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怨念散華

 アリシアがグライフィオスの近くで空中戦闘を行っている中、ミューアはナスターシャに対して殺意を乗せた刃を向けていた。アリシアを援護しようにも、まずはナスターシャを仕留めなければ妨害を受けてしまうため、この宿敵を始末することを優先したのである。


「アリシア、待ってろよ! スグにナスターシャは仕留めてみせるから!」


 グライフィオスの魔力精製炉にて、壁の大穴からアリシアの勇姿を視界の端に捉えつつ叫ぶミューア。その声が届いているかは分からないが、ともかく今は目の前の敵に集中するだけだ。

 

「ナスターシャ……掟に従ってテメェを選定戦の時に殺しておけば、こんな悲劇は起こらなかった。アタシは本当に考えの甘いガキだったと、つくづく後悔をしている」


「後悔するところが違うんだよ、ミューア。そもそも、オマエが勝ちを譲っていれば良かったんだ。そうすれば、あたしが新たな族長となり全て丸く収まったんだからな」


「器量の小さいテメェに族長の座は務まらねーよ。それどころか、選定戦を勝ち上がった他の姉妹に潰されて終わってたと思うぞ」


「あたしは族長だった母上の仕事ぶりを近くで見てきたし、種族全体を率いるという覚悟も完了していた。誰よりも適任だったんだよ、あたしは」


「よくもまぁそんなに自信満々になれるもんだな……ま、その過剰な自己評価を今から砕き割ってやるよ!」


 お喋りはここまでと、剣を下段に構えて突撃するミューア。まるで疾風のようなスピードは並みの戦士では捉えきれるものではないが、


「この程度ではなァ!!」


 ナスターシャは完全に対応してみせ、ミューアが振り抜いた剣を刀で受け止めた。かつてミューアに敗北した際の悔しさをバネにして鍛え、努力してきたのは無駄ではなかったのだなとナスターシャは不敵に笑みを浮かべる。

 両者の武器が激しくかち合い、刃をコーティングしている魔力が干渉して真っ赤な火花のように飛び散る。その光が二人を焼いてしまうのではと思える程に強く発光し、薄暗い魔力精製炉を照らした。


「エルフの同胞が沢山死んだ! それで、この先はどうするつもりなんだ!」


「先も未来も無い。ブッ壊す…全部をブッ壊してやるんだよ! あたしを認めない全てを!!」


「はた迷惑なヤツめ! 拗ねた子供じゃあるまいし、自分の思い通りにいかなかったからと癇癪を起すな!」


 ミューアは力任せに剣を振りきり、ナスターシャは跳躍して一歩下がる。そして、ナスターシャは着地と同時にダッシュして刀を突き出しミューアの胸部を狙った。


「やるじゃん…けれども!」


 身を捻ってギリギリで回避、逆にミューアはナスターシャの尻を蹴って姿勢を崩させる。このような回避と反撃をセットで行えるのもミューアの反射神経故であり、強者の貫禄を感じさせるが、ナスターシャも遅れは取らない。

 

「チィ!」


 少しよろけつつも、ナスターシャはミューアの追撃を防御した。ガキンと金属の衝突する音が響き、二人はもつれるように鍔迫り合いを演じる。


「フン…壊すってったってな、ピオニエーレと考え方が違うんじゃないのか? アイツはグライフィオスで脅しをかけ、エルフも人間も支配すると野望を抱いているんだろ?」


「ヤツはあたしが利用する駒でしかないんだよ。ハイエルフだか何だか知らんが、所詮は俗物でしかない」


 共闘する仲間とはいえ、心を通わせているわけではないようだ。だからこそ平気で道具扱いもするわけである。

 しかし、ピオニエーレは誰かの下で働くことに嫌気が差して暴走しているので、このナスターシャの本心を知ったら仲違いすることだろう。結局、この二人は表面的な関係であり、真のパートナーとは成り得ない。


