過去の真相、エルフリードの掟
アリシアが行動を共にしてきたダークエルフのミューアは、実は族長の娘という衝撃の事実が明るみになった。彼女の本名はミューア・エルフリードらしく、そのエルフリードの姓は族長家のみが使用しているものである。
一同の視線を集めるミューアは懐かしむように口を開く。
「ルトルーの言う通り、アタシの本当の名はミューア・エルフリード。族長家の一員だった者だ。まっ、今はもう縁を切ったから、エルフリードの名は捨てたんだけどな」
「そうだったんですね。でも、なんで隠していたんです?」
「アリシアには一度話そうと思ったんだけど、機会を失っちゃったんだ。ほら、ソトバ村に向かう前、川岸のキャンプでアリシアにダークエルフになった理由を話そうとしたろう?」
「確かにそんな事もありましたね。けれど、ソトバ村から逃げ出してきた方がいたので中断したんでしたね。その理由が族長家から離れたことに繋がっているのですか?」
「ああ。チョイと長い過去話となるけど……聞く?」
「そりゃ勿論ですよ! ミューアさんのこと、私知りたいです」
興味津々にしているのはアリシアだけではない。タチアナとルトルーも気になるようで、ミューアが続きを語り出すのを待っていた。
「アレは、もう何年も前の事だ……」
封じ込めていた記憶の棚を引き出し、ミューアは想起しながらエルフリード時代を話し始めた。
まだエルフの村が滅んでおらず、ミューアがダークエルフになる前の話である。
村の奥地にある広大な敷地には、族長と一族が住まう大きな屋敷が佇んでいて、過剰な装飾が施された外観は逆に悪趣味とも言えるものであった。
そんな屋敷の一室、道場にも見える訓練場に族長とミューア、更にもう一人のエルフの三人が武器を携えて向き合っていた。
「ミューア、ナスターシャ…二人共準備はよいな?」
族長に声を掛けられたミューアは、もう一人のエルフに視線を送る。そのエルフ、ナスターシャはミューアに似ているが、年齢は百歳以上離れている姉である。
「次期族長を決めるための選定戦……四人姉妹で二組に分かれ、それぞれで一対一の勝負をしてもらう。その勝者が次の選定戦に進んで勝ち残った者同士で戦い、負ければその時点で終わりだ」
「分かっています。まだ子供のミューアには酷な話でしょうが、あたしは容赦しません。全力で叩き潰し、あたしこそが族長に相応しいと証明してみせます」
自信満々にナスターシャは宣言し、右手で刀を構えてミューアに向ける。明確な殺気が刃に乗せられているが、しかしミューアは全くビビッていなかった。
「アタシも負けません。訓練は充分に積んできましたし、何よりアタシは強いですから」
「ふん、十歳を超えたばかりのエルフが何を言うんだ? アナタとあたしでは百歳以上の年齢の差があって、経験の差は圧倒的に違う。多少強いからと勝てると思ったら大違い」
「それを覆してみせますよ。アタシは負けるのは嫌いなので」
幼いミューアは年上の姉の威圧に対抗し、ギラつく目で睨み返す。こういう強気な性格は昔から変わらないようだ。
「すまないな。ワタシも本当はもっと現役でいるつもりであったが……たとえエルフでも老いには勝てん。もうじき寿命が尽きるだろう。その前に次の族長を決めなければならないのだ」
「あたしが族長となって、母上には安心して余生を送ってもらいますよ。じゃあ早速、選定戦を始めてよろしいですね?」
「よし、では始めよ!」
族長が次期族長の座を懸けた選定戦の開始を宣言し、直後にナスターシャが一気にミューアへと詰め寄る。素早い一撃をもってして戦いを終わらせようとしているようだ。
恐ろしく速い斬撃はミューアの首筋を捉えたかに見えた。だが、怖気ることのないミューアは的確に防御を行い、剣で弾いてみせたのだ。
「うまく対処してみせたな。けれど!」
初撃を防がれてイラ立ちを隠せないナスターシャは、腰裏に隠して装備していたナイフを引き抜き、勢いのままにミューアの腹を狙う。
武器をいくつも用意するのは別にルール違反ではなく、こういう不意打ちでも勝てればいいのだ。
「甘いッ!」
しかし、ミューアはナスターシャの動きをしっかりと見極めており、ギリギリであったがナイフの軌道から体を逸らしてみせた。未来でも似たような攻撃を阻止していて、これはミューアが相手の一挙手一投足を見逃さない動体視力を持つが故に可能な動きだ。
「この程度で経験の差がどうこうと言っていたんですか?」
