知ることは
ダンジョンギルドの前。人がかなり行き来する中で、壁にもたれかかって人を待つ。
このゲーム内ではそれなりに目立ったことをしてきたのもあって、近くで同じように壁にもたれかかっている人達とは比べ物にならないほど視線が向けられる。これが現実であれば、気のせいじゃないかとか髪とか服に何か付いていないかとか考えたりするだろうが、あいにくここはゲームの中で、視線を感知するシステムアシストがかかっているので間違えることはない。
一応、通常のプレイに支障が出るようなシステムアシストはプレイヤーが勝手に切ることもできる。ただ、一々街に戻ったら切って、ダンジョンに向かう時にはオンにしてなんてのを繰り返すのは面倒なので、俺は常時オンにしている。これのおかげで魔物の気配というのが感じられるので、ダンジョンなんていういつ魔物と遭遇するかわからない場所では無いと困る。
「お待たせ」
「今日は呼び出して悪かったな」
「別にいい。この間のお礼。それに、どうせこの話はあなたとすることになると思っていた」
いつもとは違い戦闘用の装備ではなく、パーカーに膝丈のスカートという格好のサディがゆっくりと俺の目の前までやってきた。
なぜサディと待ち合わせをしているのかというと、オルムから連絡があって銃の時の礼がしたいと言われたのだ。俺も貴重な体験ができたと断ったのだが、なんでもいいからと言われたのでイクスの話をしたいと言ったら、今日サディと二人で会うことが決まった。
「その服似合ってるな。そんな服あったっけ?」
「オルムが着ていけって。服はクランのメンバーが作ってくれた」
通りでこっちでは見たことのない現実によくありそうな服を着ているわけだ。黒いパーカーに赤いスカート。これでいつもの動きをすれば、スカートがとんでもないことになりそうだなと思いつつ、走り去らないようにというオルムの戒めもあるのかもと考えてしまう。
目的の話をするために近くの喫茶店にでも入ろうと思ったが、俺達もアルブもダンジョン探索を終えた土曜日の夕方。攻略だけでなく第二の世界として楽しんでいるプレイヤーも多くいるORDEALの中でも一番人の多いセントラルのギルド近く。そんな場所の喫茶店が空いているわけもなく、満席状態の店内を見て嫌そうな表情をしたサディを見て場所を変えることにした。
「やっぱり人が多いな」
「ORDEALのプレイ人数を考えれば当たり前。何事もなく受け入れられているのがおかしいけど、すでに40万人ほどはプレイしているから、最初の街で設備が揃っているセントラルが空いているわけもない」
「セントラルを拠点にしているのが約三分の一だっけ。それでもかなりの人数だもんな」
同時接続数はもっと落ちるが、それでも数万人がここにいる可能性がある。自動でチャンネル分けがされているらしいが、それでも一つの街にいる人数としてはかなりのものだ。
VRAS対応のアプリもゲームもORDEALしかないので、コレクション以外で購入した人の全てがORDEALをプレイしているはずということになる。ましてや土曜日の夕方。混雑しないわけがないというのは考えればわかったことだ。
「知り合いの店がやっているみたい。別の町だから移動しないといけないけどいい?」
「ああ、サディが大丈夫ならどこでもいいよ。どうせ町の移動はポートですぐにできるから、あの列に並んで待つよりは断然ましだ」
「じゃあ行く」
こうやって別の町にすぐにいけるのは楽でいい。町を指定して町を結ぶポートを潜り、一瞬の浮遊感と暗転を感じれば景色が移り変わっている。
セントラルからすれば田舎のような町並みだが、ゲーム内だからこその便利機能を考えれば、ここでも十分な生活はできる。はっきり言って拡張さえしてしまえばクランハウスの中でほとんどのことはできるし、あとはダンジョンやフィールドに移動すればいいだけだ。
この町もギルドも突き詰めれば必要ないものだが、実際にものがあった方がわかりやすいこともあるし、メニューウィンドウの操作だけで全てを済ませるのは味気ないから作られているというのもある。現実とは違って田舎だから不便だとか都会だからどうだっていうのはないので、自分の住みたい場所を拠点にすればいいというのは簡単でいい。
セントラルだけは初期プレイヤーが集まる場所でもあるので少し話は変わってくるが。
「別の町は初めて?」
「初めてではないけど、レベル上げついでに依頼でちょっと寄ったり程度だからゆっくり見るのは初めてかな」
「サービス開始直後からダンジョンに潜り続けているだけあるね。私は最初の内はレベル上げで色々回っていたから」
初期装備初期レベルで情報が全くないダンジョンに突撃するのは、はっきり言えばバカだからな。俺と凛花みたいなバカは他にはいないだろう。
しっかりレベル上げをしてある程度整えた上で挑むのが賢い選択だ。俺も凛花以外の奴とだったらそうしていだろう。
サディの隣を歩いていると、お互いそれなりにこのゲーム内では有名なので周りからの視線を感じる。人混みの中ではそれほど気にもならなかったが、比較的人の少ない空いた道だと立ち止まってこちらを見ている人が視界に入ってくる。
サディはあまり気にしていないのか周囲の人達に視線を向けることもなく、黙って歩いている。メインの通りから横に続くそれほど大きくはない道でサディが曲がろうとしたので、それに合わせて曲がったところでサディの足が止まった。
「来たことある?」
「ないよ。この辺りは初めてだな。この町は依頼の報告で寄っただけだから見て回ったりはしてないし」
依頼の報告は大通りの雑貨屋だったから横道とかには全く入っていない。町にいた時間自体が10分もなかったので、ほとんどなにもせずに帰った。
「なにも言ってないのに自然とこっちの道に曲がっていたから」
「人に合わせるのは得意だからな。視線がこっちに向いて足が少しこっち側に斜めに踏み込まれていたから、それに合わせてこっちに来ただけだ」
その少し前にこの道を確認していたのもあるから気がつけたというのもあるけれど。
「普段からそんなこと考えてるの?」
「考えているってわけじゃないけど、そうなるだろうってわかる感じかな。理由を後から考えれば、今みたいな説明になるだけで」
一つ一つ思考を巡らせているのではなく、経験則から感覚的にわかるというのが近いだろう。誰しも無意識にある程度予測していることを、より範囲を広げて細かくしているだけに過ぎない。
「ああ……だから、あなたが選ばれたのか」
「どういうことだ?」
「もうそこだから着いてから話す。焦ったところで変わりはしないことだから」
そういって視線が向けられた先にはカップのシルエットの看板があった。
焦っても仕方がないか。わからないことによるこのモヤモヤ感がなくなる代わりに、知ることによる焦りや戸惑いが出る。できることがあるのならば早く知る方がいいが、そうでないなら急いだところで意味はない。
小さく息を吐き出して、サディの隣に並んであと少しの距離を再び歩き出す。




