106 本当は色々考えてるんだよ
朝日が昇り、洞窟内に光が差し込んでくる。
俺とヴォルフは眠ることもできなくて、ただ寄り添ったままラグナルののん気ないびきを聞いていた。
……どのくらい時間が経っただろうか。
ぐーすか寝ていたラグナルが、ごろりと転がって唸り声をあげる。
その途端、俺とヴォルフの間に緊張が走った。
そして、見守る俺たちの前で……ラグナルの瞳が徐々に開かれていく。
「……ん? んん? なんだこれ!!」
……そういえばラグナルの手足を縛ったままにしてたんだ。
ラグナルは今の状況に混乱しているのか、手足を縛られたまま水揚げされた魚のようにぐねぐね動いていた。
「ごめん、今ほどくから!」
「頼む……ってクリス!?」
慌てて立ち上がった俺の姿を見て、ラグナルは驚いたように目を見開く。
そして、寝ぼけたような表情が一気に引き締まった。
「お前、生きて……」
「ちゃんと生きてますよ。クリスさんも、僕も」
「ヴォルフ……」
俺とヴォルフの姿を確認したラグナルは、驚いたように目を丸くしている。
だが、彼はきゅっと表情を引き締めた。
「……とりあえずは、ほどいてくれ」
「念のため聞きますが、暴れませんよね?」
「あぁ、朝が来たならもう大丈夫だ」
朝が来て、満月の光が届かなくなった。
だから……もう人狼にはならないってことなのかな。
念のため俺を下がらせて、ヴォルフがゆっくりとラグナルの戒めを解いていく。
自由になったラグナルは手や足をぶらぶら動かした後、俺たちの方に向き直った。
そして、いつになく真面目な表情で口を開く。
「……なんで、殺さなかった」
「えっ?」
驚いて聞き返すと、ラグナルは鋭い瞳で俺たちを睨んでいたのだ。
その威圧に怯んだ俺を庇うように、ヴォルフはラグナルを睨み返す。
「いきなりずいぶんな言い草ですね」
「ふざけんなよ。お前ら、見たんだろ……? 俺が――」
「人狼に変身して、僕たちに襲い掛かるところを、ですか」
ヴォルフがそう言った途端、ラグナルが怯えたように息をのんだ。
「見たどころか、直接襲われましたからね。僕も、クリスさんも。危うく死ぬところだった」
「だったら、なんで……」
「別に殺さなくても、制圧できれば問題ない。そう判断したまでです」
怒りを露わにするラグナルに対して、ヴォルフはどこか淡々とした口調で対応している。
その態度に、ラグナルは戸惑っているようだった。
「そんなの、おかしいだろ……。人狼は、危険な存在なんだ。それなのに……」
「人狼が、危険だというのなら」
ヴォルフはどこか冷めた瞳でラグナルを見つめたまま、ぽつりと呟く。
「それは、吸血鬼も同じ」
その言葉が聞こえた途端、俺は反射的にヴォルフにしがみついた。
……吸血鬼は、危険な存在なのかもしれない。
でも、俺はお前の傍にいたいんだよ……と、伝わるように。
「君を殺すべきだったというのなら、僕はまず自分自身をどうにかしないといけない」
「お前……」
ヴォルフの背後にいる俺からは、ヴォルフがどんな表情をしているのかはわからない。
だが、ラグナルは驚いたようにヴォルフを凝視している。
……もう、限界だった。
「もういいじゃん! ラグナルもヴォルフも!! 殺すとか殺さないとか、もういいだろ!!」
ヴォルフの背中から飛び出して、二人の間に割って入る。
すると、二人とも驚いたような視線を俺に向けてきた。
でも、自重なんてしてやらないからな!
「ラグナルも元に戻ったんだし、もうそれでいいだろ! みんな無事だし、はい終了!!」
両手をばばんと広げ、そう宣言する。
すると、二人の視線に明らかな呆れが混じったのが分かった。
「……クリス。お前、全然問題の本質わかってないだろ」
「俺は、お前のこともヴォルフのことも危険な存在だとは思ってない」
呆れたような視線を向けてくるラグナルに、はっきりとそう口にする。
……その言葉には、少しだけ嘘が混ざっていた。
俺だって、人狼と吸血鬼が危険な存在だってことはわかっている。
わかりすぎるほどにわかっている。
でも、ラグナルは俺たちを助けてくれた。
ヴォルフはいつも苦労して、皆の為に頑張っている。
多少の危険があったとしても……殺すとか殺さないとかそういう話はしたくないんだ。
少なくとも、今は。
「……こういう人なんですよ、クリスさんは」
ヴォルフが呆れたように、だがどこか嬉しそうにそう口にする。
すると、ラグナルははぁ、と大きくため息をついたのだった。
「なんか……すごい悩んでた俺が馬鹿みたいだろ……」
「実際馬鹿なんじゃない?」
「お前に言われたくないな」
「なんだよそれ!!」
俺は馬鹿だけど!
……あえて馬鹿っぽく振舞ってる時もあるんだからな。まぁ、口には出さないけどさ。
でも、今はそれで正解だったみたいだ。
今にも死にそうだったラグナルの表情も、だいぶやわらかくなってきているようだ。
「ほら、昨日は色々あってちょっと疲れたし……ゆっくりごはんでも食べようよ」
とりあえずラグナルは元に戻ったけど、まだまだ問題は残ってるんだ。
次の満月の夜には、きっとまたあの人狼の姿に変貌してしまうんだろう。
それに、俺とヴォルフも早くヴァイセンベルク家の皆の元に帰らなければならない。
俺たちが討伐する予定だった盗賊は……どうなったんだろう。
問題は山積み。
考えなければならないことはたくさんある。
でも、今は……
とりあえずの腹ごしらえだな!




