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新規は

 自分以外誰もいない空間。小さく吐き出した息でさえ大きく聞こえる。時計を見なければ、時間の経過さえわからないほどの静けさの中で、ソファーに寝転んで天井を見上げる。

 VR空間だからこそできる外部からの音の完全遮断。クランハウスの外へと一歩出れば。いや、窓やドアの一つでも開ければ、一気にうるさくなるだろう。


 外は賑わっている。第三陣の新規プレイヤーが後10分すればログイン可能になる。今日は祝日なので、ORDEALを新しく買った新規プレイヤーならばログイン可能になればすぐにインしてくるだろう。祝日でなくとも休みを取ってインするか。ゲーム一つに50万以上かける人間だもんな。仕事があったとしても有給を取っているか、仮病を使ってでもインするだろう。

 そんな新規プレイヤーを勧誘するべくそれなりのクランやパーティーは動いている。その様子を見ようと集まった野次馬も合わせれば、この始まりの街にはかなりプレイヤーが集まり、騒ぎになっているはずだ。


 ピョンピョンと仮想モニターを操作してORDEALのストリーミング配信している人の配信を開けば、普段の数倍のプレイヤーが広場に待機しているのが映されていた。

 俺はここでゆっくりしてよう。様子なんかはトライ達が知り合いと合流するために広場にいっているので、明日にでも聞けばいい。用事もないのに人混みに入りにいくほど人混みは好きではないので、今日は休息日で決定だ。


 静けさに包まれ、溶け込むように意識が薄れていく。昨日はそんなに遅くまで起きていなかったがら疲れが溜まっていたのだろうか。それとも、単純に暇で静かだから眠くなっただけなのだろうか。

 意識が完全に落ちる直前。思考がぼやけて何を考えているのかもわからなくなったところで、視界にメッセージの通知が表示されて目がさめる。


「あー……もう10時か」


 ログインしたのは9時前だったので、一時間以上ダラダラとしていたことになる。メッセージの差出人は貝塚。昨日連絡すると言っていたのを忘れて寝そうになってしまっていた。

 悪い貝塚。起きた時は覚えていたんだが、ダラダラとしているうちに、記憶まで溶けてしまっていたようだ。


「これどこだ? ああ、広場の奥の方か」


 メッセージに書かれていたURLにアクセスすると、ORDEALのストリーミング配信が行われていた。配信で映っている場所に行ってほしいとメッセージに書かれていたが、あんな場所に何があるというのやら。

 人の多い場所に行くのは面倒だが、クランハウスからなら五分もかからないから手間というほどでもない。何があるかは知らないが、貝塚のことだから悪いことが待っているなんてのはないだろう。気分転換がてら暇つぶしに行くか。


「五分くらいで着く。っと」


 返信してクランハウスを出る。人が多い道は避けて行った方がいいだろうか。

 いや、さすがにそこまで混んでいるわけではないから大丈夫か。まっすぐ突っ切ろう。俺一人の時はほとんど声をかけられたりすることもないから問題ないだろう。やっぱり凛花が人気なんだよな。あいつと一緒にいると見られたり声をかけられたりする率が途端に高くなる。


 広場に近づいていくとどんどん野次馬らしきプレイヤーは増えていく。パッと見た感じでは知っているプレイヤーはいない。知り合い自体が少ないのもあって、こういう場で見つけられるとは思えないが、この間の銃の時みたいに気がつけばオルムが後ろにいたなんてこともあり得るので、一応誰かいないか探しながら歩く。


 視線が痛い。見られるだけならまだいいが、俺を見てざわつくのはやめてほしい。何かやらかしているのかと心配になる。

 広場に到着すると、俺の目的地がここだとは思っていなかったのか、周囲のプレイヤーが驚いた表情を浮かべている。双天連月が五人でパーティーを組んでから勧誘をしたことは一度もない。メンバーの募集はしたが、それも結局プラバスタと同盟を組んだことでメンバーの追加はなくなった。

 他の大手クランは勧誘に来たりしているが、基本的に主力メンバーが直接来たりはしない。控えメンバーだったり事務や生産系のプレイヤーが来ている中で、名前だけはトップレベルで有名なクランのクランリーダーが直接きたということでざわついているのだろう。


 だが安心してくれ。ここで勧誘するつもりなんてない。だから、俺に声をかけようとはせず、自分の目的を果たすことに集中してくれればいい。

 前からいるプレイヤーだと、俺達が望む形で双天連月に入ってくれるプレイヤーはいないだろう。新規プレイヤーなら融通が利くかもしれないが、使えるかわからない新人を育てる余裕があるわけではないので、この場で勧誘なんてしない。

