ピオニエーレの意地
ナスターシャとの戦闘で相打ちになったミューアは瀕死の重傷を負い、ナイフで刺された腹から出血して死にかけていた。呼吸は既に弱くなっていて、鼓動が今にも止まってしまいそうだ。
そんなミューアを助けるべく、アリシアは”エルフの秘薬”と呼ばれる万能の薬を取り出して傷口に近づける。
「死なせたりしませんから! これから先も、私と一緒に生きて欲しいんです!」
魔力を通された秘薬はドロドロな液体に変化し、治療薬となってミューアの傷を癒していく。この精製困難な秘薬の治癒力は凄まじく、ズタズタになっていた皮膚は元通りの綺麗で滑らかな状態に復元された。
これで出血も止まって、なんとか一命を取り留めたのである。
「あの時、秘薬を作ったのは本当に無駄じゃなかったな」
「ふふ、苦労して純度の高い魔結晶を手に入れた甲斐がありましたね」
「ありがとう、アリシア。命を救ってくれて」
「私だってミューアさんに何度も助けてもらったのですから、まだまだ恩返しさせてください」
「一緒にいてくれるだけで充分に恩返しになっているさ。さて……」
ミューアは目眩に襲われつつ、よろけながら立ち上がる。治療を受けたとはいえ失われた血までもが復活しているわけではなく、いわば貧血のような体調であった。
これでは戦闘を継続するのは不可能であるが、敵の司令塔二人が討たれたことにより、グライフィオスを巡る戦いは終局に向かっている。
「ナスターシャは死んだ……ピオニエーレは?」
「さっきの空中戦で撃墜しました。遺体は確認していませんが……」
「死亡確認はしておいたほうがいいな。ヤツのことだ、悪運強く生存している可能性もあるし、もしまだ生きているなら逃走してしまうだろう」
ピオニエーレは劣勢になっても諦めることはなく、運も味方に付けながら上手く撤退して再起を狙ってきた敵だ。死を迎えていなければ最後まで粘ろうと画策するはずで、今回もまた逃亡を許してしまっては、またいつ襲撃を受けるか分からない。
そのため確実に仕留めなければならず、不安要素を排除するためにもピオニエーレがどうなったか確認しておく必要がある。
「なら、グライフィオスのコントロールルームに行きましょう。あそこなら塔周囲を監視する機能があるので、それを使って探せると思います。あと、ピオニエーレが何か良からぬシステムを起動しているかもしれないので、チェックしておきたいんです」
「なるほどな。グライフィオスの現状を把握しつつ、監視機能でピオニエーレを捜索すると」
頷いたアリシアは魔力精製炉を出て一つ上の階へ移動する。この最上階に近いフロアには、グライフィオスの塔全体を制御出来るコントロールルームがあり、その操作盤にアリシアが触れて起動した。
「魔道砲用に魔力チャージを再開している……それ以外には何も異常は無いようですね」
「ピオニエーレはどうだ?」
「監視カメラというのが使えるみたいです。コレで塔の周りが見えます」
アリシアは古代のメカニックに詳しくないので、なんとなくの感覚で操作している。正直、そんな扱い方では予想外の事態が発生する可能性があり危険なのだが、ハイエルフの能力を持つ彼女でなければコントロール出来ないので託すしかない。
「落下したピオニエーレはドコに……あっ!」
驚いて素っ頓狂な声を出したアリシアは、監視カメラの映像を屋内にあるモニターに映し出す。
すると、そこには弱ってフラつきながらも歩いているピオニエーレの姿があった。場所はグライフィオスの塔から程近い場所で、撃墜されながらも生きていたのだ。
「ヤツめ、やはり死んではいなかったか。しぶといな、マジで」
「ですね……ん、ピオニエーレに近づいていく人影が…?」
リアルタイムで描写される映像を拡大すると、ピオニエーレに対して一人の人間族が近づいていく様子が見て取れる。
「も、もしかして、ミリトアさんじゃあないですか!」
「ああ、間違いないな。支援要請に応えてシーカールから来たのか」
その人物、ミリトアはシーカールの警官で、ブルーデプスとの戦いで協力関係にあった。シーカールはエルフ村から離れた場所にあるのだが、騎士隊の要請を受けてすっ飛んできたらしい。
アリシア達に見られているとは知らないミリトアは、警官に支給されているホイッスルを吹き鳴らしながらピオニエーレに声を掛けた。
「ピピーッ! そこの不審者エルフさんは止まるであります!」
警官らしく職務質問でもするように警告を行うが、当然ながらピオニエーレが従うわけがない。
