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”大好きです。あなたのことが”

 ミューアはほとんど裸になった状態でうつ伏せにベッドに横になる。これからアリシアのマッサージが始まるわけで、嬉しそうに口角を上げて感情を抑えきれない。


「マッサージには不慣れなので期待はしないでくださいね」


「なぁに、アリシアにしてもらえるなら、それだけで…ね」


「そうですか? えへへ、頑張りますね」


 少し緊張しながらアリシアはミューアの背中に触れる。鍛えられた背筋によって引き締まっており、滑らかさも相まって手触りは最高に上質だ。


「ミューアさんの背中、とてもカッコイイです。強者って感じがします」


「そう言ってもらえるなら鍛えた甲斐もあるけど……アリシアのような柔らかそうなボディラインにも憧れている」


「わ、私のはただムッチリとしてるだけでして……」


「それがえっちぃんだよな」


 恥ずかしそうにぷくーっと頬を膨らませるアリシアをからかうミューア。こうして二人きりの時間を楽しめる機会は全力で堪能するに限る。


「コホン! それより、ミューアさんが族長さんのお子さんだという事実には本当に驚きました。でも、一つ納得できた事があるんです」


「それは?」


「ミューアさんが世界樹の枝をご存じだったことです。族長さんが秘宝とされる物品を所有しているのは一般エルフも知っていましたが、それが世界樹の枝という神秘だとは知りませんでした。エルフリード家のミューアさんだからこそ知識があったわけですね」


 焼き払われた村に戻った時、ミューアは秘宝の隠し場所まで迷わずアリシアを誘導したわけだが、これもエルフリードの者だからこそである。

 こうした事実にアリシアは得心しつつ、自分とは明らかに違う身分であるミューアに対して色々と失礼な接し方をしていたのではと急に不安になっていた。


「他のエルフとは違うオーラのようなものを感じてはいましたが……なんだか、ミューアさんが遠く感じます」


「昔の名は捨てた。今のアタシはミューア・イェーガーであって、それ以上でも以下でもない。だから、今まで通りにしてくれよな」


「私が傍に居てもいいんですよね?」


「居てくれないと困る」


 ミューアにしてみても、身分が明かされたことでアリシアの態度が変わるなど嫌であり、これまでのようにパートナーのように身近な存在でいてほしいのだ。


「族長との一件とか村の悲劇とか……大変だったけど、唯一と言っていい良いこともあった。それが、その……」


「なんです?」


 口ごもり、顔を真っ赤にするミューア。心の中を素直に言葉として表現するのは勇気がいるもので、戦いとはまた別の緊張感に包まれている。


「アリシアと出会えたことに決まってるじゃん!」


 と、マッサージを受けながらうつ伏せの状態で叫ぶ。なんともシュールな光景で、関係ない第三者が見れば笑われたかもしれない。

 しかし、当人は至極真面目である。もはや告白と同義の、渾身の大技そのものだ。


「私との出会い!?」


「ほ、他にあるものかよ! アリシアと会わなかったらな、今でも独りで戦い続けて野垂れ死んでいただろうさ。なんというか、本当に運命すら変わったような感じがするんだ」


「大袈裟ですよっ。それに、私こそミューアさんのおかげで生き残れたのですから、まさに運命が変わったんです」


「お互いに出会えて良かったんだな」


「ですね」


 フとミューアは右薬指に光る指輪を視線を移す。この指輪をディガーマのショップで買った時、店主にアリシアとの巡り合わせを認められ、二人は運命の赤い糸で結ばれていると言われたなと思い出していた。


「最期の時まで添い遂げるってか……」


「あの店主の方にそう言われましたよね。私達の最期…どんなんでしょうね?」


「どうかなぁ……戦場で散るのか、はたまた寿命を迎えるのか……」


 孤独な終焉は寂しいものだが、アリシアに看取られるなら悪くないとミューアは思う。


「なんにしても、ピオニエーレを始末しなければ、死んでも死にきれん」


 ここ最近は影が薄く全然見かけない宿敵ピオニエーレ。今回の悲劇を引き起こした張本人が現在何をしているのか全く分からなかった。

 しかし、ビロウレイ王国のどこかで悪事を働いているのは想像に難くなく、世界樹の枝を掌握している彼女を倒さなければミューア達の旅は終わらないのだ。


「ベルギットさんの言っていた遺跡で何か収穫があるといいですね。それこそエルフの雷とか」


「だな。伝説の武器さえ回収してしまえばピオニエーレに打つ手は無い」


 ピオニエーレの最大の目的はエルフの雷で、これを獲得して最強の存在として君臨したいらしい。そうして種族の頂点に立つことを目論んでおり、やがてはヒトも魔物も支配下に置こうとしているに違いない。


