21 破壊か救済か
人気のない通りを抜けて、町の東に広がる森へと向かう。
鬱蒼と木々が生い茂る森は、どこか薄気味悪さを感じさせる。町長の話だとこの先に不死者の発生源である墓地があるということだった。
気のせいか、近づくにつれ悪寒がひどくなっていく。
森の入り口には、教会が施したと思われる結界が張られていた。
「確か奴らは町までは入ってこないんだよな」
「あぁ。だが……この結界もいつまでもつかわからないぞ。結界が破られればやってきた死者が住人を襲い、更に不死者が増え一気に被害が拡大する恐れがある」
「へぇ、ゾンビだらけの町か。ぞっとしないね」
エルンストとラルスは軽い調子で話しているが、その内容に俺は震えあがった。
不死者に襲われ死んだ人間は、同じく不死者になる確率が高いと言われている。
万が一不死者の集団が町に雪崩れ込むようなことがあれば、一夜にしてゴーストタウンの出来上がり……なんてことも冗談じゃ済まされなくなる。
「大丈夫だ。そのために僕たちがいる」
その時ヴォルフが静かに漏らした言葉に、渦巻いていた恐怖心がすっと引いていく。
そうだ、怖がっている場合じゃない。
悪い可能性ばかり考えてもどうしようもない。俺たちが事態を納めれば大丈夫なんだ。
だったらやるしかない!
幸いなことに、森の中で不死者に遭遇するようなことはなかった。
木々が途切れ、その向こうに墓地が姿を現す。見た目は普通の墓地だが、明らかに嫌な空気が漂っている。
町で感じられた瘴気の発生源がここだということははっきりとわかった。
おそるおそるあたりを見回したが、見る限り不死者の姿はないようだ。
ここに来るまでに結構時間がかかったので、もう日が沈みかけている時間だ。
……きっと、ここからが本番だ。
「……三人とも、念のため確認しておくが」
ヴォルフがぐるりと俺たちを見回しながら口を開いた。
「僕たちの仕事はあくまで不死者を排除し町の平穏を取り戻すこと。切羽詰まった状況のようだし、浄化ではなく破壊を優先して行う」
「えっ?」
思わぬ言葉に聞き返すと、ヴォルフは俺に向かって感情の読めない瞳を向けた。
「なんですか、クリス」
「あのっ……お、私が浄化します! 破壊なんて……」
「そんな悠長なことを言ってる暇はない」
ヴォルフはばさりと俺の言葉を切り捨てた。
「クリスは防護と誰かが負傷した場合の治癒に専念しろ。他のことは気にするな」
「待ってください!」
……ヴォルフの言いたいこともわかる。
どの程度の力を持っていたのかはわからないが、教会の討伐体が逃げ出すほどの状況なんだ。
俺たちだって、気を抜けばすぐにやられてしまうかもしれない。
この中で不死者の浄化ができるのは俺だけ。だが体の損壊なら他の三人にも可能だ。そちらを選びたいのもわかる。
でも……俺の心は納得していなかった。
確かに不死者を破壊してしまえば町の人たちは穏やかに過ごせるかもしれない。でも、哀れな死者に二度も死を与えるような真似はしたくなかった。
それでは、彼らの魂は救われない。
「私が浄化します。やらせてください」
「駄目だ」
「だったら勝手にやります」
「クリス、言うことを聞け」
ヴォルフが俺の肩を掴む。ぎりぎりと食い込むようなその力の強さに、悲鳴が漏れそうになるのを何とか耐える。
負けるわけにはいかない。痛みに耐えながらも、俺はヴォルフを睨み返した。
「まーまーそこまでにしましょうや!」
険悪な雰囲気の俺たちの間に割って入ってきたのはラルスだった。
彼に視線を向けられ、ヴォルフはバツが悪そうに俺の肩を離した。
