夏休みは
「──きて! 夏樹、起きて!」
「……うっせ」
せっかく気持ちよく寝ていたと言うのに、耳元で叫ばれて目が覚めた。せめて、体を揺するとかしてくれれば起きるのに、声だけで起こそうとするなよ。
「まだ8時じゃん」
「今日から学校だよ。昨日遅くまでナナカちゃんの相手してたから眠いだろうけど頑張って」
「学校か……」
キングヤドザミは時間こそかかったが、無事に倒しきることができた。その後に、いつも通り皆で打ち上げをしていたのだが、今回はいつも以上にナナカが暴走していたので、聞き役になってしまった俺は遅くまでとらわれた。掲示板か何かで俺か凛花の悪口でも見つけたのだろうが、俺の良さを俺本人に語るのはやめてほしい。どう反応すればいいのか困る。
凛花とミナトとフィルはいつの間にかログアウトしていたので、助けも呼べず夜中の1時過ぎまで捕まり、そこから片付けたり普通の話をしたり、ログアウトしてからお風呂に入ったりとしていたので睡眠不足気味だ。
「結局、夏休みはORDEALしかやってないな」
「いいんじゃない? 何かしないといけないことも無かったし、旅行とか行くのも面倒だから、ORDEALの中でも色々楽しめたんだから」
俺は旅行とかあまり好きではないし、凛花も飽きたとか前に言っていたから、遊ぶにしてもどちらかの家か買い物にでも行くくらいだもんな。
今や買い物なんてネットでパパッと終わらせることができるので、暇つぶしや気分転換以外の理由でわざわざ行く必要もないし。外食もわざわざ行かなくても、凛花の家に行けば自分の家では食べられないような物が食べられる。
学校さえなければ、自分の家と凛花の家以外に外に出る必要なんてなくなるのに。
学校も出席日数の概念さえなくなれば行かなくて済むのに、出席日数が足りないと単位が取れなくて留年だもんな。どうせ後で授業データをくれるのなら、先にくれてわからないところだけ聞きに行くとかできれば楽なのにな。
「そんな面倒だと言わんばかりの態度でいても、学校は目の前だよ」
呆れたように凛花が言うように、門までは残り10メートルほど。新学期初日だからか、門の前で生徒を迎える先生が視界に入り更にげんなりする。
「おはよう。神城と桐島か。今日もだるそうにしているな」
「おはようございます、月野先生。夏樹のこれはただの現実逃避なんで大丈夫です。今日は特に寝不足も重なってやる気がないだけなんで」
「またゲームかなにかか? 若いんだから体を動かさないと。それに桐島はどうせすぐに飽きるだろ」
「先生には言われたくないです。言ってもそんなに歳変わらないじゃないですか。それなのにゲーム漬けの毎日なんて」
「それに、今回は一ヶ月続いているんですよ! 夏樹にしては珍しく」
「ほう。一ヶ月も」
月野先生は教師二年目なので、まだ24歳とかだ。更に、休みは一日中ゲームに費やすゲーマーでもある。
去年は何度か一緒にネトゲをしたりしていたが、大抵俺が飽きてログイン率が下がったりして自然消滅していたが。毎日インし続けるのは俺にはきつい。最初はハマりにハマってガチでやるのだが、その分熱が冷めるのも早いという感じだ。
その点では、ORDEALは長続きしているし、熱が冷める気配もない。VRという環境が俺に合っているのだろう。全力を出せるというのが、楽しいのだ。そして、ORDEALの中でなら凛花と肩を並べられる。
「桐島がハマるゲームか。是非とも一緒にやってみたいものだ」
「はいはい。そろそろ仕事に戻らないと怒られますよ」
月野先生越しに見える位置にいる教頭が、こちらを見ていることに気がついたので教えてあげる。
月野先生なら一緒にやってもいいが、知り合いに自分だとわかった上で見られるのは少し恥ずかしい。特に、この前のキングヤドザミ戦でやらかしたばかりなのでしばらくそっとしておいてほしい。
「また後で話をしよう。なんならチャットでもいいから送っておいてくれ」
「了解でーす!」
もともと月野先生とは学校で知り合う前にゲームで知り合っていたので、プライベートな連絡先も知っている。学校支給のAR端末には生徒との連絡用のアドレスもあるが、月野先生は常に端末を二つ使用して両方のメッセージを受信できるようにしているので、ゲームの話なんかは学校側の方ではしないようにしてあげている。さすがに、学校支給の端末でプライベートな話をしていたら怒られるだろうし。
