フェンヴォルフ、乱舞
遺跡を制圧して根城としていた狼型の魔物、フェンヴォルフ。テリトリーに侵入してきたエルフと人間を餌とするべく、牙を剥いて襲い掛かっていく。
それに対するミューアは、剣を振り上げて一体のフェンヴォルフを切り倒した。
「スピードが速い敵だが、アタシ程ではないな!」
実際には直線的な速さは敵の方が上であるが、こういう強気な姿勢こそ戦いの中では必要なものと言える。弱気では消極的となってしまい、守りの戦いしか出来なくなる。今は攻撃の手を緩めず、ひたすら剣を振るう時だ。
「味方がやられているな…!」
数十体のフェンヴォルフと混戦になっている中で、調査隊の護衛を務めていた人間の兵士が喰い殺されていた。極めて凶暴なフェンヴォルフが相手であるため犠牲ゼロで切り抜けることは難しく、ミューアだって次の瞬間には魔物の餌食になる可能性は充分にある。
「アリシアお姉様の盾となるのがわたしデス!」
ミューアが前衛で死闘を繰り広げている傍ら、ルトルーは盾のグリップを両手で握ってアリシアの近くに控える。まるで姫を守護せし騎士のようで、彼女にこそ甲冑やら鎧を着せてあげるべきだろう。
「来るのデス…!」
集団戦を抜けて来た一体がアリシアに直進する。遠距離支援で一撃を加えてくる存在は厄介でしかなく、殲滅対象としてターゲットにされたようだ。
アリシアは基本的に接近戦闘に対応できないため、こうなれば要となるのはルトルーとなる。
「やってやるデス!」
ルトルーの盾は強力な武器を内蔵している。それが正面中央部の拡散魔道砲であり、ここから迎撃用の魔弾を広範囲に飛ばせるのだ。
しかし、射程が短いため、充分に引き付ける必要がある。
「向こうから来てくれるのデスから…!」
大口を開いて飛びかかってきたフェンヴォルフは恐ろしい形相であるが、ルトルーは一歩も退かず迎え撃つ。お姉様と慕うアリシアがすぐ後ろにいるわけで、ここでカッコいいところを見せたいし、なによりアリシアを守るという大義を果たさずに死ぬ気は無かった。
敵がギリギリまで接近したタイミングでルトルーはグリップのスイッチを押し込んだ。すると、拡散魔道砲から複数の細かい魔弾が四方に照射され、フェンヴォルフの体に直撃して粉砕した。
「近づくヤツは灰にしてやるデス!」
「やりますね! 私も負けてはいられません!」
目の前でのルトルーの頑張りを視認したアリシアは、矢での援護を続ける。特殊な遠距離攻撃が可能なアリシアも貴重な戦力の一つであり、ミューアやタチアナもアテにしているのだ。
「一体を倒しました……戦況は優位に進められていますね」
矢と視覚がリンクしていることから、飛翔する矢を通じて戦場の様子を確認するという芸当もこなせる。アリシアは、この能力で味方と敵の残り戦力を把握し、戦いはエルフと人間連合側が優勢だと見てとった。
「このままのペースで続ければ勝てます!」
漲る魔力を魔弓へと流し込み、更なる射撃を試みる。
そうして戦闘が続くこと十数分、フェンヴォルフは残る一体となっていた。激しい攻防の末、遂に勝利まであと一歩まで迫っていたのだ。
「逃げるわけでもなく、襲い掛かってくるのか!?」
敗北が濃厚ともなれば、大抵の生命体であれば撤退を選択するものだろう。
だが、最後の一体となってもフェンヴォルフは戦意を喪っておらず、燃えるような闘志と共にミューアに突進をかけてきた。
「やるっていうんなら、やってやる!」
フェンヴォルフ決死の噛みつきを避け、ミューアは剣を横薙ぎに振るう。その斬撃で敵は真っ二つとなり、血飛沫を撒き散らしながら絶命した。
「ふぅ……周囲に敵はいないか? デカい個体がいなくて助かったな」
「もう大丈夫だろう。それにしても、エルフ族の戦闘力とは凄いものだな。我が騎士隊に招きたいほどだ」
「そりゃどうも。けどアタシはアリシアを守らにゃならんからな」
ミューアは剣を収納しながらアリシアの無事を確認し、ホッと胸を撫で下ろす。たとえ魔物に勝ってもアリシアが生き残っていなければ何にもならない。
「まあエルフ族だからと強いワケではありませんよ。わたしも必死でしたが、あまり役には立てなかったのでね」
人間の兵士と共に戦っていたデボラは、額の汗を拭いながらベルギットにそう言う。彼女は他のエルフとは異なり目立った活躍もしていなかったので、エルフの括りで判断されて自身も強者だと思われるのは憚られたのだろう。