「俗物はテメェもだがな!」


 ミューアは剣を傾けて刀を受け流し、ナスターシャの首を切り裂こうと横に一閃。

 それをしゃがんでやり過ごしたナスターシャは、翻した刀身でナナメ上へ斬り上げる。


「おっと危ない……こうも成長して強くなったとはな。褒めてやるよ、ナスターシャ」


「年下の分際で生意気な! マジでムカつくわ……姉より優れた妹なんぞ!」


 両者は距離を取りつつ、間合いを測る。もう戦いを長引かせる気はなく、次に互いが動いた時に勝負は決まるだろう。


「ナスターシャ・エルフリード……いい加減に消えてもらうぞ」


「ミューア・イェーガー……オマエさえいなければ!」


 先に焦れて飛び出したのはナスターシャだ。短気な彼女はミューアの煽りで頭が沸騰しており、もう理性などほとんど残っていない。


「ミューアァアア!!」


 至近距離まで詰め、懐に入り込んで刀を突き立てようと素早く前に繰り出すが、


「甘いなッ!」

 

 対して冷静さを残していたミューアは相手の動きを捉え続け、刀の軌道から僅かに体を逸らせた。

 そこに剣を振り下ろす。ズシャッと血肉が裂ける感触と共に、右肩から腹部近くまで一気に刃を押し込んだ。


「終わりだ……なんとッ!?」


「まだだ…まだ!」


 ナスターシャのダメージは即死レベルの致命傷のはずである。

 しかし、息絶える様子はなく、口から血を吐き出しながらも闘気を失ってはいなかった。

 これは執念と怨念によるものだろうか。肉体の限界を超え、精神力だけで命を繋いでいるのだ。


「オマエさえいなければ……オマエさえいなければさァ!!」


「な、なんだというんだ…!」


 虚ろなのに殺気を宿す瞳がミューアを睨みつけ、その迫力と恐怖にミューアは飲み込まれて息を止めている。


 それが命取りになっていた。


「しまった…!?」


 まるで憎悪のオーラを纏うような幻覚さえ見せるナスターシャは、まだ動かせる左手で腰裏に予備として装備していたナイフを持っており、そのナイフをミューアの腹に突き刺す。

 これは、選定戦の時にも狙った一発逆転の反撃そのものだ。あの時はナスターシャの挙動を見逃さないミューアによって阻止されたのだが、強大なプレッシャーを放出するナスターシャの目以外を視界に入れてなかったために見逃していた。

 最期の力を振り絞るナスターシャは深くナイフを刺し込んでいき、ミューアは逆に全身から力が抜けて抵抗出来ずにいる。


「オマエも道連れにしていく……ふふふふ、勝ったぞ……」


 そう言い残し、ナスターシャは遂に絶命した。ミューアを殺すという悲願を達成したと、苦悶を感じさせない満足そうな表情で彼女の生命は散っていく。


「ったく、コイツと心中なんてゴメンだ……アリシア、せめて最期はきみの腕の中で迎えたかったけどな……」


 先に床に伏したナスターシャを看取りながら、ミューアも膝を折った……






 時は少しだけ戻り、まだミューアがナスターシャと激闘を繰り広げていた時の事である。

 アリシアとピオニエーレもまた壮絶な射撃の応酬で相手を撃墜しようと、本気の殺し合いをエルフ村上空で演じていた。

 だが体内の魔力残量の観点から、飛行しながらの長時間に渡る撃ち合いは不可能である。どちらかが先に魔力切れを起こして墜落するのがオチだ。


「こんな事をして、皆を従えさせるなど!」


「アリシア・パーシヴァル! わたしの才覚は本物なのですから、わたしに従えば雑種共は平和を享受できると、これがなんで分からんのですか! ハイエルフの真価を示すには最高のやり方でしょうが、コレが!」