「まぁまぁ、心配になるのもわかりますが俺たちがいるんで大丈夫ですよ! まずはクリス嬢に任せてみてはいかがですか?」
「だが……」
「それでだめだったら潔く破壊しましょう。ね?」
ラルスが俺に向かって片目をつぶって見せる。
ヴォルフはまだ不満そうな顔をしていたが、やがて大きくため息をつくとふい、と俺から視線を逸らした。
「……わかった。無理だけはしないように」
「あ、ありがとうございます!」
嬉しくなってそう声を出すと、ヴォルフはまだ文句ありそうな目で俺の方を見ていた。
あーあ、次に二人っきりになった時に散々文句言われそうだ。
……まぁ、いいけど。
「そうなると私たちはクリス殿の援護、と言う訳ですね」
「ご安心ください! 美しい女性を守るためとあらば、俺はドラゴンにでも立ち向かいましょう!!」
「調子に乗るな。今回の相手は不死者だ」
きらきらと輝いた目で俺の手を取ったラルスは、すぐさまエルンストに背後から頭をはたかれていた。
「……日が暮れるな。そろそろ気を抜かないように」
ヴォルフに注意を促され、俺はぐっと持っていた杖を握り締める。
無理を言ってやらせてもらう役目だ。失敗はできない……!
そのまま、俺たちは警戒を怠らないまま待った。
いつの間にか満月に近い月が空に昇り、墓地を照らしている。
どこか寂しく、美しい光景だった。
……かなり時間がたったが、墓地に変化はない。
今夜は出ないのかな、と考えた時だった。すっと足元に気配を感じた。
『……クリス』
視線を落とすと、俺の契約精霊であるスコルとハティがいつの間にか姿を現していた。
二匹は警戒するようにぴったりと俺の足にくっついている。
『気を付けて、来てる』
『すごく、いやなもの』
「え……?」
そう聞き返した瞬間だった。
いきなり背後からぼこりと聞きなれない音が聞こえた。
振り返ろうとした瞬間、強い力で足首を掴まれて転倒しそうになってしまう。
「いっ……!」
反射的に視線を向けて、俺は戦慄した。
すぐ後ろの地面の下から腐ったような手が伸び、俺の足首をがっちり掴んでいたのだ。
「っぁ……!」
ぎりぎりと爪が食い込む痛みに悲鳴が漏れる。
三人が一斉に動いたのが分かった。だが、それよりも早かったのは二匹の子犬様だ。
二匹がかぷりと腐った手に食らいつく。手は二匹を振り払おうともがいていたが、やがて諦めたように地中へ引っ込んでいく。
「やっぱり出やがったか……」
ラルスが忌々しげに呟く。
なんとか足を解放された安堵で、俺はほっと息を吐いた。
「ありがとな、助かったよ」
『うえぇ、まずいよぉ……』
『口直しのチョコが食べたい……』
屈みこんで、さっきの威勢はどこへやらキュンキュンと力なく鳴いている二匹を撫でる。
だが、すぐにまたあの嫌な感じがした。
立ち上がり杖を構える。
次の瞬間、あちこちの地面がぼこぼこと盛り上がり、そこから地面を割って出るように何体もの不死者が姿を現したのだ。
腐りかけの体を持つものや、ほとんど骸骨と化している者もいる。独特の腐臭が鼻をつく。
逃げ出したくなるのをこらえ、ぐっと相手を睨みつける。
たとえ目がなくても、俺たちに向けているのが友好的な視線でないことはわかる。
思った通り、不死者たちはすぐさま襲い掛かってきた。
「へへっ、お出ましか!」
「クリス殿、頼みます!」
エルンストの声に頷き、俺はその場で杖を掲げた。
ヴォルフが俺を守るように近くに陣取る。その姿を見るだけで、心の底から安心するから不思議だ。
「輪廻の紡ぎ手よ。今こそ迷える魂を導き、ひと時の安らぎを与えたまえ……」
心を落ち着かせ、呪文を唱える。
