23 メイドの治癒術
「調子はどうですか?」
「…………あたまぐるぐるする」
目が覚めたら、もう日が高く昇っていた。起きたら墓場ではなくちゃんとした部屋に寝ていた。どうやらここはヴィダースの町長の家らしい。
ぶっ倒れた俺は、ここに運ばれて寝かされていたようだ。
てっきりリッチを倒したその日の昼だと思っていたが、なんとその翌日だった。どうやら俺は一日以上寝ていたままだったらしい。
体は重いし、なんだかずっと頭がぐるぐるしてばっかりだ。
「あれだけ魔法を使った後なんです。無理しないでください」
「うん……」
自分でも結構無茶したなー、と今更ながらに思う。
強い魔法を使えば、それだけ反動は自分に跳ね返ってくる。あの時使った魔法は一つ一つがそれなりに強いものだった。
あの時は必至で無我夢中でやってしまったけど、あれだけの魔法を連発したら疲れるのも当然だ。倒れるだけで済んだのは幸運だったのかもしれない。
その後遺症か、なんだか頭がふわふわする。
ふらふらしつつ起き上がると、ベッドの端に腰かけていたヴォルフが苦笑した。
「エルンストとラルスは?」
「墓地の方の調査に行ってます。まぁ……ひどい有様ですよ」
「……そうだろうな」
あれだけ不死者が墓の下からぽこぽこ這い出てきた状況なのだ。
応戦する中で仕方なく傷つけてしまったこともあるし、きっととんでもなくひどい状況になっていることだろう。
「落ち着いたら町の者で再び埋葬するようです。ただ……」
「ただ?」
聞き返すと、ヴォルフは少し困ったようにため息をついた。
「……あの不死者の数、明らかに異常だと思いませんでしたか?」
「それは思ったけど……」
小さな町の墓場にしては、あの時現れた不死者の数は尋常ではなかった。
一体あれは何だったんだろう。
「それにリッチ。リッチというのは並外れた力を持つ術師の成れの果てです。まったく可能性がないということはないのですが、こんな小さな町の墓場に埋葬されていたというのも考えづらい」
「うん」
「それに……エルンストたちの報告では、あの不死者達の中に明らかに今の時代の平民ではないものも混じっていたということです」
「つまり…………どういうことだ?」
駄目だ、頭がふわふわして難しいことは考えられない。
まぁ、普段でもたぶん全然わからなかっただろうけど。
「この近辺……おそらく地下に古代の遺跡があり、そこにリッチや古代の兵士が眠っていた。それがここ最近何らかのきっかけで目覚め、リッチの力でこの町の死者たちも不死者化し町に影響が出てしまったのではないかと」
「うーん…………」
話が現実離れしすぎていてよくわからない。でも、この町の人からすればとんだとばっちりだったということはわかった。
「でもリッチは倒したし、もう大丈夫なんだろ?」
「えぇ、あなたが浄化してくれたおかげでしばらくは瘴気に悩まされることもなさそうです。後は教会に任せておけば大丈夫かと。話がまとまり次第、僕たちも城へ帰りましょう」
「うん……」
ほんの数日は慣れていただけなのに、随分と懐かしく感じた。
早く、帰ってゆっくりしたいな。
「……そういえばお前、怪我は?」
その時になってやっと、俺はヴォルフが怪我をしていたという事実を思い出したのだった。
リッチが俺を狙って鎌を振り下ろした時、俺を庇ったヴォルフはざっくり切り裂かれていたはずだけど、大丈夫なのか……?
「えぇ、特に問題ありません」
ヴォルフは何でもない顔をしてそう答えた。
だが、平静すぎて逆に怪しい。こいつ、本当はひどい怪我なのを隠してるんじゃないだろうな……!?
「だったら見せろよ」
「え、だから大丈夫ですって……」
「いいから!」
ヴォルフの着ていたシャツに手を掛け引きちぎる勢いでボタンを外していく。
「ちょ、何してっ……!」
「おらっ!」
ばさりとシャツをはぎ取ると、痛々しく包帯が巻かれた肩が姿を現した。
ヴォルフが焦ったように傷を隠そうとする。
その包帯にも、じんわりと血が滲んでいた。
「全然大丈夫じゃないじゃん!」
「見た目より酷くないので大丈夫です!!」
「嘘つけ!」
巻かれた包帯を剥がしていく。
ヴォルフは俺を止めようとしていたが、やはり傷が痛むのかその動きは鈍かった。
そして、包帯を取りきると痛々しい傷跡がお目見えした。
「っ……!」
ざくりと切り裂かれたその痕に、思わず体がこわばってしまう。
見るからにひどい怪我だ。こいつはどんだけ痩せ我慢をしてたんだ……!
