学校は
「眠い……」
「授業中ずっと寝てただろうが」
始業式の翌日から授業は無情にも始まる。まだ体のペースもできていないのに、朝起きて授業を受けるのはかなりきつい。
ただ、寝ていたわけではない。たしかに少しは寝ていた時間もあっただろうが、半分くらいは視界を放棄し目を閉じて耳を澄まして話だけは聞いていた。
むしろ、授業内容を覚えるだけであれば、そうやって目を閉じていた方が覚えられると思うのは俺だけだろうか。どうせメモなんてしないし。
「夏樹に何言ったって無駄だよ、貝塚くん。昨日も遅くまでORDEALをしていたみたいだし」
「神城も大変だな。毎日このやる気のない男を学校に連れてこないといけないんだから」
別に凛花に連れてこられなくても学校には来るから。遅刻は増えそうだけどな。今は凛花が朝から家に来るから絶対に起こされるせいで、遅刻は数えるほどしかない。途中で凛花の友達と会い、俺がすっとその場を離れた結果、やる気をなくして公園のベンチでうたた寝をしたせいで一時間目に遅れたりしたくらいだ。
ORDEALも別にしたくて夜遅くまでしているわけではない。学校が始まって四日目だが、始まってからナナカがやたらと遅くまでインしているのだ。クランハウスで情報収集したりしながらナナカと話していると夜中の3時頃になっていただけで、別にナナカさえログアウトすれば、俺ももっと早く寝ていたはず。
別に嫌なわけではないので、ナナカに早く落ちろとは言わないが。
「もともと授業なんてまともに聞いていないから、眠かろうが変わらないしいいじゃん」
「勉強にも少しはやる気を出すつもりはないのかよ」
「ないね。昔のように、勉強して良い大学に入れば良い就職先に入れて人生安泰ってならまだしも、現状だと稼げるうちにORDEALで稼いでいた方がましだ」
目的がなければやる気なんてでない。別に成績が悪いわけでもないから、勉強をこれ以上頑張ったところで、先生からの評価が上がる程度のことだし。
それなら、勉強にも費やす時間で、趣味やらバイトやらしている方がましだ。ORDEALなら遊びながら金も稼げるから一石二鳥と最高の環境だと思う。
俺よりもほんの少しプレイ時間が短いだけの凛花がこれだけ元気なのが納得いかない。凛花も毎日日付が変わる時間までは一緒にORDEALをやっているのに、余裕そうだ。
これが素のスペック差というやつなのだろうか。
「こんなにやる気ないやつと同程度の成績っていうのが納得いかない」
「俺も、テスト勉強とかほとんどしない凛花に点数で大差をつけられるのが納得いかない」
「私だって、夏樹に科目では負けることがあるのは納得いかない」
凛花の成績が圧倒的なのは間違いない。学年でも余裕でトップの成績だ。
クラス内だと、その下に俺と貝塚がいる。俺と貝塚の成績はその時その時で順位が変わる程度の差しかない。総合的には貝塚の方が上だろうが、理系科目では俺が上だし、満遍なく勉強するタイプではないからハマれば俺が勝つといった感じだ。
ちゃんと勉強したら勝てるのかもしれないが、勝ったところで意味がないからやる気にはなれないよな。
「ORDEALでも二人は二人らしいよな。ネットの奴らが天才と化け物って言うのも納得できる」
「凛花が天才で俺が化け物なんだろうが、化け物ってなんだよ化け物って」
「夏樹は十分化け物でしょ。あんな人を潰すことに躊躇いのない動きができるだけで十分化け物だよ」
化け物って他にもっと言い方あっただろうに。
凛花も俺のことを例える時によく化け物って言うが、そんなにおかしなことをしているつもりはないんだが。
「最初は魔王呼びだったんだけどな。勇者と魔王が同じパーティーってどういう状況だよって話になって、気がついたら化け物で定着してた」
半分くらいはミナトが作った装備にも問題があるだろう。あんな黒ベースのローブのような衣装は、見た感じ悪役っぽいもんな。
