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再びのピオニエーレと、もう一人の裏切り者

 遺跡の本格的な調査を明日に控え、ルトルーはデボラから預かった古代書物を熱心に読み込んでいた。現状で太古の文字を解読できるのはルトルーのみであり、何かグライフィオスや遺跡に関する情報が載っていないか探しているのである。

 

「はえ~……グライフィオスはハイエルフと呼ばれる種族によって運用されていたみたいデス」


「なんです?」


 ハイエルフという単語にアリシアは聞き覚えが無かったが、自分達エルフ族と何かしら関係があることは分かる。

 ルトルーの隣に座り、彼女の持つ本に記された全く読み取れない文字の羅列を目で追った。


「うーんと……ハイエルフとは、わたし達エルフ族の生みの親ともいうべき上位種のようデス。昔はハイエルフ達の指揮のもと、配下のエルフ族が戦っていたのデス」


「今では見かけませんね、ハイエルフ」


「千年以上も前のことデスので、もう絶滅してしまったのか、区別が無くなってエルフ族という一つの種族として統合されたのかもデス」


 千年もあれば生態系も大きく変動するものだし、上位の種族だからと安寧が待っているとは限らない。むしろ、下級だとか虫ケラと普段はバカにされている種の方が大量絶滅を乗り切った例もある。


「でも、何が違うのでしょうか? 私達とハイエルフは」


「えーと、ハイエルフは魔力の翼を展開し、飛行する特殊能力があったようデス」


「飛べるんですか!? まるで天使族のようですね」


 アリシアには翼を生やす力などないので、残念ながらハイエルフではないらしい。これはミューアやルトルーも同じで、彼女達も一般エルフということなのだろう。


「空を飛べるというのは羨ましいと思います。村の外に出てみて世界はとても広いと理解しましたし、そんな世界を飛び回れたら楽しいだろうなって」


「ろまんちっくデス。地面からじゃ見られない、様々な絶景や秘境を見つける事が出来そうデス」


 空を飛べれば魔物との戦いも少し有利になるかもしれない。特にアリシアは遠距離攻撃を行うので、近接戦を主体とする敵なら上から一方的な射撃で制圧も可能となる。


「どれほどの飛行性能なのでしょうね? 魔力の翼というのは」


 話を聞いていたデボラもまたルトルーの背後から書物を覗き込む。彼女もアリシア達の同胞であるエルフ族なので、過去の上位種について関心があるようだ。


「そこまでは分からないデス。もっとページが残っていたら記載されていたかもデスが……」


 あまりに古い書物のために劣化で欠落ページが多く、読める範囲も限られている。もしかしたら、その欠落部に詳細なスペックが書かれていた可能性もあるが、修復は不可能なのでどうしようもない。


「グライフィオスは、ハイエルフでなければ使えないとかって有り得ますかね?」


 額に手を当てて考え込むデボラ。ハイエルフが運用していたのなら、彼女達でしか扱えないのではという懸念を持つのは当然だ。そうなれば、もしグライフィオスを発見できてもアリシア達では宝の持ち腐れとなってしまう。


「どうでしょうか……それに、グライフィオスの起動に必要な世界樹の枝はピオニエーレに奪われたままです。まずは世界樹の枝を取り戻さないとなりません」


「まぁ確かに……」


 世界樹の枝によって起動するのがグライフィオスであり、枝の奪還も重要な課題だ。両方が揃ってこそ、真のポテンシャルを発揮できるのである。

 デボラは少し黙り込んだ後、ポンと手を叩いて立ち上がった。


「ちょっと外の空気を吸ってきます。お花摘みにも行きたいので……」


「お一人で大丈夫ですか? 私もお供しましょうか?」


「い、いえ…トイレは一人でしたいものですし……」


「そ、そうですよね! いえ、変な意味は無いんですよ! 夜の外は危険ですから……魔物もそうですが、人攫いをする物騒な集団とかと遭遇する可能性もあるので……」


 トイレに一緒に行きたいなど変質者と思われたかとアリシアは焦るが、これはキチンと心配した上での言動だ。以前のトイレ中にブルーデプスに襲われた経験は忘れられるものではなく、未だにトラウマとして心に残っていて、だからこそデボラを一人で行かせるのが不安だった。