教室に入ると、予鈴五分前ということもありほとんどのやつが来ていた。久しぶりの顔合わせにテンション高く騒ぐ者やつや俺と同じく寝不足なのかだるそうに机に突っ伏すやつなど様々だ。
「凛花ちゃん、おはよう!」
「愛ちゃんおはよー。だいぶ日焼けしてるね」
「そうなんだよ。海に行ったら真っ赤っかになっちゃった」
凛花にクラスメイトの女子が話しかけにきたので、そっと俺は自分の席に退散する。席に座って凛花を見ると、鞄も置いていないのに周りを囲まれて楽しそうに話しかけてくる女子に合わせて笑顔で答えている。
よくやるよな。あんなに群がられたら邪魔だろうに。なぜか同性受けもいい凛花だが、あいつのことだから内心ではうざいとか思ってそうだな。態度には一切出さないところがさすがではあるが。
「おはよう夏樹。お前は本当に変わらないな」
「一ヶ月ちょっとで変わる方が難しい」
たった一ヶ月ちょっとだ。日に焼けたり、髪を染めたりなんかはできるかもしれないが、内面がガラッと変わるほどの変化は簡単には起こらないし、起こそうとも思わない。
「中継で見たときはもっと生き生きしていたのにな。ORDEALの双天連月ってお前らだろ?」
「は?」
「外見そんなにいじってないからわかったぜ。と言っても、さすがに服装とかもあるから見た目ではわからなかったが、二人の息のあった動きでピンときた」
そういや、貝塚って小学校から一緒だったか。
見るやつが見ればわかってしまうなら、もっとアバターいじっておけば良かったかな。ただ、俺がいじったところで凛花があのままだったら変わらないか。
「気づいているやつ他にいるのか?」
「うーん……いないと思うぜ。直接会って話せばともかく、中継だったり動画で見る分では癖とかそういうところでしかわからないと思う」
「それならいいか。他のやつには言うなよ」
「わかってるって」
ここまで誰にも言っていないということは、言うつもりはもともとなかったということだろう。小学校から知っているだけあって、俺のことをある程度わかってくれているのはありがたい。
ただ、他にも何人かは俺達のことに気がつきそうなやつはいるから面倒だな。
予鈴が鳴って他のクラスのやつが教室から出ていく。まだ五分は時間があるので、このクラスのやつはそのまま話を続けているので、騒がしさは変わらない。今日は授業もなく、集会とHRだけなので準備することもない。
「ORDEALの話をしているやつがいないけど、あまり人気がないのか?」
夏休みになにをしたか話をしている中でORDEALの話が聞こえてくることがない。
ゲームの話なんかをよくしているグループでも、他のゲームの話は聞こえてくるがORDEALには触れていないし。
「実際にプレイしているやつがいないからな。中継や動画の話は仲が良いやつとはすぐに連絡して話しているから、久々に会って話すことでもないし」
そういや、高校生が簡単に手が出せるものではなかったな。俺は凛花からもらったが、VRASとORDEALのセットで50万は超える。他にもマットとか環境を整えるには金がかかるから、そう簡単に手は出せない。
「加藤とか山田とかのグループも買おうとしているみたいだが、金がまだ貯まってないって。春休みと夏休みにバイトしていたが、まだ足りないみたいだ」
春休みと夏休みの計二ヶ月程度じゃ、頑張っても30万ほどだろう。これまでの貯金があったとしても、届くかどうかぎりぎりだな。
「学校支給のAR端末が実際に買えば2万ほど。俺が使っているハイエンドクラスで15万いかない程度なのに、VRASとORDEALは50万超えるからな。親に頼んだって買ってくれやしない」
「さすがに50万は出してもらえないだろ」
むしろ、ちょっと頼んで50万も出してもらえたら、頼んだこちらがひびるわ。
「それにVRASって現状ORDEAL専用端末だからな。他にソフトも出ていないし、単体でネットに繋がることもできない。値段が半分以下でもORDEALだけのために買ってくれる親はそうそういないさ」
一ヶ月以上経ったのに、ORDEAL以外のVRAS対応ソフトはまだ発売されていない。ORDEALの中からならネットに繋ぐことはできるが、ORDEALがなければ何にも使えない端末だから邪魔でしかない。
俺としてはORDEALだけで手一杯なので、他のゲームが出ていないことは助かってはいる。他に気になるゲームが発売されでもしたら大変だ。
本鈴が鳴ると皆自分の席へと戻っていく。貝塚も前を向いたので、俺は机に突っ伏して目を閉じる。