 上手い具合に、使える奴がころっと転がり込んで来てくれないものか。



 広場からNPCの住宅地側に続く道。その手前が中継で映っていた場所だったが、すでにそこにストリーマーらしきプレイヤーも人だかりもなかった。

 ここで何をすればいいのか。立ち止まってメッセージを開くが、貝塚からの追加のメッセージは届いていない。

 どうしたものか。帰るにしても、すぐに帰っていいのかもわからない。すでにここにいないストリーマーのように、貝塚がURLを送ってきたタイミングと、俺が配信を見たタイミングで違う場所が映っていたのなら、ここで待っていても何も起きない。

 連絡した方がいいのかな。空白の新規メッセージのウインドウを目の前に表示しながら空を見上げる。


「ねえ、お兄さん。今暇?」

「いや、ちょっと考え事を──って、え?」


 後ろから女性の声で話しかけられたので、とっさに断ってしまったが、ORDEAL内で俺に対してこんな声のかけ方をしてくるプレイヤーがいるだろうか。

 それに聞いたことのあるセリフ。現実で逆ナンなんてされたことはないし、怪しい商売の奴に声をかけられたこともない。

 パッと振り向いて声の主を見ると、赤い髪の明るそうな女性がこちらを覗き込んでいた。

 見たことない。いや、ちょっとどこかでみたことがあるような……


「先生若作りしすぎじゃないですか?」

「はあ? まだ20代前半だから問題ないだろうが!」


 20代前半っていっても、あと数ヶ月で25歳になるんだよな。

 学校にいる時の表面だけはピシッとした姿とは違い、今の月野先生は自然体な雰囲気だ。

 あの最初のセリフ。あれは初めて月野先生とゲームで会った時に、俺達をパーティーに誘おうと声をかけてきた時のセリフだ。先生の姿を見て思い出したが、そういや断ろうとした俺のセリフも同じだったな。


「第三陣ですか。先生にしては遅かったですね」

「毎回毎回即完売だったからな。オークションのは高すぎて手が出せないし」


 まあ、それは仕方ない。50万でも高いのに、さらにそこから安い時でも数倍の値段がついていたからな。


「今回もプレイヤーネームは一緒だから」

「ああ、カグヤね。久しぶりですね、一緒にゲームするの」

「そうだな。ツキヤが冬休みが終わった途端にログインしなくなって以来だからな」

「うっ……」


 去年の年末にやっていたのはAR端末を用いたMMOだったのだが、AR系のゲームはやっぱり合わない。

 AR系のゲームでも、現実世界拡張型と呼ばれるタイプと仮想世界接続型と呼ばれるタイプのゲームがある。一緒にやっていたのは仮想世界接続型なのでまだマシだったが、操作がAR端末を用いたものなので、家の中でもできるとはいえ3メートル程度の空間が必要になる。操作も体の動作や音声による認識なので、家の中とはいえ家族がいる中だったり、夜中にはやりにくいし、何より終わった後の虚しさが半端じゃない。

 なぜ、旧式のキーボードとマウス式のPCゲームが廃れたのか。


「悪い。遅くなったね」


 やってきたのは金髪の男キャラ。黒髪に赤い目という怖そうな見た目の俺のキャラとは違い、明るく優しそうな雰囲気のキャラなので、一緒にいると正反対といった感じだろうか。


「キャラメイクが遅い」

「先生が時間かけていたからチュートリアル見てたんですよ。それなのに声もかけずに先に行くから」


 先生の知り合いか。いや、カグヤが先生だと知っているのはほとんどいない。俺と凛花が知ったのも偶然だったし、カグヤが自分からプライベートの話をゲーム内ですることはほぼないだろう。オフであって仲良くなった人がいるとも聞いていないので、そうなると目の前のプレイヤーは絞られる。


「貝塚か?」

「そうだよ。バイトしてお金を貯めてたんだけど、だいぶ遅くなっちゃったね。プレイヤーネームはソウヤだよ」

「よろしく、ソウヤ」


 凛花も含めて四人で同じゲームをするなんて久しぶりだな。四人中三人が学生で、一人は先生。時間を合わせるのも難しいし、逆に長期休暇でやり込めばその分学校が始まると主に俺のやる気がなくなる。

 去年の秋あたりから貝塚の付き合いも悪くなったのもあったが、それはORDEALのためにバイトをしていたからだったのか。一年。買ったタイミングを考えれば九ヶ月くらいだろうか。それで50万を貯めたんだから、一緒にゲームをしてられるほどの余裕はないか。


「空いてるなら、俺達も双天連月に入りたいんだけれどいいかな?」

「ああ。二人なら歓迎するさ」

「よーし! ならさっさくレベ上げからやるぞ!」

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