19 二人の騎士
そして当日の朝。
今回同行することになる二人の騎士を見て俺は驚いた。
「エルンストと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「おっ、美人のメイドさん! 俺はラルスですっ!!」
落ち着いた雰囲気の男と、どこか軽薄そうな雰囲気を持つ男。
共に二十台半ば程だと思われる二人の騎士は……無駄に顔立ちが整っていた。騎士やめて舞台俳優にでもなったらどうですか?とでも言いたくなるくらいだ。
騎士になるには顔の良さも必要なのか、とヴォルフに聞こうかと思ったがやめておいた。
変な誤解でもされたら大変だ。
「そう危険はないと思うがよろしく頼む」
「えぇ、お任せください。この剣にかけて必ずやお守りいたします」
エルンストと名乗った騎士が、俺たちに向かって仰々しくそう口にした。
砂色の髪を持つ長身の男だ。話し方や態度、立ち居振る舞いから彼の生真面目な性格が伝わってくるようだった。
うん、礼儀礼節を重んじる騎士って感じだな!
「……ところで、お名前を伺ってもよろしいでしょうか? 美しい方」
ラルスと名乗った方は俺の前に跪くと、きらきらした瞳で俺を見上げていた。
小麦色の髪の、どこか軽そうな男だ。身に着けた騎士装束も少し着崩してある。隣のエルンストとは正反対だ。
ちらりとヴォルフの方を確認すると軽く頷かれたので、なんとかぼろを出さないように口を開く。
「わ、私はクリスと言います……」
「おぉ……まるで、天上の光を浴びて女神の息吹に祝福されし天使のような名前ですね。あなたにぴったりだ……」
盛りすぎてよくわからない褒め方をしたラルスは、そっと俺の手を取った。
そして、そのまま手の甲に口付けられる。
突然の行動に驚いて体が小さく跳ねた。
「っ……!」
とっさに悲鳴を上げなかった自分を褒めてやりたい。
まるでお嬢様やお姫様のような扱いをされて、途端に顔が熱くなる。
なんていうか、気持ち悪いっていうより…………めちゃくちゃ恥ずかしいんですけどぉ……!
パニックになりかけたその時、救いの手は現れた。
「いい加減にしろ、ラルス! クリス殿が困っているだろう!!」
「いたたたたた! 女性を褒めるのは騎士の義務……ぎゃああ!!」
眉間にしわを寄せたエルンストがラルスに鉄拳制裁を食らわせたかと思うと、更に尻を蹴っ飛ばしていた。ラルスはみっともなく地面に転がっている。
うわ、痛そう……。
「あ、あの……」
「申し訳ありません、ヴォルフリート様、クリス殿。こいつにはよく言って聞かせますので」
エルンストは先ほどと寸分たがわぬ丁寧な態度で俺に謝罪した。
俺もなんとかひきつった顔で頷く。
ちらりとヴォルフと視線を合わせると、ヴォルフも面倒くさそうな顔で小さく首を振った。
……大丈夫かな、これから。
◇◇◇
目的地であるヴィダースの町までは馬車で数日かかるらしい。
馬車に揺られ他愛のない会話をする間に、自然と自分たちの出自の話になった。
エルンストとラルスは共にヴァイセンベルク家の私設騎士団である「霜雪騎士団」に所属する騎士で、昔からの腐れ縁らしい。
エルンストの父はヴァイセンベルク家に仕える文官で、ラルスはなんと貴族の子息であるそうだ!
