背に腹は代えられない⑨
コマは次々と“指示”を出していくイリキを呆然と凝視していた。
一瞬も、目をそらすことが出来ない。
イリキが出した“指示”は、次々に連携して弾けていく。
蔦もどきがひとつの音に気をとられているうちに、いくつもの攻撃的な音が直撃し、その余波で生まれた音がそのまま別の蔦もどきを取り囲む音に変わって起爆する。
息をつく暇もない。
いったん引こうとする動きさえ読んでいたのか、下がったことで起爆する“言”がいつの間にか配置についていて、起爆する。
・・・すごい。
これほど綿密な連鎖は、見たことがない。
そしてこれほどの数の“指示”をひとりの“口”が生み出していくのをみるのも、初めてだった。
いつもは穏やかな海のように凪いだ青い瞳が、今は凍った湖のような冴え冴えとした色を浮かべ、次々に“指示”と“言”を発していく。
黒い蔦もどきは、その身を削り落とされるように少しずつ小さくなっていく。
その一部始終を視界に捕らえながら、視線はイリキだけに固定され、なにひとつ見逃すまいと、瞬きさえ出来ない。
左目が熱い。
・・・ああ、やっぱり。
自分の中にあった予想が確信に、確信が更なる予感へと変わっていくのを感じて、コマはそっと目に触れた。
一瞬も目を離したくない、邪魔をしないで、というように激しく動く瞳をなだめるために、まぶたの上から優しく撫でる。
その反応を確かめて、小さく息をついた。
やっぱり。
イリキは、『きっかけ』になり得る。
そして、多分、それ以上の存在に。
「でもその前に、今やるべきことをやらないと」
小さく言葉に出すと、踊るように揺れ動いていた瞳が、ゆっくりとその動きを止める。
心の中で感謝して、落ち着いた目を改めてイリキに向けると、イリキはどこか楽しげな雰囲気で耳を塞ぎたくなるような連続する爆音を響かせていた。
・・・なんだか、ものすごく活き活きとしているんだけど。
作戦とか、戦術とかそういうのは良く分からないけど、少なくともイリキは蔦もどきの先の動きを予想して、“指示”を出しているのは間違いない。
そうじゃなかったら、ここまで蔦もどきをそぎ落としていくのは無理だとおもうし。
それにしても、やけに楽しそうだ。
絶対ゲームの類とか強いに違いない。イリキとは、ゲームで賭け事をしないようにしよう。
そんなことを考えながら、“ミコト”を探して視線をめぐらせると、イリキが響かせる爆音にまぎれて、奇妙な音が聞こえてきた。
何かがはじけているような?
爆音の中にも関わらず、確かに聞こえるその音がどこから伝わってくるのか、確かめるために耳を澄ませてみた。
音は、イリキとコマの足元から。
それに、木々の悲鳴、土の嘆き。
「イリキっ!!」
とっさにイリキを突き飛ばせたのは、構築中の言で無防備になっていたから。
きれいに突き飛ばされたイリキは、地下から響いてくる音の範囲外だ。
ほっとしたのもつかの間、土を巻き上げながら足元から飛び出してきた、もう蔦もどきとも呼べない状態の黒い物体が、全身に巻きついてくる。
鋭くこちらを振り向いたイリキの顔が、驚愕にこわばるのが視界の隅で見えた。
それも、一瞬で。
コマは黒い物体に覆われた。




