110 山の夜のはなし
更新遅くなってすみません……。
そして翌朝、案の定ヴォルフに起こされるまで寝ていた俺は、眠い目を擦りつつここ数日で慣れ親しんだ洞窟を後にしたのだった。
「獣道を歩くからな。気をつけろよ」
「りょうかーい」
俺だってなんだかんだで山育ちだ。
悪路には慣れているはず、だったんだけど……。
「……ねぇ、これどう見ても人が通る道じゃないんだけど」
「当たり前だろ。普通こんなところに人は来ない」
「はぁ……」
獣道っていうか道ですらないアップダウン激しい山の中を、ラグナルはすいすいかき分けて進んでいく。
でも、残念ながら俺は文明社会で暮らしている人間だ。
ちくちく草は刺さるし、ボコボコした木の根でこけそうになるし、もう散々だ。
「クリスは弱っちいなー」
「お前とヴォルフが異常なんだよ!!」
野生生活を続けていたラグナルはともかく、ヴォルフも平気そうにすいすい進んでいく。
前の旅の時からわかってたけど、こいつこういう場面でも器用なんだよな。
お前お貴族様の癖に、なんでこういうサバイバルに長けてるんだよ!……と聞いてみたら、昔叔父さんの城に預けられてた時に、ナイフ一本で雪山に放り出されたことがあったとか。
そりゃあ逞しくならざるを得ないよな……。
「おい、こんなとこでへばるなよ。もうちょっと進めば休める場所があるからそこまで行くぞ」
「背負うのとお姫様抱っことどっちがいいですか?」
「どっちもパス! 自分で歩ける!!」
疲れすぎて道端に座り込んでいたら、ヴォルフにからかうようにそう言われ、俺は慌てて立ち上がる。
背負われるのはなんか情けないし、ラグナルの前でお姫様抱っこなんて完全にアウトだ。俺のなけなしプライドが粉々に砕け散ってしまう。
もうすぐ休めるみたいだし、あと少し頑張ろう。
今はとにかくこの山の中を進んで、そして盗賊退治だ。
気は抜けない。奴らの活動範囲に入れば、また前みたいに罠が仕掛けられてる可能性もある。
ずんずん進んでいくラグナルの背中を見ながら、俺はぐっと気を引き締めた。
「……今日はこの辺で休むか」
ラグナルの住処から街道に戻るまでは、やっぱり一日では済まなかった。
もしかしたら、俺がいなければこの野生人二人はもっと早く進めただろうけど……なんて考えても仕方ない。
ラグナルの住処の洞窟のような手ごろな場所はなかったので、少し開けた場所に火を焚いてそこで野宿だ。
こういうのには慣れてるから着々と準備を進める俺とヴォルフに、ラグナルは少し驚いたような顔をしていた。
「へぇ、二人とも城で暮らしてるっていう割には手際良いな」
「何年か前に……こうやって旅をしてたことがあるんですよ」
「二人で?」
「ううん。たまに増えたり減ったりしてたけど、だいたいは四人くらいで」
どうせこんな夜にはやることはない。
軽く食事を済ませ、俺はラグナルに昔の話をしてやることにした。
テオっていう、常識はずれの勇者がいること。
リルカっていう、可愛くて努力家で強くて可愛い女の子がいること。
大きな大聖堂のある街、砂漠の遺跡、魔法使いの大学、雪山の孤城……色々な場所に行ったこと。
ラグナルはそんな話が珍しいのか、目を丸くして聞いていた。
「……すっげぇな。そのテオってやつ」
「意外とラグナルとは気が合うかも。二人ともアレだし」
「確かに、アレですね」
「アレってなんだよ……でもそのリルカっていう子には会ってみたい。名前からして可愛いし」
「お前にリルカはやらんからな!!」
急に目を輝かせて乗り気になったラグナルに俺は慌てて牽制しておいた。
リルカだって、その……いつかは好きな相手ができるかもしれない。ていうか俺が知らないだけでもういるのかもしれない。あんまり考えたくはないけど……。
でも、もしラグナルを選んだなら俺は冷静に再考を促すだろう。
ラグナルはいい奴だが、それとこれとは別の問題だ。
「そっか、二人はいろんなとこに行ってたんだな……。俺なんて故郷の村の周辺とこの辺しか知らないからさ。想像もつかない」
ぼけっと空の星を眺めながら、ラグナルがぽつりとそう呟く。
「……俺も、そうだったよ。俺の故郷ってすっごい田舎でさ。旅に出るまで外の世界に何があるかなんて、全然知らなかった」
それでも思い切って故郷を飛び出して、色々なところに行って、ちょっとやばいことまで知ることになって、亡くしたものいろいろもあるけど……全体的にいうと後悔はない。
だって、ずっと村でくすぶってたら、みんなや……ヴォルフと出会うこともなかっただろうし。
なんとなくそういう気分になって隣に座ってたヴォルフに寄りかかると、ヴォルフは小さく笑った。
「珍しく素直ですね。そんなに疲れたんですか」
「そうだな。お前に俺のクッションになる権利をやる」
「それは光栄だ」
許可は得たので遠慮なくぐいぐいもたれかかると、ラグナルが白い目で俺たちの方を見ていることに気がついた。
「ちょっといい話っぽかったのに……独り身の俺の前でべたべたすんなよ」
「クッションになる権利は渡しませんよ」
「いらねぇよ!!」
不貞腐れたラグナルが最初に見張りをやると申し出てくれたので、俺とヴォルフはありがたく休むことにした。
「ほら、もっと抱き着いてもいいんですよ。僕はあなたのクッションなので」
「……クッションはそんな風にさわさわしない」
「手が生えたクッションだと思ってください」
「気持ち悪いって!」
たぶんヴォルフは、これからのことを考えてる俺の緊張を解きほぐそうとしてくれているんだろう。
俺もそうわかってたから、多少撫でまわされるのは許容することにした。
「……早く、帰りたいね」
「…………そうですね」
「大丈夫だよ。ヨエルやアストリッドなら何か策を考えてるだろうし、なんとかなるって」
よしよしとヴォルフの頭を撫でて、ラグナルにばれないようにそっとおやすみのキスをする。
……本当は、不安なのはヴォルフの方なのかもしれない。俺よりもずっと、重いものを背負ってるんだから。
だったら、俺がしっかりしないとな。これでも一応年上なんだし。
二人のように体力もないし、戦える気もしないけど……きっと俺にも、俺にこそできることもあるはずだから。




