感覚は 2
「球技大会でバスケやることになったんだよねー」
「バスケですか。私は運動はあまり得意じゃないので、シュート打っても入る気がしなかったです」
「私は得意かな。とは言っても素人の中ではだけどね。身長が平均よりは高いから結構頼られてたわ」
今は双天連月のメンバーしかいないクランハウスで、お茶を飲みながらゆっくりと寛ぐ。今日の分の探索も終わり、カグヤとソウヤの階層も少し上げたので、後はゆっくりして終わりだろう。明日も学校があるので、ここからもう一度ダンジョンに行くのは体力的にきつい。
「そういや、ツキヤ。今日調子悪そうだったけど大丈夫?」
「私も思いました。いつもより攻撃に参加しないなと思って」
バスケの話で盛り上がっていたところから急にこっちに話が飛んできた。多分凛花はさっきまでのダンジョン攻略のことだけでなく、体育の授業中のことも言っているのであろう。
シュートは決めていたが、ドリブルで切り込んだのはほぼゼロ。ディフェンスでもあっさりと抜かれる場面が何度かあったので、凛花や貝塚なら気になっていてもおかしくはない。
「別に調子が悪いってわけではないよ。ちょっと困ってはいるけど」
「もしかしてVRズレ?」
「VRズレって、ORDEALを開始してすぐの人がなりやすい現実の感覚とゲーム内の感覚のズレから起こる不具合ですよね? ツキヤさんがなるには時間が経ち過ぎているような……」
だが多分VRズレが原因なんだよな。
VRズレは、ORDEAL内での体の動かし方とシステムアシストの影響により、現実で体を動かす時の感覚がズレることで起こる。今のところ、多く報告されているのが、段差で躓いたり電車やバスの揺れでいつもよりふらつくという症状だ。
それも意識していれば基本的には問題はない。力の細かな強弱の差で起こることなので、意識せずに段差を通り過ぎようとした時に足が引っかかったりする程度なので、足もとを見ていれば容易に回避できる。
「ツキヤの場合、スポーツや戦闘中は感覚的な部分に頼って動くことが多いからね。そこのズレが影響してくるのはあり得るよ。特に、長い間ORDEALに浸かりきって、久しぶりに現実でやる気を出したならね」
「そういえば、球技大会の練習も兼ねて体育のバスケでチーム組んでたんでしたね。今まで適当にやってたから気づかなかったズレに、集中したことで気づいてしまったということですか」
「ほー。ということは、今までの体育の授業はサボってたってことか」
「いや、サボってたわけじゃないですよ。今までは試合形式が少なかったから、普通にやってただけで」
普通にプレイすることだってできるから。ただ、感覚に頼った方が、考えてやるよりも上手くできるからここぞという時は感覚に頼るだけで。
さすがにずっと感覚に頼っていると、集中力だったり体力に問題がでるから、試合中だってずっと感覚に頼りきっているわけではない。
「まあ、そんな感じで動きに迷いが出てるってとこだな。少しすれば問題はなくなるから大丈夫だけど」
「現実で感覚に頼ることがなくなればね」
「そういうこと」
球技大会さえ終われば、普段の体育の授業でそんなに本気でやることなんてないだろう。別に授業中の試合で勝ち負けにそこまで拘らなくても、まじめにやっていれば体育の成績は良い成績をつけてもらえるし。
「でも、そうなると現実でスポーツを真剣にやることができなくなっていきそうな気がするんですが」
「そうよね。どんどんシステムアシストの影響力が強まっていけば、現実との差は広がっていくわ」
「システムアシストの擬似上限は破れる。それはサディが見せてくれた」
このまま諦めてORDEALを続ければ、現実を捨てることになるってか。スポーツなんて社会人になれば趣味でやるかどうかってところだが、やりたくてもできないというのとやらなくていいからやらないというのは違うもんな。そこまで本気でやらなければいいのだが、あいにくと負けず嫌いな性質を持っているので、やりたくてやっていることで元から負けを認めるのは俺としてはきついところではある。
現実を捨てる。
そういえば、どこかで聞いたような……なにかこう重大な出来事があった時に。
「……イクスか」
「イクス?」
「ああ、いや。なんでもないよ。ちょっと思い出していただけ」
あの化け物が言っていたんだったな。サディは現実を捨てたと。
もしかしたら、サディも俺と同じような悩みに陥ったのかもしれない。ORDEAL内での速さを追い求めた結果、現実との感覚に差が出てしまい、現実で速く動くということを諦めた。例えば走る時に、本気で踏み込めなくなったりとか。
「そうですか。まあ、両方に慣れるしかないですね。上手く切り替えられるように」
切り替える。それができれば楽なんだろう。凛花は今のところ問題がなさそうなので、切り替えるか上手く対応しているはずだ。
対応することは不可能ではない。感覚に頼るとしても、限界点をしっかりと体に叩き込んで深く潜る時に差をつければいい。
「ああ、そういうことだったのかもね。私じゃダメな理由は」
小さく聞こえてきた凛花の声。凛花じゃダメな理由?そういえば、原初になる素質は俺の方が上だとイクスは言っていた。
あの時は万能性と応用力による特化性のなさが原因かと思っていたが、そうではないのかもしれない。
現実とVRでの感覚のズレ。何を求められているのかは知らないが、この世界の感覚を現実に持ち出せということなのか?
それならば、ズレを他でカバーすることで対応してしまえる凛花では、ズレをそのまま無くなるように現実の体を引き上げることはできない。
だが、ORDEALでの感覚の限界を現実で再現すれば、それは肉体の本当の限界点に到達、もしくは超越することになる。その先に待ち受けているのは、美でも名声でも栄誉でもなく、死か破滅だ。
じゃあ、何を望んでいる?もしかして本当に死ねとでも言っているのだろうか。まあ、そんなことはないだろうが。俺一人が死んだことで世界が何か変わるなんてこともないだろう。あったとして、VR技術に制限が加わる程度のもので、それが何の得になるのか。
ほんの少し手がかりになるかもしれないものが見つかった程度で答えが出るほど、この謎は甘くないってことか。
単純に何もせずに諦めるよりかは、少しくらい現実でも頑張ってみるか。




