覚醒の時、もう一人のハイエルフ
グライフィオスのコントロールルームから脱出したアリシアは、廊下と階段を駆け抜けて下の階へと向かう。このまま逃げ出したいところではあるが、すぐにナスターシャとピオニエーレの追撃が始まり、身体能力の差を考えると追いつかれるのは時間の問題だ。
「こうなれば動力を断つ!」
運よく外に出られてもティタン・ゴーレムに囲まれて捕獲され、どちらにせよ連れ戻されてしまうだろう。
となればグライフィオスを破壊し、ピオニエーレ達の野望を完全に阻止する方が先決だ。そんな事をすればアリシアの命は無いと分かっているが、例え死んだとしても仲間や人間族を危険に晒すわけにはいかない。
「待て、アリシア・パーシヴァル!」
「待ちません!」
階段を降りたアリシアは近くにあった扉を蹴破った。その扉の上のプレートには”魔力精製炉”と古代文字で記されていて、ここで施設のメインエネルギーとなる魔力を作っている。
この炉が設置された部屋こそがアリシアの目的地であり、動力源を破壊して強制的に施設を無力化しようと考えたのだ。
「ン? この柱のような魔結晶が魔力を蓄えている…?」
広大な部屋には円柱のような形状に加工された魔結晶が四本佇立している。全高五メートルほどで、幅は三メートルはあるだろうか。
それら魔結晶の柱が魔力を作り出して貯蔵していると推測したアリシアは、黄金の魔弓ことメガ・アロー・ランチャーを構え、矢を装填して狙いを定めた。
「魔結晶を破壊させるわけにはいきません!」
追って来たピオニエーレはアリシアの意図を瞬時に理解して、今まさに射撃せんとすアリシアに対してタックルを仕掛ける。武器でアリシアを殺害することも充分に可能ではあったものの、グライフィオスをコントロールするためには必要不可欠な存在なので命までは奪えないのだ。
「くっ…!」
側面からタックルを受けたアリシアは姿勢を崩されてしまうが、床に倒れ込む前に矢を放ってみせた。この咄嗟の判断と行動は激戦をくぐり抜けてきたからこそで、初期の頃のアリシアであったらただ倒れて終わりだっただろう。
しかし、完全に狙いが狂った状態で、矢はまるで見当違いな方向に飛んでいく。
「けれども、私の矢は軌道を変えられるんです!」
それでも諦めないアリシアは、転倒しながらも必死に脳内で矢を制御する。天井に向かうように見えた矢は弧を描くように動き、魔結晶の柱の一本を直撃するコースを取った。
「小賢しいヤツめ…!」
ナスターシャとピオニエーレが矢を阻止する隙は無く、アリシアの目論見通りに柱を打ち砕く。内部に充填されていた魔力が暴発し、衝撃波と共に周囲に撒き散らされた。
「うわっ!!」
室内は激しく振動していくつかの照明機器が破損する。アリシアはその破片を避けながらも魔力の奔流に巻き込まれ、彼女の軽い体は壁際まで吹き飛ばされていく。
これはナスターシャとピオニエーレも同じで、アリシアから少し離れた位置で倒れていた。
「グライフィオスは!?」
ようやく揺れが収まった後、アリシアは周囲の状況を確認する。この爆発的な現象でグライフィオスそのものが崩壊することを願ったが、残念ながら施設は頑強で崩れる様子は無い。
しかも、残る三本の魔結晶の柱も健在で、機能を喪失せずに鈍い輝きを放っている。
「もう三本も壊してしまえば……うっ、頭が痛い…!」
他の柱も同じように破壊しようと、立ち上がって魔弓を構えようとした。
だが、突如鋭い頭痛に襲われて目眩を起こしてしまう。最初にメガ・アロー・ランチャーを使った時と似たような痛みで、まともに立っていることすら難しい。
アリシアは膝を付いてしまい、武器も落としてしまった。
「か、体が熱くて…なに!?」
視界が揺らぐ中、全身が炎に包まれたかのような錯覚を覚えるアリシア。動悸も激しくなり、苦しそうに荒い呼吸で酸素を求めている。
いよいよ死期が迫っているのかとアリシアは恐怖を感じるが、実はそうではなかった。彼女の身体に起こっている異変は、決してマイナスなものではない。
「こ、これは? 光の翼!?」
なんと、アリシアの背中から天使のような輝く翼が生えていたのだ。これは魔力によって形成された半実体のもので衣服を貫通している。
