エルフの古代遺跡へ
ブルーデプスの商船を撃沈した翌日、少しの疲労を残しながらアリシアは宿のエントランスへと降りる。今日はエルフ族が大昔に建造したとされる遺跡へと向かい、そこの調査を行う予定となっていた。
「おはようございます、ベルギットさん」
王都からブルーデプス殲滅のために派遣された騎士ベルギットは既に準備を済ませており、エントランスに置かれた椅子に腰かけて本を読みながらアリシアを迎える。昨日のミューアの話を聞いたベルギットが遺跡への案内を買って出てくれたのだ。
「朝食を済ませてくるといい。キミの仲間も食堂にいる」
「分かりました。お時間を取らせてしまって申し訳ありません」
「ふ、気にするな。それに、警官のミリトアがキミ達を見送るためにココに来る予定となっているから、どっちみち少し待つ必要があるしな」
戦いの後、ドタバタしている内にミリトアは警官としての職務に戻ることになってしまったので、キチンとした別れの挨拶も出来ないまま日を跨いだことをアリシアも気にかけていた。なので、遺跡に行く前に会いたかったのだが、それはミリトアも同じ気持ちであったようだ。
エントランス脇から繋がる食堂にはタチアナ達がいて、宿から提供された軽い朝食にありついていた。アリシアはベルギットに会釈して食堂の仲間達に合流する。
「ミューアさんも先に来ていたのですね。部屋に姿が無かったので心配しました」
「アリシアも起こそうかと考えたんだけど、可愛らしい寝顔を見たら忍びなくてな。で、ギリギリまで寝かせてあげようと思ったんだ」
「か、可愛らしいなんて……寝顔なんて恥ずかしいだけですよ」
かくいうアリシアもミューアの寝顔を覗き込んだりしていたのだが。
アリシアも朝食を受け取り、ミューアの横の席に座る。
「ちょっとぉ、朝っぱらからイチャつかないでもらえるかしらぁ」
口を尖らせて拗ねるのは、テーブルを挟んだ正面の席のタチアナだ。ただでさえアリシアと寝室が同じでなかった事に悲しみを抱いていたのに、目の前で惚気のようなイチャつきを見せられれば抗議の一つもしたくなるのは仕方がない。
「これがアリシアとのフツーの会話なんだ。すまんな」
「キィー!! わたくしだって、いつかアリシアちゃんとイイ雰囲気になってやるわぁ!」
涙目になりながらパンを喰いちぎるタチアナ。優雅かつ淫靡な踊り子エルフが形無しである。
「あのあの、昨日の夜は一体どんなマッサージをしてもらったんデス!?」
「どんなって…まあ気持ちの良い、最高のマッサージを」
「キモチイイ!? それって、マッサージという名のエッチなヤツなのデス!?」
「どんなんを想像しているんだ…?」
ルトルーも案外変わり者らしい。妄想を膨らませながら勝手に嫉妬に狂っている。
そうこうしている内に朝食も終わり、アリシア達はエントランスのベルギットと合流した。
「シーカール、もっと観光したかったです。海とかを堪能できなかったので……」
「また来ればいいさ。ピオニエーレとの戦いさえ終われば自由時間はいくらでもある」
「ですね。私達に出来る戦いも出来たわけですし、ルトルーさん達を助けられて本当に良かった」
このシーカールの街では大変な騒動に首を突っ込んで忙しかったが、悪の集団も倒して達成感のようなものは感じている。
「遅くなって申し訳ないであります!」
ベルギットから今後の道順などの説明を受けていた時、ミリトアが宿に慌てて駆けこんで来た。制服のボタンを掛け間違えるくらい急いでいたようで、息を切らしながら敬礼している。
「お見送りに来てくださってありがとうございます」
「いえいえ、エルフの皆様には大変お世話になったのでありますから、これは当然なのであります。今はシュメリー統括や街の議員方が大勢逮捕された事で混乱が広がっているのでありますが、なんとか頑張って街の治安を守るであります」
ブルーデプスと繋がりのあったシュメリーや議員は、ベルギット率いる騎士隊によって逮捕されていた。このため、街の上層部がほとんど失われたために指揮系統などが麻痺していたが、現場の力でどうにか職務を維持しているようだ。
「またシーカールにお越し下さいであります。今度こそ、平和で豊かな街を楽しんで頂きたいのであります」
「はい、また訪問しますね。それまでお元気で!」
アリシアはミリトアに敬礼を返し、見送られながら宿を出る。
今日も今日とてエルフの雷に近づくための活動が待っていて、朝陽に目を細くしながらもアリシアはやる気に満ち溢れていた。
「あの馬車の車列はなんです?」
