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107 だって好きなんだもん

 腹ごしらえをしたら色々考えようと思ってたけど、気がついたら俺は寝ていた。

 だって、昨日は色々あって疲れてたし、夜になったらいきなりラグナルが人狼になってて逃げたり戦ったり疲れたし、その後は明け方までろくに眠れなかったんだ。

 まぁ、眠くなるもの当然だよな。


「おはよ~」

「もう夕方ですよ」

「え、そんなに?」


 目を擦って起きだすと、ヴォルフが俺の方を見て苦笑した。

 いかん、うっかり変な時間に寝てしまったみたいだ。

 これじゃあ夜眠れなくなるかもしれない。

 ここは城と違って退屈を紛らわすような道具もないし、夜中に起きててもやることなくて暇そうなんだよな。


「ラグナルは?」

「森へ行ってます。狩りだとかなんとか」

「そっかぁ」


 まだちょっとだるくて、ナイフの手入れをしていたヴォルフの肩に寄りかかる。

 文句を言われるかと思ったけど、意外とヴォルフは何も言わなかった。


「……これから、どうする?」

「とりあえず、ある程度動けるようになったらヨエルたちの所に戻らないと」


 なんだ。ヴォルフはちゃんと今後のことも考えてたみたいだ。

 ……当たり前か。


「ラグナルはこの辺りに詳しいようなので、おそらく彼に聞けば上に戻る道もわかるんじゃないかと」

「そうだね」


 今のヴォルフは、最初にここに落ちた時に比べると随分とよくなってるみたいだ。

 その回復ぶりに安心するとともに、少しだけ不安になる。


「……ヨエルたち、大丈夫かな」


 ちゃんと撤退できたと思いたい。

 でも、もしかしたら……。

 そんな不安が、どうしても拭い去れないんだ。


「大丈夫ですよ」


 意外と、ヴォルフは淡々とそう言った。

 こいつ、皆のことが心配じゃないのか……と、ちょっとむっとしたけど、ヴォルフは平然と続ける。


「ヴァイセンベルクの兵は日夜鍛錬を欠かしません。あの状況なら、問題なく撤退できているかと」

「それ、信じてもいい?」

「いいですよ。僕は間違いなくそう思ってますから」


 俺を元気づけようと適当なことを言ってるわけじゃなくて、ヴォルフは心からそう思っているみたいだった。

 それを聞いて、ちょっとだけ安心する。


「じゃあ、ヘンゼルト家の兵士たちは……」

「かなり厳しい状況だと思います。事実、ラグナルはいくつもの死体を見たと言ってましたし」

「っ……、そっか」


 ヴォルフがそう言うなら、そうなのかもしれない。

 俺は……彼らを助けられなかった。

 自分がそこまでできた人間だとは思ってないけど、やっぱり多少はショックを受けるし、罪悪感、みたいなのも感じるんだよな。


「クリスさん、まずは自分が生き残ることを一番に考えてください」

「うん、お前もな」

「…………」

「返事、して」


 そう促すと、ヴォルフはどこか困ったように笑う。


「……善処します」

「そうじゃなくて、約束」


 俺だってわかってる。

 貴族は、時には自分を犠牲にしてでも民を……誰かを守らなければならないってこと。

 でも……わがままだって、勝手な考えだってわかってるけど、ヴォルフには、ヴォルフにだけはそうして欲しくないんだ。

 生きて、生き残って、ずっと俺と一緒にいて欲しい。

 ぎゅっとしがみつくと、ヴォルフは研いでいたナイフを置いて、俺の方に手を伸ばしてきた。


「今日は随分と素直ですね」

「お前へのサービスだぞ。ついでに約束してくれたらキスしてあげる」

「約束します。絶対生き残る」

「早っ!」


 なんだその変わりようは、ってちょっと呆れたけど、今はそういうことにしといてやろう。

 ヴォルフは律儀だから、きっと約束は守ってくれる。

 いざって時になっても、いっと俺のことを思い出してくれるはずだ。


「ほら、早くキスしてください」

「お前どんだけ……まぁいいや。目瞑って」


 ヴォルフがしっかりと目を閉じたのを確認して、俺もそっと目をつぶり唇を重ねる。

 ちょっと触れたらすぐに離そうとしたけど、その瞬間がしりと体を掴まれ、逃がさないとでもいうように引き寄せられる。


「ちょっ、ばっ、んん――!」


 ちゅ、ちゅっと何度も口付けを繰り返しながら、だんだんと深くまで押し入られてしまう。

 身を引こうとしたけど、背後は洞窟の壁だった。

 むしろ壁に押し付けられるようにして、思う存分貪られてしまう。


「ゃ、待っ――! これ以上はやばいから!!」


 慌ててヴォルフの顔を押し返し、ばくばくと鳴る鼓動を感じながら俯いた。

 やばい、ほんとにやばい。

 段々と体が熱くなってきて、このまま流されそうになる。

 でも、こんなところで――


「いいじゃないですか。昨日も喜んでたくせに」

「はぁ!? あれはお前が……」

「ほら、クリス。いい子だから」


 優しく耳朶を食まれると、それだけで甘えたような声が上がってしまう。

 もぅ、駄目だって言ってるのに……


「…………おい、それ以上は外に出てやれ」


 その時聞こえてきた冷ややかな声に、俺は反射的にのしかかってくるヴォルフを蹴りあげていた。

 どうやらみぞおちにヒットしたようで、ヴォルフは声もなく崩れ落ちた。

 そしてその背後には、少し不機嫌そうなラグナルが立っていたのだ。


「おっ、おかえり!!」

「……ただいま。邪魔して悪かったな」

「ななな何のこと!!?」

「……いや、いい」


 真っ赤になってどもる俺を哀れに思ったのか、ラグナルはため息をついて洞窟内の道具の整理を始めたようだ。

 ふぅ、そんなに追及されなくてよかった……。

 ここはラグナルの家みたいなものだし、世話になってる人の家で、家主の不在にヒートアップするのはさすがにまずいだろう。

 まったく、ヴォルフも普段冷静なんだから、そのくらい考えてくれればいいのに。


「……戻ったんですか」

「あぁ、あいにくな」


 いつの間にか痛みから復活したヴォルフが起き上がり、ラグナルに声をかけている。


「それはよかった。君と、一度ゆっくり話がしたかったんです」


 俺はその言葉にちょっと驚いたけど、ラグナルは特に驚いた様子はない。

 まるで、ヴォルフのその言葉を予期していたみたいだ。


「いいぜ。でもまずは腹ごしらえだな」


 にっと笑ったラグナルに、俺もヴォルフもちょっと気が抜けつつも頷いた。


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