「ハイエルフは翼を生やせるとルトルーさんが言っていたのは真実だったんですね」
古代書物にはハイエルフの特徴として魔力の翼があると記されていた。今のアリシアの状態はまさに情報通りで、普通のエルフと違う特殊な存在であることは疑いようもない。
しかし、何故急に翼が出現したのかアリシアには理解できなかった。暴発したグライフィオスの魔力を浴びたためであろうと推測は出来るが、今は原因を究明している場合ではなく、残る三本の魔結晶の柱を破壊を行おうと立ち上がった。
「わ、笑い声…?」
魔弓を拾い上げて攻撃を行おうとした瞬間、遠くから奇怪な笑い声が聞こえてアリシアは身構える。
すると、視界の先で光が瞬いたのが見えた。
「ピオニエーレにも翼が!?」
信じがたい光景にアリシアは再び驚愕する。
なんと、ピオニエーレにも魔力の翼が生えていたのだ。黒マントと共に靡いて、アリシアを威圧するようにバッと広がる。
「ふふふふふふ……選ばれし存在はアナタだけではなかったということですよ。最初に気がつくべきだった……世界樹の枝を扱えた時点でね」
ピオニエーレは世界樹の枝を使って魔物を支配下に置くなどの術を行使出来たが、ナスターシャには同じ事は出来なかった。これは、単にナスターシャにセンスが無かったからではなく、そもそも普通のエルフでは扱えない代物であったからなのだ。
実際にナスターシャに翼は無く、倒れたまま顔だけを上げている。
「まさかわたしもハイエルフだったとは正直驚きではありますが、最高に気分が良いですよ。これでアナタなしでもグライフィオスは動かせますからね」
「でも、どうして突然このような現象が…?」
「グライフィオスが精製する魔力はハイエルフと同質なものなのでしょう。その魔力を大量に浴びたせいで、肉体が強制的に覚醒を促されたのですよ。全身に力が湧き上がる感覚をアナタも感じているでしょう?」
上機嫌に返答するピオニエーレは子供のような無邪気さすら感じさせる。相当に気分が高揚していて、だからこそ恨むべきアリシアに自身らに起きた現象を説明しているのだ。
「我々は覚醒したことで真のハイエルフとなったのです。さぁ、新たな時代をわたしと共に始めようではありませんか、アリシア・パーシヴァル」
「その誘いはお断りさせていただきます。アナタと手を組む気などありません!」
「ならハイエルフは一人でいい……アナタには消えてもらいますよ」
自分を拒絶する相手を生かしておく道理などなく、ピオニエーレは右手に剣を携えてアリシアに吶喊した。しかも、翼を自在に操っていて、床を駆けるのではなく飛翔してきたのだ。
「やられるわけには!」
対するアリシアも翼をはためかせる。完全ではないが扱い方は脳が理解をしていて、横にスライドするように回避をしてみせた。
「ふん! 避けたからと調子に乗られては困りますな!」
戦闘中なのに楽しそうなピオニエーレ。新たなる力を試せることが嬉しく、ある種の万能感のような感覚でいるらしい。
逃げるアリシアを狙うピオニエーレは左手に杖を装備する。そして、狙いを定めて強力な魔弾を発射した。
「なんて強力な魔弾!?」
張り切るピオニエーレが放った魔弾は、通常よりも大きな火球であった。杖の耐久限界ギリギリまで魔力をチャージし、直径二メートルにも及ぶ球を形成したのである。
アリシアはビビりつつも、背中の翼を上手く駆使して射線上から退避に成功した。ピオニエーレの持つ杖は通常の武器で、メガ・アロー・ランチャーのような誘導機能は無く、アリシアを掠めて金属の壁に直撃する。
その攻撃が着弾した瞬間、凝縮された魔力が爆発に転じて壁が破壊された。いくつもの破片が飛び散り、爆煙も立ち昇っている。
「あの穴からならば脱出もできそうです!」
ピオニエーレに破壊された壁には大穴が開き、外へと通じる脱出口として活用できそうだとアリシアは判断する。
そして、追撃が来る前に穴からアリシアは飛び出す。
「しまった…逃がすものですか!」
これは失態だとピオニエーレはアリシアの後を追う。ハイエルフであるアリシアは、今となってはピオニエーレの最大の障害だ。このまま彼女を逃がしてしまっては思わぬところで足を引っ張られてしまうだろう。
大空に躍り出る二人のハイエルフは、空中戦へと移行していく。
-続く-