勇者と呼ばれている凛花と対峙すれば、そりゃあ魔王ってなるのもわからなくはない。自己バフとヒールで色々エフェクトを撒き散らしていたのもあるし。
ただ、そこから化け物に変わるのは納得いかないけど。
「俺もORDEALやりてーな」
「やればいいじゃん。50万なら月1万の利息で貸してやるぞ。凛花が」
俺はそんな金持ってないから貸せないが、凛花ならポンと用意できそうだ。
「別に利息なんていらないよ。貝塚くんなら戦力になりそうだし、やるなら貸してあげるよ」
「い、いや! いいから! 大丈夫だから!」
本気で貸そうとする凛花を貝塚が慌てて止める。学生ならその反応が普通だ。凛花の金銭感覚がバグっているだけで。
貝塚にも俺と同じく借金をさせて、借金仲間になりたかったが、断られたのなら無理強いはできない。額が額だから簡単に返せるものでもないしな。
「もうしばらくは、二人のプレイでも見ながら楽しんでおくよ」
「そろそろトップは完全に奪われそうだけどね」
「あー、そういや昨日アルブも20層突破してたな。向こうはガチっぽいし学校が始まったから逃げ切るのはきついか」
まだ22層の俺達はアルブとほとんど差がないと言っていい。ダンジョンに潜れる時間も考えると、25層でアルブがボスに詰まらない限り、そこで完全に置いていかれてもおかしくない。
プラバスタもあと二、三日すれば20層を抜けるだろうしきつい。
貝塚は帰りに用事があるということだったので学校で別れ、家に帰ってすぐにORDEALにログインする。俺がインするとすでに凛花以外の三人は来ていたので、凛花が来るまで待ってからダンジョンに向かった。
下が迫って来ているからと少し焦りながらポートを探したところで、そう簡単に見つかるはずもなく、途中で食事やお風呂でログアウトも挟まなければいけないので、探索はあまり進んでいない。
「やっぱり連続して探索する時間がとれないとなかなか進まないな」
学校が終わってからでも一日八時間ほどは時間はある。だが、食事やお風呂、それにVRでの連続プレイによる疲労を考えれば、探索自体は二時間もできていないだろう。
ダンジョン内でも、ファストトラベルのような機能があればいいのだが、ポートを使った階層移動しかない。ポートがあるだけでもかなり便利だけれど、やればやるほど欲が出てしまうのが人間の性というものだ。
「一旦完全に抜かれれば気楽にいけるんだけどね」
凛花の言う通り、抜かれれば気楽になれるだろう。今はまだトップにいるからこそ追ってくるアルブとプラバスタが怖いが、一度完全に抜かれて追う立場になればここまで焦ることもなくなるとは思う。
だが、じゃあ追い抜いてくださいとサボるのは嫌だ。できる限り今の位置に居続けたいと思っているのは俺だけではないだろう。
「木が無いから楽だと思っていたけれど、こうも似た景色だと嫌になってくるわね」
21階層からは渓谷のような地形だ。木が全く無い赤土のような地面なので見通しは悪く無いが、谷の部分が邪魔なのと今どこにいるのかがわかりにくいのが難点だ。遮蔽物がないせいで日差しもきつく感じるため消耗も激しく、休憩するにしても影もない。VR内なので、実際には日差しなんて関係ないのだろうが、チリチリと焼けるような暑さは精神的に疲れる。どれだけ意識が体に及ぼす影響が大きいのか、ORDEALというVR空間にいて気づくことができる。
いつものように一時を過ぎたくらいに凛花とフィルがログアウトし、ミナトはアイテムの補充のために自室にこもる。
ゲームをしている間は眠気があまりこないので、この時間でも眠気は問題ない。とは言っても、明日の朝になれば、また眠たいから学校に行きたくないと思ってしまうのだろうが、朝のことを考えるくらいなら今やりたいことをした方がいい。
ほんの少し迷ったのち、ログアウトはせずにお茶をおかわりしてORDEAL内の記事を確認する。