「まぁ貴族って言っても、ヴァイセンベルク家とは大違いの吹けば飛ぶような弱小貴族ですよ。おまけに俺は四男でそのおこぼれにもあずかれそうにないんで、こうやって剣の道へと進んだわけなんですよ」
へぇ、貴族っていっても色々あるんだな。思ったよりも大変そうだ。
「ヴォルフリート様は長い間遊学されてたんですよね? どうでした、余所の国の女性は!」
「おい、女性限定か」
ラルスはまたエルンストに頭をはたかれていた。
そんな二人を見つつ、俺はちらりとヴォルフに視線をやった。
ヴォルフは何でもないような顔をして腕を組んでいる。少しも動揺したように見えないのはさすがだろう。
ヴォルフは数年間ヴァイセンベルク家を離れていた。真相はただの家出なのだが、家出というと外聞が悪いからか戻ってきてからは「見聞を広めるために他国で遊学していた」ということにしてあるらしい。
小さく息を吐くと、ヴォルフはぽつぽつと他国のことを二人に語り始めた。……もちろん女性の話ではなく、色々なことだ。
うーん、真実を織り交ぜつつ嘘を語る……。ここまでぼろがでないのはさすがだな。
ヴォルフの話を聞き終えると、ラルスは興味深そうな目を俺に向けてきた。
うわ、嫌な予感が……。
「さぁ、次はクリス嬢の番ですね!」
「おい、クリス殿を困らせるなと言っただろう!」
「いえ……大丈夫です」
ここで動揺したりしたら逆に不審に思われるかもしれない。
内心の狼狽を押さえつつ、俺はにっこりと微笑んで見せた。
もちろん、俺の経歴について正直なことは話せない。「元は普通の男だったけど、女の子になって邪神追い払って聖女とか呼ばれてます!」……なんて頭がおかしい奴だと思われること間違いなし。
その為に、ヴォルフと二人で偽のプロフィールを考えたんだから。
……ミルターナ聖王国に生まれた少女クリスは、女神へのお祈りを欠かさないどこにでもいる女の子だった。
だが邪神戦争が激化するにつれクリスの住む村にも火の手が上がり、クリスとその家族は戦火を逃れるためにここユグランス帝国へと移住した。
運よくヴァイセンベルク家にメイドとして雇われたクリスは、少し神聖魔法の心得があったので、こうして不死者退治へと同行することになったのである……という感じだ。
まぁほとんどが嘘で塗り固められた話だが、ほんの少しだけ真実も混ぜてある。
ヴォルフを見習って、できるだけ堂々とした態度を心掛け、ぽつぽつと偽の経歴を語る。
「ミルターナの状況は相当酷かったようですね……よくぞご無事で」
「うーん、やはり信ずるものは救われる……というわけですね。運命の女神があなたの美しさに嫉妬することがなくて何よりです」
エルンストはいたわるように、ラルスはまたよくわからない言い回しで俺のことをねぎらってくれた。
今のところ、特に不審には思われていないようだ。
ほっと胸をなでおろす。
やがて日が傾き、俺たちは本日の宿泊予定の村の宿へと到着した。
明日も早くから出発するということで、軽く夕食を取り早めに床に就くことになった。
「何かありましたらすぐにこのラルスをお呼びください。あっ、何もなくても呼んでいただいて構いませんよ!……痛っ!」
「……クリス殿。この馬鹿は自分が責任をもって見張っておきますので、安心してお休みください」
そう言って、エルンストはぎゃんぎゃんわめくラルスを引きずっていった。
二人の姿が見えなくなって、俺はやっと大きく息をつくことができた。
「はあぁぁぁぁ……」
「お疲れさまでした。今日はゆっくり休んでください」
ヴォルフがいたわるようにそう言ってくれる。
ずっと馬車に揺られるのも結構疲れるし、今日は早めに休もう。
ふらふらと部屋に入り、そこで初めて気が付く。
……そうか、今日はヴォルフと一緒の部屋じゃないんだ。
たいていヴォルフと出かけるときは二人で同じ部屋に泊まることが多かったので、少し変な感じだ。
ごろんとベッドに横になる。疲れているはずなのに、眠気がやってこない。
傍らの体温が、気配が、息遣いが懐かしい。
一人の部屋は、どこか静かで、寂しいような気がしてならなかった。
ヴォルフの部屋に行こうかな、と思い立ったが、すぐに思い直した。
今は二人っきりじゃない、エルンストとラルスがいるんだ。夜にヴォルフの部屋を訪ねるところを見られたら、変な勘繰りをされてしまうだろう。
「…………そっかぁ」
今の俺はメイドで、ヴォルフはご主人様。
そこには、越えられない壁がある。
ただのまやかしの壁だ。
城に帰れば、またいつもみたいに近い距離に戻れるはずだ。
そう頭ではわかっていても、どうしても不安が消し去れない。
もやもやした気分を誤魔化すように、ぎゅっと冷たい毛布を手繰り寄せた。