「それに味方も助けられませんでした」
「戦場では人助けも簡単な事ではありませんよ。我が騎士隊のほうで死者は適切に埋葬して差し上げましょう。戦後処理は慣れていますから……」
対人戦闘もこなす特務騎士は、人間を埋葬するのも手慣れているらしい。別に慣れたいわけではないのだが、身元も分からない敵戦士に対する最低限の弔いとして身に着けたスキルなのだ。
「頼みます。調査隊のメンバーには…見せない方がいいでしょうな」
本来なら、遺体は帰還時に王都に持ち帰るべきなのだろう。
しかし、フェンヴォルフに喰い千切られたせいで胴体の一部の肉片しか残っておらず、もはや原型を留めていないので、第三者が見たら人だったとは思えないレベルだ。
そんな遺体では持ち帰るのも遺族には酷というもので、幸いにも残っていたドッグタグと呼ばれる身分を示した名札のみは回収する。これは兵士がそれぞれ首から下げている物で、このように遺体が崩れている場合などに、その死者が誰かを識別する時に用いられる。
「この方の遺族には城からの見舞金が出るよう、タグだけは持ち帰ってやれ。キミ達が彼女の勇敢さを証明するんだ」
ベルギットは兵士達の隊長にタグを渡した。身分は違えども、騎士も兵士も国家のために命を懸ける存在という点は同じで、ベルギットは最大の敬意と共に遺体に敬礼を送る。
アリシアもまた黙祷を捧げ、騎士が埋葬を終えるのを待った。
「私も…エルフ村で沢山の亡骸を見ました。あの時は余裕がなかったのですが、次に村を訪れたら皆さんを弔ってさしあげたいです」
「そうだな……」
エルフ村には焼け焦げたエルフの遺体が多数転がっていた。とても直視できないような現実ではあるが、それでも同族の魂を安らかに眠らせてあげたいという気持ちはミューアにもある。
周囲の索敵を行い、フェンヴォルフの残党や増援がいないことを確認して遺跡への移動を再開するのであった。
フェンヴォルフの巣となっていたエルフの遺跡に到達し、ピラミッド型の施設の外郭を調べる一行。入口となる箇所は幾つかあったが、経年による崩壊で通れる場所は少なく、東側にある大きな門のみが内部へと繋がる唯一の道であった。
「本格的に中を調べるのは明日としましょう。なにせ調査隊の面々は疲れていますので」
デボラが顎でしゃくった先、十人程の調査隊メンバーは荷物を降ろして息を上げていた。戦闘に参加したわけではないものの、肉体を鍛えていない面々が多いために移動だけで体力を消耗していたのだ。
「そういえば、徒歩で王都から来たのか?」
「いえ、出発時は馬車数台でした。けれど途中で魔物の襲撃を受けて馬車は全滅してしまい、以降は徒歩だったんですよ。さすが魔物の支配地域は危険ですな」
魔物の支配域は年々広がっていて、そうした場所を通過するのは危険極まりない行動である。強力な戦士であるミューアですら、王都までの道中に比較的な安全なルートを選んだくらいであり、強者でもない者であれば尚更に命の保証など出来ないのだ。
遺跡内の入口付近に野宿用のセットを設営する調査隊を傍に、兵士や騎士が周囲の見張りをはじめ、アリシアも協力を申し出たが休むように提言された。
「キミ達は、いわばお客人のようなものだ。明日の調査ではエルフの出番も多いだろうし、休息を取ってもらいたい」
ベルギットの言葉を受け、エルフ達は調査隊が用意してくれたレジャーシートに似た敷物の上で一息つく。特にミューアやタチアナは前衛で激闘を繰り広げていたこともあり、身体能力が高いとはいえ少々の疲労を感じて寝転がっていた。
「遺跡の中ってホコリ臭いと思ったけどぉ、どっちかというとケモノ臭いわねぇ……」
「そりゃケモノが陣取っていたからな……」
「ニオイが移ってしまったら大変だわぁ。フレグランスな香りを振り撒いて踊るのがわたくしなのにぃ」
「なーにがフレグランスだ……」
ミューアはジト目でタチアナに応対しながら、遺跡に目を走らせる。彼女達がいるのはまだ入り口付近で、特に何があるというものでもないが、どこか神秘感を感じた。
もっと奥や上部、地下などは一体どのようになっているのか。そして、エルフの雷ことグライフィオスを発見できるのだろうか。
-続く-