「そういうやり方では同意を得られないと織り込み済みでいてもらわないと困ります! 守るべき力の使い方を間違えているのですから!」


「下賤なバカには決定的な違いを見せなきゃならんでしょうが!」


「ダメなんですよ! そういう言い方でしかモノを言えないから敵を作ると理解できないアナタの思考が全てを不幸にする!」


 アリシアはピオニエーレの魔力チャージを目にしつつ、先に矢を叩きこもうと魔弓を差し向ける。

 

「ピオニエーレ…アナタだけは!」


 メガ・アロー・ランチャーからハイスピードで矢が発射され、それと同時にピオニエーレも魔弾を放つ。


「ぶつかった…!? うわっ!」


 二人の砲撃は正面から衝突した。魔力の塊同士が直撃したせいで強烈なエネルギーに転じ、爆薬が炸裂したかのような爆発が発生する。

 爆発は巨大な火球となって、激しい衝撃波が周囲を襲った。


「けれども!」


 後ろに弾かれたアリシアだが、まだ翼のコントロールは失っていない。

 かろうじて姿勢制御を行い、ピオニエーレを探す。


「敵はまだ立て直していない。そうであるのならば!」


 まだピオニエーレは平衡感覚を取り戻せていない。今こそ、トドメを刺すチャンスだ。

 大技とまではいかずとも、一撃必殺の勢いで魔力の矢を形成し、


「これで全ての悲劇を終わらせます!」


 アリシアの叫びと同時に矢が飛翔していく。爆発の影響で多少進路にブレが生じるが、脳波コントロールによって修正されてピオニエーレを目指す。


「うぐぁあ!? バ、バカな…!!」


 空中で溺れるようにもがくピオニエーレの脇腹を矢が抉る。強い衝撃で再びフッ飛ばされて、翼で浮上することもなく地面に向かって真っ逆さまに落ちていった。

 

「倒した…?」


 アリシアは墜落していく宿敵を追い、生死を確かめようとするが、


「えっ…? ミューアさんが…?」


 グライフィオスの塔内部、精製炉に開いた大穴の中でギラリと光る何かが見えて、そちらに視線を移す。

 それは、丁度ミューアとナスターシャの決着が付いた瞬間であった。ナスターシャが倒れ、ミューアも糸の切れた人形のように崩れ落ちていく。


「ミューアさん!!」


 もはやアリシアの脳内にはピオニエーレなど存在せず、ミューアだけが思考の全てを支配していた。大切な、大好きなパートナーが今まさに死を迎えようとしているとなれば仕方がないだろう。

 すぐさま引き返すアリシア。大穴から精製炉に飛び込み、ミューアを抱き起す。


「ミューアさん、しっかりしてください!」


「アリシアか…? よかった……死ぬ前にもう一度会えて……」


「何を言っているんです! 死ぬなんて…ダメですよ!」


 ぐったりとするミューアは息も絶え絶えだ。もう彼女の余命は幾ばくも無いと誰が見ても分かる。


「ありがとう、アリシア……アタシと出会ってくれて……マジで大好きだよ」


「私だって! かけがえのない存在なんです、ミューアさんは」


「そう言ってもらえるだけで幸せだ……」


「だから、死なせません!!」

 

 この絶望的な状況でも、アリシアは諦めていなかった。

 腰のサイドバッグに手を回し、中から一つの結晶体を取り出す。


「それは…?」


「私とミューアさんで作ったエルフの秘薬ですよ。これが最後の一個、今こそ有効に使うべき時です!」


 アリシアが魔物の襲撃で死にかけた時、ミューアがエルフの秘薬を使ってくれたことで一命を取り留めた。その後は旅の途中で幾つか作ったのだが、ルマーカスラグ戦などでも消費しており、今の手持ちはコレで終わりである。

 そのラスト一個の秘薬を起動し、アリシアはミューアの傷口に塗りこんでいく。

 果たして……


         -続く-

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