襲い掛かってくる不死者を三人が撃退している。だが、できるかぎり傷つけないようにしてくれているのがわかった。
今は理性をなくして襲い掛かってくる不死者だが、彼らはもともとこの町の住人なんだ。
……大丈夫、救って見せる。
「“魂の回帰!”」
彷徨える死者に、天上の神に届くように高らかに謳いあげる。
俺の立っている場所を中心に、柔らかな光が流れ、どこか暖かく優しい空気が広がっていく。
理性をなくしたように暴れていた不死者たちが、その動きを止める。
「……もう、いいんだよ」
ひたすらに祈る。
大地に、神に、報われぬ魂に。
やがて不死者たちが力をなくしたように崩れ落ち、その場に流れていた柔らかな光が空へと昇っていく。
そして、すぐに見えなくなった。
じっとその光景を見守っていると、ヴォルフがそっと腕に触れたのが分かった。
「……お疲れ様」
「うん……」
今すぐ縋り付きたくなる気持ちを押さえ、何とかそれだけ返す。
なんだか無性に泣きたい気分で、気を抜けばすぐにでも涙が溢れそうになってしまう。
「やりましたね! いやー俺は最初っからクリス嬢ならやり遂げると思っていましたよ!!」
ラルスとエルンストの二人がこちらへと歩いてくる。
嬉しそうなラルスとは対照的に、エルンストはじっと何か考え込んでいるようだった。
「エルンスト、どうかしたのか?」
「いえ……これで終わり、なのでしょうか」
ヴォルフが呼びかけると、エルンストはどこか納得できていないような顔であたりを見回した。
「何言ってんだよ。不死者の浄化は終わっただろ」
「あぁ、先ほどのクリス殿の働きは見事でした。だが……奴ら、教会の討伐部隊が撤退するほどのものでしたか?」
エルンストの疑問に、俺もはっとした。
確かに、平和に暮らしていた村人にとっては不死者の襲撃は恐ろしいだろう。
だが、先ほどの不死者たちは確かに理性をなくした化け物のようだったが、そう数もいなかったしそこまでの脅威だとは思えなかった。
教会の討伐部隊がどの程度の実力を持っていたのかはわからないが、あのくらいならよほどの寄せ集めでない限りは対処できそうな気がするのに。
「……確かに、不自然だ」
ヴォルフも引っ掛かったのだろう。
警戒するようにあたりを見回している。
「とりあえず、もう少し調べて……っ!」
その瞬間、まるで一気に冷たい水に引きずり込まれるような嫌な悪寒に襲われた。
皆の視線が一斉に墓地の中央を向く。
そこには、ぼろぼろの黒い衣を纏った人物がいた。
いや……人物などというのはきっと正しくないだろう。
それが人間ではないことは、見た瞬間にわかったのだから。
暗く、おぞましい空気が墓地を包んでいる。先ほどまでの不死者とは桁違いのモノだというのは、あれがなんなのかわからない俺にもはっきりと感じられた。
ぞわぞわと暗闇が迫ってくるような嫌な錯覚に襲われる。
頬を撫でる風がまるで俺を捕らえようと、絞め殺そうとしているかのようにすら感じられた。
「……とんでもないものが来てしまったな」
「まったく、教会の奴らがしっぽ巻いて逃げ出すわけだ」
口調は軽いが、二人の騎士の纏う気配も先ほどとは様変わりしている。
ヴォルフが庇うように俺のすぐ前に進み出た。
「な、なにあれ……」
おそるおそる問いかけると、ヴォルフは俺の方を振り向かないまま答えてくれた。
「……リッチ」
その固い声が、今の状況を物語っていた。
「さっきまでの不死者が野犬だとしたら、あれはドラゴンだと思ってください」
よくわからない例えだったが、とてつもなくやばいものだということだけはわかった。
きっとヴォルフも、それだけ伝われば十分だと思ったのだろう。
次回はボス戦です!