「…………ごめん、なさい」
震えながらなんとかそう口にする。これは、俺を庇ってできた傷だ。
俺が、もっとしっかりしていればヴォルフがこんな目にあうことはなかったのに……!
「……気にしないでください」
「でも、傷……残っちゃうだろうし」
「あなたを守ってできた傷なら、僕にとっては勲章のようなものです」
いつからそんな歯の浮くような台詞を言うようになったんだ、となじってやろうと思った。
だが、俺の口から出てきたのは小さな嗚咽だけだった。
「……だから言ったのに。ほら、泣かないでください」
ヴォルフの手が延ばされ、優しく抱き寄せられる。
素肌のじんわりとした暖かさに、また涙が溢れる。
「本当に、たいしたことないんです。こんなの舐めとけば治るくらいですよ」
それは、俺を励まそうとしたヴォルフなりの冗談だったのだろう。
だが、頭がふわふわしてた上に、ひどく落ち込んでいた俺にとっては、その言葉通りの意味だと思えたのだ。
治癒魔法を施すとか、後から考えればもっと最適な行動はあったはずだ。なのに、気がついたら衝動的に口を開いていた。
「じゃあ舐めさせて」
「…………は?」
俺の行動は、きっとヴォルフにも予想外だったのだろう。だから、反応が遅れた。
とにかくこの傷を治さなきゃ。その思いだけで、そっと体に触れ口を寄せる。
ちろりと舐めると、確かに血の味がした。
「ぅあ……」
ヴォルフの体がびくりと震える。
……俺を庇ってできた傷なら、俺が癒してあげたい。
にじむ血を舐めとりただひたすらに舌を這わせると、血の味がじんわりと舌に染み込んでいった。
まるで酒に酔ったみたいに頭がぼぉっとして、難しいことは考えられなくなってしまう。
……どこか、病みつきになりそうな感覚だった。
ヴォルフの手が背中にまわったかと思うと、ぐっと押し付けるように引き寄せられる。
そして、首筋に熱い吐息を感じた。
「んっ……!」
お返しだとでもいうのだろうか、首筋を舐められ体が跳ねる。
まるで獣になったかのように、互いの肌へと舌を這わす。
酷く倒錯的で、本能的な求めあいだったのかもしれない。
ヴォルフが俺の脇の下に手を入れたかと思うと、そのまま体を持ち上げられ、向かい合うように膝の上に降ろされる。
そして、視線が絡まりあった。
目と目が合うと、途端に何かが流れたように感じた。
わずかな距離を埋めたくて、抱き着くようにそっと顔を寄せる。
そして触れ合う瞬間──
「失礼します、ヴォルフリート様。例の件ですが……」
性急なノックの音が聞こえたかと思うと、がちゃりと扉が開いた。
その向こうに立っていたエルンストは、俺たちの姿を見た瞬間動きを止めた。
ベッドの上で、密着して向かい合うような体制で、ヴォルフは半裸で……
やばい、これは言い逃れができない……!?
「うわー、すみません! 後でまた来るんでごゆっくりどうぞ!!」
固まるエルンストの背後から顔をのぞかせたラルスは、俺たちを見て目を輝かせると、そのまま固まったままのエルンストの腕を引くようにして扉を閉めた。
ばたばたと二人の遠ざかる足音が聞こえる。
しばらくの間、俺たち二人は扉の方を向いたまま固まっていた。
そして、先に動いたのはヴォルフだった。
「はぁ……じゃあ続きを」
「なんでそうなるんだよ馬鹿!!」
慌ててヴォルフの頭をはたき距離を取る。
見られた、見られてしまった。
どどどどうしよう……!?
「やばい、やばいよ。どうすれば……」
「え、別にそんなに焦らなくてもいいんじゃないですか。知られて困るようなものでもありませんし」
「えぇっ!?」
いやいや困るだろ!
お前それでいいのかよ!!
「だって……お前が使用人らしくしろって、言ったのに」
「確かに言いました。主を立てる、それは守ってください。ただ……別に恋人だってことは知られてもいいんじゃないかと」
「ええぇ!?」
なんでそうなるんだ!
その……色々とまずいだろ!!
「お前、使用人と付き合ってるなんて思われてもいいのかよ……」
「色々言う者はいるでしょうが……僕は、あなたの恋人であることを誇らしくは思えど、恥ずかしいと思ったことはない」
真剣な顔でそう言われ、胸が熱くなる。
──嬉しい。その思いが、胸の奥を満たしていく。
ぎゅっとしがみつくと、優しく抱きしめ返される。
そのまま、耳元に囁かれた。
「じゃあ……続き、しましょうか」
「調子乗んな、ばか」
再び頭をはたくと、ヴォルフは笑った。




