109 重いのはお互い様
ちょっと間が空いたので前回までのあらすじ
盗賊退治にやって来たクリスとヴォルフは敵の罠にはまり、二人仲良く崖から転落してやばい状況に。
満身創痍の所を親切な青年ラグナルに助けられるが、なんとラグナルは人狼だったのだ!
暴走したラグナルに危うく殺されかかるが、クリスはなんとかラグナルの鎮静化に成功する。
ラグナルを利用したいヴォルフは、自分たちの事情を話す代わりにラグナルから協力の約束を取り付けたのだった。
ヴォルフはぽつぽつと話し始めた。
自分がヴァイセンベルク家の庶子であること。
母親が吸血鬼だったということ。
盗賊退治にやって来て、不意を突かれてここに落ちたことも。
えっ、そこまで言っていいの!?……と俺は驚いたが、ラグナルの方はじっと黙ってヴォルフの話を聞いている。
だが、俺のことはヴォルフの侍女、と簡単な紹介しかされなかった。
もちろん、俺たちが出会った経緯とかそういったもろもろのことも、普通に省略された。
まぁ、元々男で今は聖女とか呼ばれてます!……なんて言われても、ラグナルも困るだろうけどさ……。
「盗賊、か……」
盗賊退治にやって来た、というヴォルフの言葉に、ラグナルはじっと目をつぶって、ぽつりとそう呟いた。
……そういえば、ラグナルの村も盗賊に襲われて、お母さんは――
「胸糞悪い話だぜ」
侮蔑したようなラグナルの言葉に、俺はぎゅっと拳を握り締め、ヴォルフも同意するように頷いた。
「だからこそ、早く片づけたい」
「……なるほど、それで俺に協力しろと」
「端的にいうとそうです。君がいれば、ことがうまく運ぶ」
「買いかぶりすぎだ」
ラグナルは自嘲するように笑ったが、ヴォルフは首を横に振る。
「僕は……兵を率いるのには向いてない。君のように一人で暴れるような奴と少数での行動の方がやりやすい」
「へぇ、貴族のお坊ちゃんなのに?」
「そういうものなんですよ」
「ふーん……」
ラグナルはふむふむと頷いているが、俺は慌てた。
「まさか……俺たちだけでまた盗賊退治に行くつもりなのか!?」
「あなたは安全なところで待っててください」
「そうじゃなくて!」
俺のことはどうでもいいんだよ!
いや……よくはないんだけど、そうじゃなくて!
「いったん城に戻った方が……」
「おそらく、あの襲撃でグスタヴ・ヘンゼルトは死んでいる」
ヴォルフが冷たく告げた言葉に、俺は何も言えなかった。
俺だって……うすうすはそうじゃないかって思ってた。
まだわからないけど、グスタヴが既に死んでいる可能性は高いだろう。
「そんな状況で僕がのこのこ城に戻れば、何を言われるかわかったものじゃない。濡れ衣を着せられて厄介なことになる可能性もある」
「じゃあ……」
「盗賊の頭の首を手土産に帰還するんですよ。そうなれば向こうも、そうそう文句は言えないでしょう」
無謀だろ!……と言いたかったけど、ヴォルフは真剣だったので俺は何も言えなかった。
すぐに熱くなる馬鹿な俺と違って、ヴォルフは冷静だし頭もいい。
ここに落ちた時とは違い、きっと、勝算があるんだと信じたい。
「俺も行くからな」
「え? あなたは待っててください」
「行くから! 置いてってもこっそりついてくからな!!」
ヴォルフが行くなら、俺が行かないなんて選択肢はない。
強くそう宣言すると、ラグナルは呆れたように笑う。
「クリスって……ほんと馬鹿だよな」
「あぁ!?」
そうだよ! 俺は馬鹿だよ!!
でも他人にそう言われるとむかつくんだよ!!
