ナスターシャがダークエルフに堕ちた理由
ピオニエーレ一派によるグライフィオス制圧から四日経ち、昏睡状態に陥っていたミューアがようやく目を覚ました。体のダメージ自体は秘薬によって回復していたのだが、負傷した際の激痛によるショックで意識障害が発生し、完全な治癒までには時間が掛かったのだ。
「ここは…?」
まだ少し視界が揺らぐ中、周囲を確認するミューアは既視感のような感覚を覚える。自分が寝ているベッドも、付近に置かれた家財道具類も見覚えのある物ばかりだ。
「スティッグミの宿屋か。アタシが前に使っていた……」
アリシアと出会う前、傭兵として活動していたミューアはスティッグミの街を活動拠点の一つとしていて、この宿にも何度もお世話になっていた。エルフ村の惨劇の後にアリシアと立ち寄ったこともあり、ミューアにとって思い出深い場所である。
ゆっくりと上体を起こした直後、部屋の扉が開いてタチアナとルトルーが顔を覗かせた。
「あらぁ、目が覚めたのねぇ! もう四日も眠っていたのよぉ?」
「そんなに経っていたのか……アリシアはどうした?」
仲間が集うがアリシアの姿は無い。ミューアの記憶は魔結晶爆弾が炸裂した時点で途切れているので、その後の出来事を一切把握していないのだ。
問いかけられたルトルーは悔しそうな表情をしつつ口を開く。
「アリシアお姉様は……ピオニエーレとナスターシャに攫われてしまったのデス」
「なんだとッ!? ナスターシャ・エルフリード…!」
沸騰するように怒りが急激に湧き上がり、ミューアはベッドから勢いよく立ち上がる。ピオニエーレもそうだが、実の姉であるナスターシャはもっと許せず、思わずその名を叫んだ。
「ヤツらはドコにいる!?」
「エルフ村を占拠しているデスが……」
「ならば今すぐに向かうしかないだろ!!」
ベッド横に置いてあった剣を握り、ミューアは開いていた窓から外に飛び出す。アリシアがピンチなのに黙っているなど、そんな選択肢はミューアには存在しない。
しかし、体調がまだ万全でなかったため、地面に降り立った直後によろめき膝を付いてしまう。
「無茶はいけないわぁ。部屋に戻って安静にしていないとぉ……」
「バカ言うな! アリシアなんだぞ!」
「分かっているわ」
タチアナとてミューアを心配する気持ちはあるので、真剣な眼差しと口調で制止した。
だが、それで止まるミューアではない。強引にでも村を目指そうと足に力を籠める。
「オマエとてアリシアが大切なんじゃないのかよ!!」
「大切に想うからこそ、今は策を考えなければならないの」
「強引に突っ込んで敵は叩き潰せばいいだろうが!!」
「……現実を見せてあげる」
タチアナはミューアを背負い上げ、宿の屋根へと大きくジャンプした。二階分の高さを軽々と跳べるのは流石エルフの高い身体能力だが、着目するべきはそこではない。
「アレを見て欲しいの」
「なんだ…? エルフの村から塔が生えたのか!?」
スティッグミから程近い広大な森、その中心部に巨大な塔が立っている。深緑から突き出すように見える白銀の塔は異質で、ミューアは驚愕の表情を浮かべて威圧感を感じていた。
「なんだってんだよ、アレは?」
よく観察してみると、塔は裾を広げるように中層から下層にかけて膨らみ、さながらドレスのようにも見える。しかも、大口径の筒が側面から生えていて、腕を横に伸ばす巨人のような様相だ。
「さぁ……でも、まさか村にあんな建造物があるなんて……」
タチアナだけでなくルトルーにも塔の詳細は分からず、古代の書物にはグライフィオスの名前こそ記載はあれど、形状については一切書かれていないのだから仕方がない。
「しかも、あの周りにピオニエーレが指揮するゴーレム型の魔道兵器が多数配置されているデス」
「そのゴーレムは強いのか?」
「敵がティタン・ゴーレムと呼ぶソレは、ベルギットさんや騎士の皆さんでも苦戦する相手デス……」
「そうか……」
ベルギットはミューアと互角以上の戦闘力を持つ戦士だ。その彼女が苦戦し撤退を選ぶのだから、よほど強力な兵器なのだと推定できる。
「おーい。そんなところにいたのか」
と、丁度よくベルギットが宿の手前から声を掛けてきた。宿の屋上に陣取っていたエルフ達はグライフィオスの観測を終えて地面へと降りる。
「ミューア、キミが意識を取り戻したのは幸いだ。今後の戦いではキミの力も必ず必要になるからな」
「今後の戦い? どうするんだ? 村に攻め込むのは困難だとタチアナから聞いたケド?」
