重なる鼓動、結ばれた想い
宿の部屋にてアリシアと二人っきりになったミューアは、鼓動の高鳴りを感じながら彼女の隣に腰かける。肌と肌が触れ合いそうなほどに近く、甘い香りが鼻孔をくすぐって理性を保つので精一杯だ。
「なぁ、アリシア……ピオニエーレやナスターシャに何もされなかったか?」
アリシアは数日間監禁状態にあって、その間の出来事がミューアは気になっていた。もしかしたら酷い扱いを受けていたかもしれず、アリシアのメンタルに悪い影響があるかもしれないのだ。
そうであるならば、明日の戦いに無理にアリシアを参加させずに休ませるのも選択肢としてあり得る。
「えっと、まぁその……」
「何かされたのか?」
「ナスターシャさんに……何度か暴行を受けました」
「あのクソアマ!!」
ピオニエーレの命令に反抗した時などに、アリシアはナスターシャから殴る蹴るといった暴力を受けた。その時の痛みは今でも思い出せるほどに苛烈で、少々トラウマのようになっているようだ。
この事を聞いたミューアは激昂し、さっきまでのドギマギとした感情が吹っ飛んで悪態をついている。
「あの方に指輪も奪われまして……ごめんなさい、せっかくのお揃いの物だったのに」
ディガーマでペアルックとして購入した桃色の指輪はアリシアの指には無い。計ってもないのに二人の指のサイズに丁度合うという奇蹟的な物で、かなり気に入っていたのだが、ナスターシャによって外されてしまったのだ。
先日まで指輪がはめられていたアリシアの薬指に手を添えつつ、ミューアは完全なる敵となったナスターシャの討伐を誓う。
「選定戦の時、あたしは姉を殺すのを躊躇ってしまった。けれど、もう迷いは無い。エルフリード家の血を引く一人として決着を付ける」
「無茶はしないでくださいね……ミューアさんがいなくなってしまうなんて耐えられませんから……」
憂いを帯びた表情のアリシアがミューアに身を寄せる。空気すら二人の間に挟まることなど不可能なほどに密着し、体温が混ざり合っていく。
「ミューアさんと離れ離れになって気が付いたんです。私にとって、ミューアさんがどれほど大切な存在かということに。いつも一緒なのが当たり前のように思っていたから……でも、それは当たり前なんかじゃなくて……」
いつだってミューアが隣にいてくれた。これを当然のように感じていたが、離別の瞬間は突如訪れるのだと認識させられ、ミューアのいない世界を想像するだけで恐怖に苛まれてしまっていた。
「ずっと心細かった。だから、あなたにまた会えた時は本当に嬉しかったんです。もう二度と離れたくない……ずっとずっと、あなたと生きていきたい」
潤む瞳のアリシアは、弱った子猫のようにミューアに縋りつく。ナスターシャらによって引き裂かれていた間、よほど恋しく感じていたのだろう。
離れたくない、放したくないという強い感情が溢れ出し、ミューアもまたアリシアの気持ちを受け入れる。というより、ミューアだってアリシアへの想いは誰にも負けていないと自負しているし、ここで受け入れないなどの選択肢は無い。
「大好きです。誰よりも、何よりも」
以前、シーカールの宿でもアリシアは”好き”という言葉をミューアに対して口にしたことがある。だが、その時のミューアは眠っていて、聞いていたわけではなかった。
しかし、今回は違う。明確に、確実にミューアの意識の中に溶け込んでいく。
「アリシア…ッ!」
ミューアもまた感情を爆発させる。この状況で冷静さを保ち続けろというのは不可能で、アリシアの正面から両肩を掴み、そのままベッドへと押し倒す。
仰向けになったアリシアは全身から力を抜く。服が乱れてはだけてしまったが、まったく気にしておらず、窓から差す月明かりに照らされて軽く頬を染め上げるだけだ。
「あたしだって……アリシアが好きだ。手放したくないし、誰にも渡したくない」
そんなアリシアの服のボタンを外していくミューア。胸元から一つ、また一つと解いていき、ついに上半身が完全に露わになった。
柔らかく、透き通るような素肌は芸術のような美しさで、触れれば壊れてしまいそうだ。
だからこそ、穢し、汚したくなるという黒い欲望を掻き立てる。誰の侵入をも許していない聖域のようなフィールドを、自分だけの物にして踏み荒らす背徳感……
ミューアは大切なエルフの瞳を見つめつつ、ゆっくりと手を彼女の身体に這わせていく。