宿から北に移動し、街への入り口である関所付近に辿り着く。すると、そこには数台の馬車が並んでいて、ベルギットと同じ騎士甲冑を身に纏った者達が先導していた。
「ああ、アレは昨日の逮捕者達を王都へ輸送するための馬車さ。ヤツらはブルーデプスとの繋がりについて王都の裁判で裁かれることになる」
汚職を働いた者達は重罪人として王都に移送されて、女王のもとで直接裁かれるのだ。シーカールもこれで少しは浄化され、健全な体制に移り変わっていくだろう。
「ベルギットさん達もお忙しいのに、案内を頼んでしまって申し訳ないです」
「気にすることはない。私も王国防衛のために出来得る手段を取りたいだけさ。それに、私の部下達は優秀だから、私がいなくても命令を確実に実行する能力がある」
ベルギットの指示を受け、馬車の車列は王都へ向けて走り去る。
それを多少物惜し気に見つめるのはタチアナだ。
「シュメリーちゃんは抱き心地は良かったから勿体ないわねぇ。もう一晩くらい堪能したかったわぁ」
「お前……本当に欲望に忠実というか……」
「あらぁ、こんな世の中ですもの、後悔の無いように楽しまないとねぇ」
「そりゃまぁ…うん、言えてるかもな」
真面目に生きていても、魔物のような脅威によっていつ命を奪われるか分からない世界なのだ。特にエルフ族は種族を裏切ったピオニエーレのような存在もいるわけで、自分の欲に素直になるのも悪くはない。ただし、他人に迷惑をかけるのはご法度だが。
「では、遺跡へと出発しよう」
騎士隊の多くは罪人を連れて王都へ帰還の道を辿ったが、ベルギットを含めて四人の騎士と馬四頭が残り、その彼女達が駆る馬にアリシア達エルフが同乗する手筈になっていた。
「ベルギットさん、宜しくお願いしますね」
アリシアはベルギットの馬に乗ることとなり、手綱を握るベルギットの後ろから腰に手を回してしがみ付くカタチになる。
「振り落とされんようにな。私は結構飛ばすタチなのでな」
「はい。猛スピードで駆けていく馬に乗った経験がありますので、多分大丈夫だと思います……」
脳裏に浮かぶのはスティッグミでの記憶である。あの時、ミューアの手繰る馬に同乗したのだが、トンデモないハイスピードに目を回してしまったのだ。かろうじて落馬はしなかったとはいえ命の危機を感じたのは言うまでもない。
「アリシアちゃんに後ろから抱き着かれたいわねぇ……」
「以前にそーいう経験があるが……凄いぞ。なんていうか…特に胸の感触が」
「ミューアちゃんばかりズルいわぁ! 絶対に許さないんだからぁ」
ミューアやタチアナ、ルトルーもそれぞれ騎士隊の馬に跨り、ベルギットを先導として遺跡へと移動を開始する。
それから約半日が経過し、陽が沈み始める夕刻となって目的地のすぐ近くまで到達した。道中、魔物との遭遇もあったが難なく撃破し、一人たりとも欠けてはいない。
「ン? あれは我が王都から派遣された調査隊の連中だな」
荒野を進んで行くと数十人の人影が見えてきた。そのヒト族らにベルギットは覚えがあるようで、彼女達こそ遺跡へと派遣された調査隊の面々であり、護衛の兵士も数人付いている。
急に現れたアリシア一行を魔物かと一瞬警戒しつつも、騎士隊隊長だと気がついて調査隊の護衛兵は安堵しつつ武器を納めて出迎えた。
「これはこれは。特務騎士のアナタ方が何故ここにいらっしゃる?」
調査隊を代表する者が一歩前に出てベルギットに問いかけるが、なんとエルフ族の者であった。女王の命により王都内のエルフが招集されたらしく、彼女もまたそうしたエルフの一人なのだろう。
「デボラさん、アナタには朗報でしょう。村の惨劇を生き残ったエルフの方々ですよ」
「わたしの同族…?」
紹介を受けたアリシアは、ベルギットの背後からひょこっと顔を出す。そしてデボラと呼ばれたエルフに対して軽く会釈しつつ馬を降りる。
「どうも初めまして、アリシア・パーシヴァルです」
「な、なんでココにアナタが…!?」
「え? どこかでお会いした事がありましたっけ?」
「あ、いや……コッチの話です。い、いやぁ村の生き残りがいたとは思いもしませんでした」
何故か動揺を隠しながらデボラはアリシアに握手を求めた。それが何故かは知らないが、アリシアは握手に応じてニコッと笑顔を向ける。
「ベルギットさんに話を聞きまして、是非皆さんに協力したいと思って来たんです」
「そ、それは是非よろしくお願いしますよ。アッチが遺跡がある方向です。見えますか?」
デボラの指さす方には、まるでピラミッドにも似た建造物が佇んでいる。しかし、まだ距離があるので小さいシルエットでしかないが。
目的地を確認しつつ、デボラにこれまでの経緯を話しながら遺跡へと向かうのであった。
-続く-




