25層は
ワイバーン。大きな翼を広げ空を滑るかのように動き回る。図体からしてあんなに滑らかに飛べるとは思えないのだが、ここはゲームの世界で、さらには魔法まで存在する世界なのだ。現実と同じ物理法則にとらわれてはいけない。
鱗の一枚一枚までもしっかりと認識することができる緻密な作りは、VRという自由な角度や距離から見ても問題ないように、ゲームの中とはいえ現実に限りなく近い世界を作り出すために必要なのだろうが、これがVRASというバカみたいに高い専用端末でなければ、あんなのを視界に入れただけでfpsが下がってコマ落ちしたりするだろうから、処理落ち回避しながら戦う必要があるだろう。
上空から迫る爪をタンクが盾でガードし、その隙にアタッカーが攻撃を加える。ワイバーンの動きを見極め、攻撃に移るタイミングでその位置に移動して逆にこちらが攻撃する。
単純な戦い方だ。地上にいる間はアタッカーの総攻撃が、上空にいる間は遠距離攻撃を持ったプレイヤーが的当てをする。
時折、ワイバーンが火の玉のようなブレスを吐いてくるので、それにさえ気をつければ無理な戦いではない。
通常攻撃もブレスも総じて火力が高いので、タンク役の耐久力が求められるのと、攻撃の隙が少ないので長期戦を行うか、瞬間的な攻撃力を上げる必要がある。ただし、大振りな一撃だと、あてる前に宙に逃げられる可能性があるので難しいところだ。
「これは突破されたね」
「少なくとも、この後集中力が切れてミスをしたとしても、次回で抜けられるだろうから差をつけられたな」
デスペナルティーのステータス低下さえ終われば再挑戦してクリアするだろう。初見の相手にここまで戦えたのならば、準備を整えていけば高確率で勝てるだろう。
俺達は24層に入ったばかりなので、早くても明日の夕方に挑戦だ。それまでにまだ二回もチャンスがあり、アイテムの補充をクランメンバーに頼めるアルブならば突破できないなんてことはないだろう。
プラバスタが20層で少し詰まり、まだ22層だということを考えれば、しばらくはアルブがトップを走るのは確定といったところか。
「さて。俺達も今のままではダメだから、何か対策を考えないとな」
「そうですね。差をつけられるのをただ見ているだけというのは嫌です」
このままではどんどん差をつけられる。プレイ時間でも、人数でも負けているとなれば、簡単に差を縮められるとは思わないが、今まで通りやるだけではダメだからどうにかする必要はある。
トッププレイヤーはすでにクランに入っているし、めぼしいプレイヤーをクランに誘うことはできないだろう。
第三陣の新規プレイヤーがくるまでには後二週間ほどある。新規プレイヤーを獲得しても、すぐに戦力になるわけではなく、後発組に配られる特別アイテムを使っても早くて二週間は追いつくのにかかるだろう。
それに、アルブにも新規プレイヤーは入るだろうから、差が縮む要因になるかと言われれば微妙なところだ。新規プレイヤーは実力がわからないからこそ、上手くいけば良い買い物になるが、ハズレになる可能性だってある。
ワイバーンのHPが三割を切り、これはもうこのまま最後までいくだろう。これ以上は見ていても意味がない。しっかり分析するのならば、動画が公開されるのを待った方がいい。
ここにいるとアルブがワイバーンを倒しきったら騒がしくなって抜け出せなくなるかもしれない。
「よう。一歩先を行かれちまったな」
「そうだな。だが、まだ75層もあるんだからどうなるかはわからないさ」
「俺達以外の別のパーティーが来るかもしれないしな。なんだかんだ20層に届きそうなパーティーは3つほどあるし」
トライも早めに抜け出そうとしてきたのかギルドから出ようとしたところで声をかけられた。
本当に100層で終わるのかも、その後どうなるのかもわからないが、少なくとも100層まではあることは公式が発表している。終わりよければ全てよし、とは言わないが、中盤はある程度上位に居続けて、最終的にトップを取り返すというのも悪くはない。
それに、これがゲームだからこそ、途中でやめる可能性だってある。アルブのメンバーが最後までプレイし続けるかもわからない。まあ、せっかく楽しく競えているから、プレイをやめて勝負が決まるよりは、最後までプレイし続けてほしいが。
「双天連月はどうするんだ? ここから巻き返す算段でもあるのか?」
「今のところは何も決まってないが、そろそろクランメンバーでも増やすつもりだ。そこまで増やすつもりはないが、時間の関係もあるし、ある程度メンバーの融通がきくほうがいい」
メインパーティーは今のメンバーである程度固定したいが、トップ争いをするのならば、完全固定というのは難しいだろう。
向上心やプレイ技術はほしいが、メインパーティーのサブとしていてもらう。そんな都合の良いプレイヤーがそう簡単に見つかるとは思えないから大変だろうが。
「プラバスタも諦める気はないんだろ?」
「これだけハマれるゲームが他にないからな。今から他のゲームをやったところで、これほど熱中できないだろうし、悔いのないようにやりきるぜ」
VRという環境だからこそ、これほど熱くなれる。その気持ちは俺もわかる。自分のやりたいことができるというのは本当に楽しい。
VRゲームが他に出るまでは絶対にやめられないだろう。ORDEAL以外にソフトが何も発売されていないどころか発売の予定すら立っていないのが、製作の難しさを物語っているので、当分の間はORDEALから離れられないだろう。
「話があるから、また近々連絡させてもらう。それまで互いに負けないように頑張ろうぜ」
「ああ。連絡ならいつでもしてくれていいから」
別に今でもいいと言おうとしたが、トライが急いで去っていったので、俺もそのままクランハウスへと戻る。
ギルドで一緒に観戦していたナナカも戻ってきて、クランハウスに全員が集まった。それとほとんど同時に、ナトリからアルブの25層突破についてのコメントをお願いしますというメッセージが届いたので、無事にアルブは25層を突破したようだ。
「これで完全にアルブに置いていかれた。25層自体は俺達もポートさえ見つけられれば問題なく抜けられるだろうが、丸一日分の差ができた」
「まあ、これは仕方ないよ。物理アタッカー自体が不遇なステージか、一撃のダメージ量が必要になるステージが来るまでは、なかなか追いつかなさそうだね」
アルブの今の一軍パーティーは、手数でダメージを稼ぐサディがメインアタッカーなので、サディと相性が悪いボスなんかがくれば追い抜くチャンスだ。
魔法職をミディスが一人で引き受けているので、魔法職が重要なステージか、サディの火力ではダメージがでないような一定以下のダメージをカットするようなモンスター待ちだな。
それでも、一軍に入っていないプレイヤーの到達階層さえなんとかすれば、変えがきくというのは強みだ。
「ナナカちゃんはワイバーン戦なんとかなりそう?」
「はい! あれでしたらもう少し今日の映像を見返せばパターン掴めそうです」
「だったら、できるだけ差をつけられないように早めに挑戦するしかないね」
「明日か明後日には挑戦したいわね」
「そのためにもポート見つけないと」
ナナカも練習の成果なのか動きながらの戦闘も問題なくできるようになった。回避やガードなんかも精度が上がっているので、大きく動く割に攻撃範囲の狭いワイバーン相手ならば、攻撃パターンさえ見切れば問題なく立ち回れるだろう。
「じゃあ、日付が変わるまでポート探しをしよう」
「うん。頑張って見つけるぞー」