「少し上手くいったからと調子に乗る…!」
「小手先だけの小賢しい技では!」
ミューアは十年ちょっとしか生きていないエルフだが、幼少期からトレーニングを行い戦闘力を鍛えてきた。しかも、エルフ村の近くに侵攻してきた魔物討伐にも率先して出撃していて、前衛を務めて実戦経験も積んでいる。
だからこそ戦闘慣れしており、特に一対一の状況下ならば簡単に後れを取ることはない。
「クッ…ミューアは案外やる…!」
ナスターシャも魔物との戦闘に参加する事はあったものの、基本的には後方から見守り、味方が討ち漏らした敵を潰す役割であった。そのため、本当の意味での命のやり取りを体験していないのだ。
つまり、ナスターシャはただ年齢を重ねただけで経験値を得てきたわけではなく、彼女の言う経験の差など存在しない。
だが、この事実をナスターシャは理解していなかった。長く生きている自分の方が優位だという妄想を信じ込んでいたのだ。
そして、これが敗北に繋がるとは夢にも思っていない。
「今度はコチラからやらせてもらいます!」
反転攻勢に移ったミューアは、剣を翻してナスターシャのナイフを叩き落とした。まず敵の攻撃手段を潰すのは有効であり、ナスターシャはいよいよ焦りを隠せなくなっている。
更に追撃を試みるミューア。上段に構えた剣を一気に振り下ろそうとする。
「ナメられては困る!」
対するナスターシャも意地を見せ、刀でミューアの攻撃を防御する姿勢を取った。これで受け流し、反撃をして再び自分のペースに持っていけばいいと考えている。
しかし、ミューアは反撃の機会など与えなかった。
「なんとッ!?」
予想を裏切り、ミューアの剣は振ってこなかった。
とはいえ攻撃をしなかったわけではない。剣はフェイントで、右脚でナスターシャの下腹部を蹴り飛ばしたのだ。
「うぐっ……!」
刀を胸の前で構えて防御に使おうとしたため、腹部から下は完全に無防備状態になっていた。ここに一撃を加えれば簡単に姿勢を崩せる。
ナスターシャは内臓にまで響く強烈な衝撃に目眩すら起こし、もはや次の攻撃を避けられない。
「勝負あり、ですね」
ミューアの剣がナスターシャの刀を弾き飛ばし、首筋に刃を突きつける。これで勝負は決着した。
「そこまで。勝者はミューアだ」
「バカなっ…!」
激痛に咳き込みながらも、ナスターシャは結果を信じたくないとミューアを睨んでいる。
しかし、結果が覆るなど有り得ず、選定戦の第一戦はミューアが勝ち進んだ。
「では、ミューアよ。ナスターシャを始末せよ」
「母上、なにを仰る!? 別に命まで奪う必要は……」
「これは掟である。選定戦の敗北者には死を与え、生き残る族長血縁の者はただ一人とするとな」
「じゃあ最終的な勝利者以外の姉妹は殺されるというのですか!?」
よく考えてみれば、族長である母親の姉妹など存在していない。それは族長が一人っ子だからだとばかり思っていたのだが、そうではないらしい。もし血を分けた者がいたとしても、選定戦の中で抹消されていたのだろう。
「母上はどうとも思わないのですか!? 自分の娘に家族殺しをさせようとしているのですよ!?」
「この程度の覚悟を持てずして、どうして族長になれるのか! 多数を束ねるリーダーは、時として冷酷な判断を下さねばならないのだ。いわば、これはリーダーとしての資質を育成する手段である。身内ですら斬れる強い意思を持たせるためのな」
「そういう理屈を訊いてはいません! 困難があっても姉妹で力を合わせれば良いではありませんか!!」
「権力に近い生い立ちの者は必ず野心を抱く。エルフリード家の中で動乱が起きれば民達を破滅に導くことになるのだ。これを防ぐために作られた掟なのである」
掟、それはエルフ族の規範であり法である。幼いミューアですら掟の縛りに逆らう事など許されず、あらゆるエルフは掟に従って生きているのだ。
ならば、その掟に背いたらどうなるのか? 被疑者は裁判にかけられ、違反が認められれば村から追放されてしまうのだ。この時にダークエルフという蔑称を与えられて、二度と村に帰還することは出来なくなる。
「掟…だからと、やらねばならないのか……!」
ミューアは絶望していた。敵意を向けられたとはいえ、ナスターシャは家族なのだ。その相手を自らの手で殺すなど、いくら強気な性格のミューアでも実行したくない。
震える手で握る剣先の行方は……
-続く-