負傷しつつも不屈の精神を持つピオニエーレを中心に、残存していたティタン・ゴーレムの十数体が集結を始める。いつの間にか杖を使って指示を飛ばしていたようだ。
「うるさい人間族め……ハイエルフたるわたしに指図をするなど鬱陶しいんですよ!」
「て、抵抗はやめるであります! 公務執行妨害で逮捕するでありますよ!」
「わたしは掟に縛られない自由を手にし、わたしこそが新たな掟となるのです。滅びゆく運命にある既存の枠組みがなんたるか!」
ピオニエーレの怒号に呼応するように、ティタン・ゴーレム達が融合していく。外郭装甲である岩石が溶岩のように溶け、他の個体と一つとなって巨大なティタン・ゴーレムとなったのだ。全高は二十メートルにも及び、見る者を圧倒する迫力がある。
「が、合体をしたであります!?」
「ふっ、これぞ奥の手ですよ……更なるパワーアップを果たしたティタン・ゴーレムの性能なら…!」
邪気を孕んだ薄ら笑いを浮かべるピオニエーレは、そのティタン・ゴーレム融合体の腹部にある丸穴へと入り込む。その内部はまるでコックピットのようになっていて、簡素ながらも椅子さえ形成されている。
アリシアから受けた傷は致命的ではなかったものの、自ら戦闘に加わるのは困難だと判断したため、ピオニエーレはティタン・ゴーレムという兵器の守護を受けながら内部から指揮しようと考えたのだ。
「な、なんなんね、コイツは!?」
ティタン・ゴーレムを追ってきたラミーもミリトアに合流し、目の前に立ちはだかる巨体に目を丸くして驚いている。
「わ、分からないであります。しかし、不審エルフが中に乗っているであります」
「不審エルフ……アリシア達を困らせ、エルフ村を破壊したというダークエルフかもしれんね」
「えっ、アナタもアリシアさんをご存じで?」
「前に助けてもらったんよ。そういうアンタも?」
「えぇ。シーカールの救世主でありますよ、アリシアさんは」
「救世主…ソトバ村にとっても」
かつて共闘した二人の人間にとって、救いの手を差し伸べてくれたエルフは忘れられるものではなく、だからこそエルフ村の再びのピンチに駆けつけてくれたのだ。
そんなラミーとミリトア、他の人間族の戦士達に取り囲まれたティタン・ゴーレム融合体が動き出し、太くたくましい腕を向けてきた。
「ええぃ、雑魚どもが調子に乗って目障りなんですよ!」
コックピット内で杖を掲げるピオニエーレの指示を受け、ティタン・ゴーレム融合体は指先から魔弾を発射して人間族の迎撃に出た。
両手の指十本がそれぞれ砲口になって、狙いなど付けずに乱射する。
「な、なんなんね!? あの化け物は!」
ラミーはバックステップで回避しつつ、魔弓を構えて矢を作り出す。彼女の魔弓は一般的な性能で、アリシアの魔弓メガ・アロー・ランチャーのような破壊力は有していないが、暴走する敵を足止めしたいと攻撃を敢行した。
「やはり効かない…! あんなんデカブツ、アリシアでもなければ倒せんね……」
魔力の矢は表層の岩石に弾かれてしまい、全くダメージを与えられない。このような防御力を持つ相手には高火力が必要で、となればアリシアの大技シューティングスターが頼りだ。
一連の出来事をモニターで見たアリシアは、魔弓を手に持って再度の出撃を決意する。被害が拡大する前に、自らの手で決着を付ける以外に解決策はない。
「私の大技ならば、あの敵を倒せます。やってみせます」
「けど、アリシアだって残った魔力量は多くないだろう? 翼を使った空中戦で消耗しているはずだ」
「それは確かに……」
長時間の戦いであったこともり、アリシアの体内に残る魔力は少なくなっていた。このため、大技を繰り出そうにも魔力量が充分ではなく、フルスペックの威力は出せない。
「ならば、下の階にある魔力精製炉に寄りましょう。そこで炉内の魔力を頂き補充すれば勝てます」
そうと決まれば、まずは下の階にある精製炉に急ごうとしたが、
「ン? ティタン・ゴーレムの融合体が上昇を始めたぞ」
モニター越しに浮遊を開始したティタン・ゴーレムの姿が確認できる。背部から翼を展開し、超重量の体を浮かしていく。
「飛んで逃げるつもりだな。いくら圧倒的に強いとはいえ、魔力切れは避けられない。その前に村から離脱しようとしているのだな」
「くっ、ならば早くしないと……あ、であるのならば…! 相手が飛んで射角内に入り込めば!」
「どうした、アリシア?」
アリシアは引き返し、グライフィオスの制御盤に触れる。何かを思いついたらしく、ダイレクト・リンクシステムを介して塔の機能を起動した。
「グライフィオスの魔道砲で……エルフの雷でピオニエーレを倒します!」
-続く-