「昔のエルフはピオニエーレのようなヤツの出現を予測して、だからこそ簡単には手の届かない場所に隠したんだな。強すぎる力は悪用されると……」


「皆が良き心を持っていれば……」


「そうか、だからこそダークエルフというカテゴリーを作ったんだ。悪事を働いた者は追放し、善なる者のみを残す。そうすれば強力な武器も悪用されることはなくなると」


 エルフ族にはいくつもの掟があり、これを破ると追放という厳しい処分が下されるのは秩序を守るためと思われたが、実際にはミューアの言うようにエルフの雷を守る目的のためであったのだ。


「でも、私はミューアさんこそエルフの雷を持つに相応しい方だと思いますよ。族長のご家族とかは関係無しに、あなたこそ正しく力を振るえる方だと」


「いや、アタシよりか相応しいエルフがいるけどな」


「誰です?」


「アリシアに決まってるじゃん」


 さっきも聞いたような言い方で、ミューアはアリシアを指名する。

 この言葉に意外そうに驚くアリシア。自分などのようなヘッポコには手に余るのではと思わざるを得ない。


「私は魔弓のコントロールですら必死なんですよ? これ以上に強い武器を持っても私が振り回されちゃいますよ」


「そこは練習とか鍛錬を積めばいい。アタシが言いたいのはな、アリシアの心の在り方こそ適正があるってことさ」


「?」


「この旅の中での、アリシアの行動を思い返せば簡単な話さ。困っている人間族に迷わず手を貸していただろう? そういう誰かに寄り添い、共に悩んだりできる気持ちを持つアリシアだから相応しいのだな」


 アリシアなら使い道を見誤らないとミューアは確信している。同族の救済のため、的確に脅威を討ち払える才覚があるのは間違いない。

 会話をしている中でもアリシアの手はミューアの背中を優しく解きほぐしていき、リラックス効果も相まってミューアは眠気で瞼が重くなってきていた。


「にしても、アリシアはマッサージ上手いな。疲れとコリが一気に取れた気がするよ」


「えっへへ。マッサージ師が私に相応しい職業かもしれませんね」


「かもね。でもな、アタシ専属でいてほしいな……」


 もし職業としてマッサージ店を開業しようものなら、他の客にもアリシアが施すことになる。そうなれば、きっとアリシアのテクニックに魅了されて沢山のファンができるだろう。

 それは良いことであるのだが、イロイロと嫉妬を隠せなくなってしまうのは目に見えている。正直なところ、自分でもここまで他者に入れ込むとは想像もしていなかった。


「ふふ、ミューアさんて意外とヤキモチ妬き屋さんですよね」


「うっ……急所にダメージを喰らったような痛みが……」


「でも、そんなミューアさんも可愛いですよ」


「そ、そう?」


 可愛いと言われて嬉しくなりつつ、意識は次第と薄らぎはじめている。もう半分は眠りに落ちていて、全身から力が抜けてベッドに身を預けた状態だ。


「アリシアも可愛いよ…ホントにさ……」


 と言いながら完全に眠ってしまった。よほどアリシアからのマッサージが心地よかったのか、幸せそうな寝顔である。


「おやすみなさい、ミューアさん」


 手を止めたアリシアは、その寝顔を覗き込もうと自らの顔を近づける。

 そして、ひとしきり見つめた後、耳元に小さく囁いた。



「大好きです。あなたのことが」



 今一番ミューアが聞きたい言葉は、しかし当人に届いてはいない。

 むしろ、睡眠中の相手だから言えたのだろう。いわば高度な独り言である。


「また明日、頑張りましょうね」


 二人きりの時間に終わりが来たことを寂しく思いつつ、アリシアも隣のベッドに横になった。明日は明日で忙しそうではあるが、ミューアとなら嫌なものではない。

 いつか戦いを終えて平和にミューアと過ごせますようにと祈りながら、アリシアもまた寝息を立てるのであった。


    -続く-

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