番外編(1000PVお礼):百味袋 ~アイルルクッキーを召し上がれ~ (前)
大変お待たせしました!
(待っててくれた方がいたら嬉しいなという願いを込めつつ)
1000PVのお礼番外編です!
(お礼なのに待たせるとはどういう了見だ?と自分でも思いつつ)
コマとイリキの日常です。時間軸は500PVお礼番外編の数日後です。
※長くなったので、前後に分けました。
一人旅には慣れている、と豪語するコマと行動するようになって数日。
初日こそ保護者の有無や、今後の旅程で揉めはしたが、その後は概ね良好な関係を築いてきた。
イリキは、少しでも早くコマの用事を済ませてセイランへ向かうべく、移動は全て最短ルートで、かつ最速の手段を選んだ。
時には馬車に、時には船に。
移動中は、自分の手帳に書付をしたり、手持ちの本を読んだりするほかは、乗りあった乗客と世間話をするくらいしかやることがない。
そのおかげで、コマとは道中いろいろな話をすることができた。
これまでどんな地域に行った事があるか。
その地域の郷土料理はどのようなものがあるか。
どんな食材が採れ、どんな調理方法が好まれるのか。
・・・・・・いろいろな話というか、その大半が食に関する話題ってどうなんだ。
ほかの話をしていたはずなのに、気がつくと食の話題になっているなんてことはしょっちゅうで、食の話題になるとコマはイリキが感心するほど饒舌になった。
今もコマは隣の席の乗客と、おやつの話題でひとしきり盛りあがっている。
「百味袋のなかじゃ、テッコードー味が俺は一番奥深いと思うね」
「奥深さ、といえば確かに。でも、ミラ味のあの複雑な旨みも捨てがたいんじゃない?」
「それを言ったら、ヤブサ味じゃないか? あ、いや待てよ、複雑な味って意味じゃ、ある意味エリス味に勝てるものはないか」
「あれは反則でしょう!」
イリキは、その様子を隣で興味深く聞いていた。
コマの会話の運び方は、面白い。
自分が話すだけでなく、相手を会話に巻き込んで話をどんどん展開していき、取り留めない会話から共通の好み(食関連)を見つけると、一気にそれを掘り下げていく。
相手も初めは適当に相槌をうっていたのが、いつの間にか身を乗り出すようにして熱弁している。
話し上手というよりも、会話上手なのか。
“口”として話し相手を説得、交渉するための会話運びを学んでいるイリキから見ると、その会話運びは新鮮ですらあった。
コマは結局その乗客が馬車を降りるぎりぎりまで、最近よく見かける菓子の話題で尽きることなく盛り上がり、ついには、味の好みが近く意気投合した乗客から、大袋の菓子をもらって大喜びしていた。
馬車を降りたあとも、コマは上機嫌で菓子を両手で抱えて、幸せそうな顔で歩いている。
「それがさっき話していた百味袋か? どんな菓子なんだ?」
自分ではあまり菓子の類は食べないから、“百味袋”という名前の菓子が売られていることは知っていても、これまで一度も食べたことがない。
あまりに幸せそうなコマの様子をみて、ちょっと興味が沸いてきて尋ねてみただけなのだが、問われたコマは、大きな目をこれでもかというほどに見開いてイリキを凝視してきた。
「えっ!? イリキ、百味袋食べたことないの!?」
信じられない! とくるりと回った大きな目から声が聞こえてきそうな勢いだった。
「一度もない」
記憶をさかのぼってみても、首都・連玉にいたときも、大人も子供も食べているおやつだと聞いただけで、特に進んで食べようとも思わなかったし、菓子の類はもともとあまり食べたいと思わない。
がさっ、と音を立てて、目の前に大袋の菓子を突きつけられる。
袋の中には、手のひらの半分ほどの大きさの四角いクッキーが詰まっていた。
「どれでもいいから、5枚とってみて」
どことなく楽しそうに、がさがさと袋を揺らしながら突きつけてくる勢いに負けて、適当に5枚のクッキーを手に取った。
「このクッキーは“アイルルクッキー”っていうんだ。普通の生地に西の山岳地帯に生えるアイルっていう植物とルルックっていうお酒を混ぜて焼いたものでね、とりあえず、まずは一枚食べてみて」
目を輝かせて勧めてくるコマに押されて、一枚の角を小さく割って口に運ぶ。
ほどよい塩味と香ばしさが口の中に広がる。
ほとんど甘みがなく、噛んだときに少しだけ、塩味を感じるのがいい。
「意外だな。もっと甘い焼き菓子なのかと思っていたのに」
食べた感想をいいつつ、もう少し割って食べていると、コマがその破片をひょい、とつまんで口に入れた。
うん、と小さく頷いてから、今度は別のクッキーを指差す。
「じゃ、次はこっちのクッキーを食べてみて」
指定されたクッキーを先ほどと同じように割って食べてみる。
「うっ!?」
口に広がったのは、強烈な甘さ。蜜を固めたような、高純度の甘さに思わず吐き出しそうになった。
「何だこれ。こっちはひどく甘ったるい」
「これがアイルルクッキーの特徴なんだよ。全く同じ食材をつかって、同じ手順、同じ分量で作っているのに、作る人によって全然違う味になるんだ。面白いでしょう?」
「同じ食材? 同じ分量? ここまで味が全く違うのにそんなことが可能なのか?」
到底信じられないほどに味が違う。
「僕も初めて食べたときはそう思ったけど。アイルとルルック酒をクッキー生地に混ぜるときに、その人の体温とかで味が変わって来るんだって。最近だと、調味料としても使われているらしいよ」
そういって、イリキの手の中から破片を取ると、甘いねぇ、と幸せそうな顔をしながら説明した。
「この“百味袋”には、その名の通り100人が作ったアイルルクッキーが作者リストつきで入ってるんだ」
大袋の中から一枚の紙を取り出してコマは、はい、イリキに渡す。
渡された紙を見ると、番号と名前が一覧リストになっていた。
「クッキーをよーくみるとどこかに番号が振ってあるから、それで作者の名前を確認して、好みの味を探すの。ちなみにイリキが最初に食べたのが25番のルーガス味で、二枚目は21番のリリアント味」
確かに良く見ると、残り三枚のクッキーの端っこに番号が振ってある。
69番、ミラ。
83番、クー。
89番、エリス。
対応表で確認すると、さっきコマと乗客が盛り上がっていた名前も入っていた。