ぶすっと膨れていると、ヴォルフが苦笑しながら宥めてきた。
「褒めてるんですよ、勇気があるって」
「そうは聞こえないけど……」
まぁ……別にいいよ、馬鹿でも。
大事な人が危険なところに行くのに、一緒に行こうとするのを馬鹿だというのなら、俺は喜んで馬鹿になろう。
ラグナルはそんな俺たちをじっと見ていたかと思うと、何かを決心したかのように立ち上がった。
「いいぜ、出発は明日だ。一緒に行ってやるよ」
なんだかんだでラグナルもやる気になったみたいだ。
こいつも何年も野生の獣と戦ってるような奴だし、人狼モードじゃない時でもきっとそれなりに強いんだろう。
そうと決まれば、今日はゆっくり休まないとな。
◇◇◇
「なぁ、クリス」
「んー?」
翌朝になって、俺とラグナルは荷物の整理中。
ヴォルフは外を見に行って不在。
そんな中、ラグナルがぽつりと話しかけてきた。
「クリスは、ヴォルフの恋人なんだよな」
なんだ、真剣な話かと思ったら恋バナか。
そういうのに縁がなさそうなラグナルでも、やっぱり気になるものなんだろうか。
正直男と恋バナなんかしても面白くもなんともないんだけど、聞かれたからには答えてやるか。
「まぁ、一応そういうことになるかな……」
「あいつ、吸血鬼だぞ。なんで吸血鬼と付き合ってんだ?」
思わず、荷物を整理する手が止まってしまった。
……そう言われると、困るんだよな。
「別に吸血鬼と付き合ってるつもりはない。ヴォルフだから好きなだけ」
「同じだろ」
「違うんだよ。吸血鬼なのは結果論というか……」
その違いを説明したけど、ラグナルはよくわかってなさそうな顔をしていた。
人のことバカバカ言うくせに、こいつも結構なバカだな。たぶん。
「怖くないのか?」
「えっ?」
「俺が言えたことじゃないけど……吸血鬼って、危険だろ。いつか、あいつの気が変わった時に殺されるとか思わないのか?]
……そういうことも、考えないわけじゃない。
ヴォルフに殺されるかもしれないって思ったことだって、ないわけじゃないんだ。
あいつが本気を出せば、それこそ俺なんて一瞬で殺されるだろう。
でも……
「それでも、一緒にいたいから。あいつが必要なら、俺の血でも肉でも命でもあげる覚悟はできてる」
ヴォルフがいなかったら、俺はとっくに死んでただろう。それこそ何回も、何十回も。
あいつがわざわざ俺と一緒にいてくれたからこそ、俺はここまで生きてこれたんだ。
だから……あいつが望むなら、俺に捧げられるものなら何でも捧げるつもりはある。
そう言うと、ラグナルは微妙な顔をしていた。
「……重い。重すぎる」
「はぁ?」
「ヴォルフもだけど、クリスも大概だよな」
「なんだよそれ……」
若干引き気味な反応のラグナルに、俺はちょっと恥ずかしくなった。
うぅ、こいつに真剣に話すんじゃなかった……。
「じ、じゃあ……お前はそういう奴はいないのかよ!」
「……いると思うか? こんな山の中で」
「それは……いるじゃん。ほら、フクロウとか!」
「クリス、いくら人狼でもフクロウに欲情はしない。せめて野犬とかにしろよ」
そんなのわかってるよ。フクロウにだって相手を選ぶ権利はある。
まったく冗談の通じない奴だ。
「でも……羨ましいかもな」
「何が?」
「お前とヴォルフ。なんかこんなところに二人落ちてもさ、なんだかんだで楽しそうで」
「別に楽しくないけど……」
それどころか毎日生死を彷徨うサバイバルだ。俺としては一刻も早く帰りたい。
でも、一人じゃなくて、ヴォルフが一緒にいたから俺は挫けずにいられたんだと思う。
「……大切にしろよ」
「えっ?」
「わかってますよ」
「えぇっ!?」
いきなり洞窟の入り口から声がして、驚いて振り返るとそこにはヴォルフがいた。
いたんなら声掛けろよ!
「クリスさん、明日は寝坊できないので、早めに寝てください」
「わかってるって!」
「あれ、クリスの方がヴォルフの使用人なんじゃなかったか?」
「べ、別にいいだろ!! もう寝る!!」
荷物整理もそこそこにして寝床に入ると、ヴォルフとラグナルはそんな俺を見て笑っていた。
ふん、明日寝坊しても、それこそ起こしてやらないからな!!




