30層は
「それじゃ、最終確認でもしておこうか」
30層へのポートの前。今まで通り、宣言時刻よりも少し早めにきてポート前で休憩を挟んで時間調整を行う。
ゲームの中だと便利なもので、ボス戦の前だというのにくつろぐためのアイテムも、再確認するための資料もどれだけ持ってこようがインベントリに入るのであれば邪魔にならない。テントの中にソファーを出して作戦会議なんて、最前線でやるようなことではないが、それができるのがゲームの利点だ。
これまた野営には似合わない大きくてファンシーな机の上に立体映像を表示して動きの確認を行う。AR技術でも不可能な瞬間的に直感的なイメージを反映させることができるのも、VRというイメージを枠組みに沿わせつつ自由化させた一つの世界だからこそと言ったところか。
VRという枠組みに新たな世界を創り出そうという者が、ORDEAL以外に未だ声すらあげていないのは、そのイメージと強制力のバランスを見極めつつ世界を創り上げることの難しさと、先駆者たるORDEALの完成度が壁となっているのだろう。
VR端末と現状のORDEALの技術さえ解析すれば、新たな世界を創り出すのは不可能ではない。だが、世界による強制力を強め過ぎれば、それはVRである必要がなくなったただのゲームに過ぎない。逆に世界による強制力を弱くし過ぎれば、そこはゲームという名が付いただけの無法地帯となるだけだ。
プレイヤー個人によるイメージの差を抑えつつ、されどイメージによる動作に不自然さを感じさせない。VRAS本体の技術力が馬鹿げているとはいえ、端末の力だけで世界に最適化させるのは無理だろう。
「ツキヤさん? 大丈夫ですか?」
はっ、と思考を投げ捨てて目に映る光景に意識を向ければ、俺の顔を覗き込んで心配そうな表情を浮かべるナナカがいた。
机の上の映像を見ると、すでに戦闘は中盤を過ぎようとしていて、どうでもいいことにかなり長い間集中していたようだ。
「悪い悪い。ちょっと考え事をしていただけだ」
「それならいいんですが。ツキヤさんはこのタイミングからはガンガン攻めてもらって大丈夫です。私のヒールと各自のポーションで回復には余裕が出るはずなので、押し切りにかかってください」
「はいよ。死なないようにだけ気をつけるよ」
「はい。死なれたらそのまま放置して撃破を優先させます」
楽しそうにそう切り返すナナカに言うようになったなと驚きの視線を送ると、可愛らしく微笑んで誤魔化された。
悩みが一つ解消して吹っ切れたのか、その後もナナカが中心となって作戦のすり合わせを行なっていく。
ヒーラー専念型として、ミスは許されない立ち回りが要求されるナナカだが、ヒーラーに専念できる分仲間の状況を把握できる。そのナナカが戦況に合わせて指示を送るのが一番効率が良いので、こうやって中心となって行動してくれるのは助かる。
俺達の場合はタンクが一人なので落ち着く余裕がない。アルブのようにタンクが二人で余裕があれば、タンクのオルムに指揮を任せて、ヒーラーのミディスが攻撃にも参加することはできる。パーティーによって立ち回りは変わるが、俺達には今のところこの分担があっているだろう。
「それでは、今回もサクッと突破しましょう!」
「こんなところで躓いてはいられないもんね」
「勝ってゆっくり打ち上げする」
「ふふ。ミスらないように頑張るわ」
全員が俺の方を見て言うので、小さく息を吐き出して気持ちを切り替えて立ち上がる。
「じゃあ、行こうか」
肌を焼くかのように降り注ぐ日差しが、体力を奪っていく。ミナトの用意してくれた体感温度を下げるアイテムを使用していても暑く感じる中で、リィブルトはフィールドを駆け回る。
「アクアブラスト!」
体力の消耗は予想以上だが、ナナカの分析のおかげでミナトの魔法の命中率が高く、ダメージは稼げている。体力の消耗は早いが戦闘時間は短くなりそうなので、これならば休憩は予定通りで大丈夫だろう。
「ツキヤさん20秒後にタゲお願いします!」
「はいよ!」
ナナカの指示で前に出ながら、ありったけの支援魔法と自己バフを自分にかける。
「代わるぞ」
「頼むわ」
フィルの横からリィブルトの攻撃を弾きあげる。ナナカが計算して俺に指示を出しただけあって、タゲはスムーズに俺に移り変わった。
フィルと違ってブレスを受けるとやばいので、HPは全快近くを保たなければならない。一応、このタイミングではブレス攻撃がないであろうとナナカが判断しての作戦だが、行動がランダム選択であればアルブとの戦いではたまたま選択されなかった可能性もあるので、もしもを考えてヒールの詠唱を始める。
「ヒール! 回復は任せてください!」
「助かる」