「外には警備として騎士や兵もいるのですから、そう心配はいりませんよ。一応武器などは持って行きますけどね」


 デボラは小さなリュックを背負い、遺跡の外へと出ていく。

 確かにベルギットや王国の兵士が警戒態勢を整えているので大丈夫かと、アリシアはデボラを見送ってルトルーの書物解析に付き合うのであった。






 遺跡から出たデボラは、兵士達の視界に入らないよう身を隠しながら移動し、遺跡近くに茂っている森林地帯に入っていく。周辺の荒野を侵食するように拡大する樹木の群れは逞しく、いずれは遺跡そのものを呑み込む規模にもなるだろう。

 そんな自然環境に足を踏み入れたデボラは肺一杯に空気を吸い込む。


「魔物のニオイがキツい遺跡で寝るなど御免被りたいところですねぇ。まぁ、だからこそ今夜の内に仕掛けたい気持ちがあるわけですがね」


 夜虫が鳴く中での独り言は、しかし聞いている者がいた。

 背の高い木の、太い枝に寝そべる一つの影。その耳は長く、デボラの言葉にピクッと反応を示す。


「どうなんだ? あの遺跡は?」


 ゆっくりとした動作で起き上がり、枝から地面へと飛び降りてデボラの正面に立った。

 その容姿はどこかミューアに似ていて、強気な鋭い眼がギラッと月明かりを反射する。


「さて、まだ詳しくは見て回ってないですからねぇ。でも収穫はありましたよ。例えば、エルフの雷と呼ばれる武器の真名はグライフィオスとかね」


「へぇ。グライフィオス……母上からも聞いた事の無い名前だ」


「そして、アナタにとってはもっと面白いことも」


「もったいぶってないで教えろよ」


「アナタの妹……ミューア・エルフリードが生きていたという事実ですよ」


「なんだと!?」


 ミューアの名前を聞いて動揺を隠せないようだ。動悸が激しくなったのか、先程まで落ち着いていた呼吸が乱れて唇を噛みしめている。

 そのエルフはデボラに詰め寄り、ミューアについて更に問いただす。


「ミューアだと…? 本当に本人なのか?」


「間違いないと思います。わたしはエルフリード家にいた頃のミューアとは会ったことがありませんが、話に聞いた分にはね……今はミューア・イェーガーと名を変えているみたいですよ。まぁ、アナタが直接確認すればいいのですよ。実の姉であるナスターシャ・エルフリードが」


「チッ……いまいましいヤツめ……またしても邪魔をするというのか…!」


 ナスターシャと呼ばれたエルフは、背負っていた刀を振り抜いて一本の樹を切り倒した。相当な怒りを覚えているようで、感情のままに切断した樹を更に細切れにする。

 彼女はかつてミューアと族長選定戦で戦った姉であり、ミューアが語った回想に登場した人物だ。何やら企んでいる様子で、デボラとも協力関係にあるらしい。


「ミューアのせいで、あたしが族長になれる機会は失われた。あんな小娘如きが…あたしよりも優れているなど!」


「その過去を払拭する時が来たんですよ。どの道、ヤツらは我々の障害となる。ここで駆逐し、グライフィオスは絶対に渡さないためにも」


「そうだな。頼むぞ、デボラ……いや、ピオニエーレ」


 不敵な笑みを浮かべるデボラは、リュックの中から仮面を取り出した。それはピオニエーレが着用していた白く面妖なデザインと同一の物である。

 そう、何を隠そうデボラこそがピオニエーレだったのだ。普段はエルフの外交官という身分でカモフラージュしているが、彼女の裏の顔は極悪非道のダークエルフであった。


「いやぁ、仮面にベールを付け足しておいて正解でした。これで髪型も完璧に隠せますし、奴らに正体を看破されることもないでしょう。用心して声を出さないようにするべきでしょうがね」


 仮面の上部には真っ黒いベールが追加されていて、頭部全体を覆い隠すことが出来る。これで容姿でバレるリスクは大きく減らせるだろう。

 デボラは仮面を被り、ピオニエーレに変貌する。同族を裏切った最悪なる戦士へと。


「どうです、位置はズレていません?」


 仮面の裏からくぐもった声を出してナスターシャに確認する。デボラ時よりも数段低く聞こえるため一応は別人のように思え、だからこそピオニエーレと交戦したアリシアはデボラの声と同じだと判別できなかったのだ。エルフ族は耳が良い種族なのだが、それを欺けるレベルで違っているのである。


「問題ない。さぁ、準備はいいな?」


「はい。行きましょう」


 ピオニエーレは黒いマントも羽織って服装を隠し、完全に姿を変えた。

 そして、二人は遺跡のある方向へと向き直る。


 悪意と、腹の内に野望を秘めて。


     -続く-

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