「ああ。今の我々ではどうしようもない。そこでな、部下をビロウレイ王国内の各街や村に派遣して、援軍を要請しているんだ」
「援軍を?」
「多くの戦力が必要だからな。友軍を動員し、数で押し込むしかない」
ベルギットは騎士隊の部下を王都の他、ビロウレイ領土内の街や村に派遣して戦力を掻き集める事にしたのだ。少しでも味方を増やせれば、あのティタン・ゴーレムの軍勢にも一泡吹かせられるだろう。
「もう間もなくスティッグミに増援が集結する。そうしたら、エルフ村を解放するべく進軍するんだ」
「なるほどな。アタシ達も頑張るよ」
「頼む。でな、キミ達には本番の戦闘前にお願いしたい任務がある」
「どんな?」
「偵察さ。村の近くまで接近し、内部の現状がどうなっているか確認をしてほしい。ここからでは塔は確認できるが、ゴーレムがどれほどの数が居るのか不明なんだ」
ティタン・ゴーレムの総数や、配置状況を明確に知っている方が戦いもやり易くなるハズだ。敵の状況を知らないままでは、有効な作戦を立案するのは無理な話である。
ミューアはベルギットの提案に頷き、早速と村に赴こうとするが、
「待て、慌てるな」
「やるなら早い方がいいだろ?」
「そりゃそうだが、キミはまず食事を取ったほうがいい。四日以上何も口にしていないのでは、偵察とはいえ完遂できんぞ」
食事を数日間摂らなくても特に問題ないミューアだが、とはいえ肝心な作戦を遂行するためには万全でなければならない。
ひとまず宿の食事を貰うことにし、一旦引き返すミューア。ベルギットのおかげで反撃の希望も出来て、来たるべき決戦に向けて準備を進めることにするのであった。
ミューアが目を覚ました頃、アリシアはグライフィオスのコントロールセンターで軟禁されたまま成り行きを見守っていた。手首を縄でキツく縛られているうえ、武器は取り上げられて部屋の入口近くに置かれているので反撃の手段はない。
「ナスターシャさん、アナタは何故ピオニエーレと手を組んだんですか?」
ピオニエーレが施設内を探索するために離れていたため、今はナスターシャと二人きりで、アリシアは気になっていたことを訊いてみる。もしかしたら、まだ話し合える余地があるかもしれないと考えていたのだ。
「アンタは族長家での選定戦を知っているか?」
「あ、はい。ミューアさんに教えてもらったので……」
「なら、ミューアが家出した時の出来事も?」
コクンと頷くアリシア。ナスターシャさんが負けたんですよね、なんて言ったらまたボコボコにされるかもしれないので、今は無言という選択肢がベストであろう。
「アイツに負けてあたしのプライドはズタズタになった……しかも、それだけじゃない。母上は、家出をしたミューアを密かに連れ戻すようにあたしに命じたんだ!」
「ミューアさんを…?」
「ヤツは掟に背いた時点でダークエルフになるハズだ。しかし、母上は選定戦を一時中断状態とし、ミューアについても臨時の遠征に派遣したという体裁にして家出扱いにしなかった。つまり、母上の采配によってミューアは掟を破っていない事とされたのさ」
掟を破ってダークエルフとなれば永久追放処分となり、二度と村に復帰出来なくなる。そこで、族長は裏技のようなやり方でミューアを守ろうと画策したらしい。
「あたしは母上を問いたださずにはいられなかった。何故ミューアを無理矢理にも庇うのかと」
「族長さんはなんと?」
「母上はミューアを次期族長の本命としていたんだ。あたしや他の姉妹のように権力に固執する気もなく、しかも強いからと……バカバカしい話だよ。選定戦は、いわば出来レースのようにしか考えていないというんだから」
族長はミューアを次期族長に祀り上げる気でいて、選定戦は形式的なものに過ぎなかったのだ。ミューアが勝つことは織り込み済みで、掟によって仕方なく開催したのかもしれない。
「あたしはミューアの強さを証明するための踏み台にしかならない。そんなのは耐えられなかったんだよ。憎悪の炎が心で燃え盛るという感覚を、あの時初めて味わった……」
その時点でナスターシャの心は壊れてしまったのだろう。もはや族長になる道さえ断たれてしまい、何もかもがどうでもよくなってしまったのだ。
これは、エルフ族の特殊な風習によって引き起こされた悲劇と言える。だが、同情はすれど擁護のしようはない。彼女が他のエルフを不幸にする権利など絶対に無いのだから。
アリシアは、なんと言葉を返していいのか困りつつ、ナスターシャの話の続きに耳を傾けるのであった。
-続く-