ナナカのヒールが先に飛んできたのでそれを受けて、自分の詠唱をキャンセルする。
回復をしなくていいのであれば、目の前の敵により集中できる。ナナカの負担を減らすためにも、被ダメージを減らす立ち回りを。
「ダメージ少し足りません。レンヤさんは予定通り休憩に、ミナトちゃんは攻撃ガンガンして下さい!」
「はーい。休憩入るねー」
「ヘイト管理は任せた」
今までよりも指示がしっかりしているので状況が把握しやすい。作戦通り動いているので、周囲を確認しなくとも誰がどこでどういった行動をしているのかがわかるので、ケアすべき場所もわかる。
「ツキヤさん、後1分です。ダメージ少し稼げますか?」
「問題ない! その分ヒールよろしく」
「了解です!」
被ダメージを抑えた戦い方から、隙を見て攻撃しにいく戦い方に変える。リィブルトの引っ掻きをトンファーで弾き、距離をとっていったのを前へと踏み込んで一撃入れる。
俺の攻撃で一瞬動きの止まったリィブルトにミナトの魔法が直撃してダメージを稼いだのを確認して、次の攻撃に備えて離れる。
距離を取りきれずに詰められたせいで、突進を捌ききれずに横に飛びながらガードする。体がぐっと衝撃で半身になりながら弾かれるが、少し削れたHPもナナカのヒールによって全回復した。
「残り15秒です。ヒール2回分までならオッケーです」
その言葉を聞いて支援魔法の詠唱を始める。ヒールで2回分ならば、支援魔法なら15秒間フルに使い続けてもヘイトは問題ない。
待機中のまま支援魔法を三種類発動直前まで持っていったところで、ナナカの指示が飛ぶ。
「後は任せて。ウォークライ!」
「支援魔法かけておく。一瞬注意してくれ」
「ええ、助かるわ」
フィルとタンク役を交代して後ろに下がる。待機していた支援魔法を一気に全てかけたので、感覚が一瞬狂うだろうから声をかければ一瞬盾で身を隠した。
「私にも支援魔法もらえる?」
「問題ない。休憩終わりまでに詠唱を終わらせる」
「レンヤさん休憩終わりまで残り50秒です」
50秒あれば問題ない。支援魔法を効率よく使うためにどれだけセットを考えたか。
楽しい。
一人で戦うのでも、凛花に頼って合わせるのでもない。パーティーとして協力して戦っているこの感じが、今は最高に気分を上げてくれる。
「いくね。もしもの時はカバーよろしく」
「準備はしておく。行ってこい」
支援魔法を凛花にかけて差し出された手をタッチする。
凛花も楽しそうだ。作戦通りにスムーズに回るこの感じは、いつも頼りにされて皆を引っ張る役に回る凛花からすれば新鮮だろう。自分が道を切り開くのでなく、皆で道を作ってそこを進んでいる。目の前のことだけに集中できるのは幸せだ。
「2分休憩です」
「お疲れ様。きつかったら延ばしても大丈夫だぞ?」
「いえ、大丈夫です。皆の動きが良いので、回復もしんどくなかったですし」
ふうっと息を吐くナナカの表情は楽しそうに笑みが浮かんでいるので問題ないだろう。
今は言わないが、皆の動きが良いのはナナカの指示のおかげだ。戦闘中に周囲の状況を確認するのはかなり大変なので、指示があるというのは本当に助かる。リィブルトを倒し終わったら、そう伝えよう。
ヒーラー二人が同時に休憩を取る。本来ならありえない作戦だが、ブレスがくるであろうこのタイミングに上手くハマってくれる。
直線状のブレスとはいえ、フィルとの位置が近ければある程度のダメージを食らってしまう。そこでヒーラー二人が下がることでHP的に怖いのはミナトだけになる。ミナトだけならフィルも位置を把握して誘導することができる。
回復が少し怖いところだが、ミナトが作った特濃回復ポーションはフィルのHPを七割近く回復する。さらに、フィルのアイテム使いのスキルにより追加効果が生まれ、パーティーメンバーのHPを通常のポーションより少し少ないくらいだが回復する。
数が用意できていればゴリ押しできたのだが、相当素材を消費するので、残念ながら二つしか用意できていない。
その内の一つをこのタイミングで消費することでHP状況もかなり良い状態で、俺とナナカが終盤に挑める。終盤の攻撃が激しくなるところで畳み掛けるためにも、ここで休憩がとれるのはありがたい。
もう一つはもしもの時用に残しておき、使わなければ次のボス戦に持ち越せばいい。確実に勝つために、少し勿体無く感じるが一つここで切るくらいはいいだろう。
「予定通りブレスがきましたね」
行動パターンが切り替わるタイミングでブレスがくるという読みはあたり、フィルがブレスを受け止めてポーションを使用した。
「ここからはフィーバータイムです! 攻撃の手はリィブルトが地に伏すまで止めてはいけません!」
「回復頼んだぜ」
「はい! 行きます!」