「あたしはダークエルフだからな、自分の欲に忠実に生きる。アリシアはあたしだけのものにする」
「いいですよ。私の全部、ミューアさんにあげます」
誘うようにアリシアもミューアの頬を優しく撫で上げた。普段の清楚なアリシアとは大違いで、淫靡な手つきは愛撫そのものである。
純粋な感情が交錯し、一つへと重なっていった。
熱い吐息と、軋むベッドの音が部屋に響く……
この夜、アリシアとミューアは互いの存在以外の全てを忘れ、世界がまるで二人きりだと錯覚するような時間を過ごした。
相手の気持ちを確かめ合い、誰の介在も許さない確固たる絆は更に深まっていったのだった。
翌朝、朝陽を眩しく感じながらミューアは目を覚ます。
ベルギットにはキチンと休息を取るように言われたが、昨晩は休む暇など無く、どれくらいの睡眠を取れたのか自分でも分からなかった。
しかし心は晴れやかで、身体もスッキリとして最良な癒しを浴びた後のような感覚である。
「アリシアは……まだ寝てるか」
ミューアの腕に抱き着いたまま、アリシアは静かに寝息を立てていた。彼女の豊かに実った胸に腕が挟まれていて、信じられないくらいに極上な感触をミューアは堪能する。
「そうか……あたしはアリシアを……」
二人共に一糸も纏わぬ裸の状態で、近くには脱ぎ散らかされた衣服が落ちている。ちゃんと畳むような余裕など無かったためで、真夜中にナニがあったか想像するのは難しくない。
「うみゅ……」
ミューアが昨晩の出来事を想起している中、アリシアが可愛らしい声を上げながら目をこする。眩しい太陽光と、ミューアの独り言で目を覚ましたらしい。
「起きた?」
顔を近づけ、耳元に囁くように声を掛けた。その声色は、まるで恋人に向けるもののようで、アリシアはビクンと身体を震わせながら小さく頷く。
この反応にミューアは背筋がゾクゾクとする。またしても理性が壊れ果ててしまいそうだった。
「はわわ……そんなに見つめられたら恥ずかしいですよぅ」
耳元から少し離れたミューアに全身を舐めるように見られていることに赤面し、アリシアは慌てて胸や股を手で隠す。それが尚更に煽情的であるとは当人は気が付いていない。
「ふふ、今更隠さなくてもいいじゃん」
「で、でもその……」
「そういうトコロも可愛いよ」
ミューアはアリシアの頭を撫でてからベッドを降りる。今日がピオニエーレやナスターシャとの決戦の日でなければアリシアともっと一緒にいたかったのだが、現実は残酷なもので準備を進めなければならない。
後ろ髪引かれる思いをしながらも、散らばった服を集めて身に纏う。
「なぁ、あのさ……また、こうやって……」
「えへへ、いいですよ。私も…ミューアさんとずっとイチャイチャしていたいですから」
愛らしい笑顔を向けるアリシアは天使そのもののようで、ミューアも口角を上げながら頷く。
もう一度アリシアの全てを味わうためにも、今日こそ宿敵達との因縁に決着を付けてみせると誓うのであった。
アリシアとミューアは部屋を出て宿のエントランスに降りる。ここでタチアナ達と合流し、公民館へと向かう手筈となっていた。
「あらぁ、ようやくの起床ねぇ」
「すまない。少々遅れてしまったな」
先に来ていたタチアナとルトルーは準備を済ませていて、エントランスの小さなテーブルを囲んでいる。既に朝食も食べ終え、古代書物を読みながら時間を潰していたようだ。
ミューアは栄養ドリンクをタチアナから受け取りつつ、その隣に座る。
「アリシアちゃんとの夜はどうだったのかしらぁ?」
「フ……最高の一晩を過ごせたぜ」
「うっ……やっぱりお楽しみになったのねぇ……アナタとアリシアちゃんの肌ツヤが良いのを見れば分かるけどぉ」
いわゆる幸福ホルモンと呼ばれる物質は、極楽や快感を感じると分泌され、血流や肌が活性化して高い美肌効果を発生させる。
つまり、昨日に比べて明らかに肌がツヤツヤになっているアリシアとミューアは、共に強い幸福状態にあったのだと推測できるのだ。
タチアナは血涙を流しそうな勢いで嗚咽を漏らすが、しかしアリシアが幸せならばと強引に心を納得させている。
「それより、いよいよだな」
「そ、そうねぇ……アリシアちゃんのためにも決着を付けましょう」
「あぁ。村をヤツらから取り戻す」
まだ眠気を漂わせてポワポワしているアリシアを見つめつつ、ミューアは気持ちを切り替えて栄養ドリンクを飲み干すのであった。
-続く-




