人の血を吸っといて貧血なんてことはあるんだろうか。

 なんとなく引き出しぱらぱらとめくってみる。

 そこには、貧血解消のためのレシピがいくつものっていた。そして、気が付く。


 その中のレシピのいくつかは、俺もよく口にしたことがあると。


 そうだ、つい先日。ヴィダースから帰ってきて血を吸われた日、その日の夕食にも出ていたはずだ。

 思い返せば、前からそうだったのかもしれない。


 あいつが俺の血を吸った後、決まってここに出てくるメニューが作られていた。

 あいつは、そんなところまで気を使ってくれていたんだろう。


 思わず本をぎゅっと抱きしめる。

 ご主人様がメイドの健康管理なんて逆だろ!……と言いたいけど、それより嬉しさが勝った。

 きっと、これだけじゃない。きっとあいつは、他にも俺の気が付かない所で色々気を使ってくれているんだろう。


「……はぁ」


 もうやめてほしい。

 ますます……好きになっちゃうじゃないか。


「年下のくせに、気遣いやがって……」


 なんか嬉しいというか、情けないというか……もっと頑張らないと、という気分になってくる。

 おいしい紅茶の入れ方、部屋の飾りつけ、仕事の補佐……やらなきゃいけないこと、覚えなきゃいけないことは山ほどあるんだ。


「よーし!」


 気合を入れなおし、本を置いて掃除の続きへと戻るとしよう。

 あいつが帰ってきたら驚くくらい綺麗にしてやらないとな!


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