ミューアの正体
ブルーデプスが保有する商船ボトム・ディパーチャー号が撃沈され、湾岸での戦いに一区切りがついた。
もう敵に戦力は残っておらず、魔力を使い切ったアリシアはペタンと地面に座り込む。
「ふぅ……疲れましたが一件落着ですね。無事にルトルーさん達も救い出せましたし、船まで破壊したのですから」
「そうなんだけど……ちょっと厄介なことになりそうだ」
「え、なんです?」
ミューアの深刻そうな声を耳にしたアリシアは、船の残骸が浮かぶ海から陸の方へと振り返る。
すると、数十人の甲冑を纏った騎士のような者達が近づいてくるのが見えた。先頭を歩く精悍な女性が隊長らしく、海を指さしながら何やら部下に指示を与えている。
「ミリトア、あの頑丈そうなヤツらはシーカールの警備兵か?」
「いえ、あのような甲冑はシーカールでは見ないのであります」
「となると何者なんだ…?」
警官のミリトアが否定するのなら、彼女達がシーカール所属の騎士でないのは間違いない。
そこでミューアは一つの可能性を思いついた。
「アレは王都の騎士かもしれない」
「王都のですか? でも何故シーカールにいるのでしょう?」
「理由は直接訊けそうだ」
騎士の隊長は部下と別れ、アリシア達のもとへと歩いてくる。この騒ぎについて何か用があるらしい。
激闘後ということで疲労が体に現れており、今更逃亡するのも難しいのでミューアは警戒しながら応対することにした。
「やらかしてくれたものだな、キミ達は。このような事態を引き起こすなど……」
「そういうアンタはなんなんだ?」
「私は王都特務騎士隊の隊長、ベルギット。ビロウレイ王国内の治安維持、そして正規軍や警官では対応が困難な事案を処理するのが我々の仕事だ」
「特務騎士隊……相当に強力な集団だと聞いたことがある。少数精鋭で、女王の切り札のような存在だと」
女王の信頼も厚い精鋭集団を率いるベルギットは、よほどの強者なのだろう。
そのような相手が不機嫌そうに腕を組んで睨んでいるのだから、アリシアはミューアの背後に隠れてプルプルと震えるしかなかった。
「も、もしかして私達を逮捕するのですか?」
特務騎士隊はビロウレイ全体の治安維持に関わる職務も行っているとなれば、当然ながら平和を乱す争いをしている者を取り締まるはずだ。つまり、今回のように街中で堂々と戦闘を行ったアリシア達を逮捕する理由は充分にある。
「違うのであります! 本官がエルフの皆様に協力を要請したのであります! 全責任は本官にあるのであります!」
割って入って擁護するのはミリトアで、アリシア達が罰せられるのを阻止しようと懸命に訴えている。
シーカールの街を愛するミリトアは、権力に屈することもなく真の悪を撲滅できたことに満足しているようで、全ての責任を背負う覚悟が出来ているのだ。
「キミはシーカールの警官か?」
「そうであります! ブルーデプス壊滅のために行動を起こし、その際にエルフの皆様を巻き込んでしまっただけなのであります。ですから……」
「ふむ、警官隊は上層部の圧力でブルーデプスの捜査を行っていなかったらしいが、キミは違うのだな。見事な根性と正義感を持ち合わせているようだ」
「そ、そんな立派なものではないのであります」
「いや、誇るべき仕事だよ。実はな、我ら特務騎士隊はシーカールの権力の腐敗と、ブルーデプスの調査を行うべく来たのだ。この甲冑姿のままでは目立つので、一般市民に扮して潜入捜査のようなやり方をしてな」
王都にもシーカールの腐敗と、この街を拠点とするブルーデプスの悪評は届いていたようだ。そこでベルギット達が派遣され、実態の調査が行われていたのである。
「確証も得られたので、今日にも一斉検挙を行おうと計画していたのだ。そうしたらキミ達が先にブルーデプスを潰してしまったというワケさ。街に被害が及ばないよう、素早く穏便に済ます予定であったのだが……キミ達のおかげで被害者は無事に救出されたのだから結果的には良かったがな」
そこでようやくベルギットは笑みを浮かべ、ミリトアの肩を労うように叩く。仕事の邪魔をされてしまったが、正義感に溢れる立派な警官が残っていたことが嬉しいようだ。
「部下達にはブルーデプスの生き残りと、ヤツらと癒着していた者達を捕縛させている。これでシーカールも健全な街となるはずだ」
「では、本官達に処罰などは…?」
「今回はお咎めはナシだ。キミ達は我々の現地協力者ということにし、今回の戦闘も私の指示で行ったとすれば何も問題は無い」
「本官が使った言い訳と同じでありますな」
「便利な言い訳だから使わせてもらった。こういう時は臨機応変かつ、我ら特務騎士隊に与えられた権限などを利用してもバチは当たるまいよ。ま、少し話を訊かねばならないがな」
ベルギットの配慮により、アリシア達に何かしらの罰が与えられるような事態は避けられた。
安堵するアリシア達は一息つき、ようやく緊張から解放される。今日一日はドタバタであったので、ゆっくり休みたいところだ。
「私はまだ仕事があるのでな、キミ達の話を聞くのは今夜としたいが構わないか?」
「ああ、問題ない。アタシ達はフリーデブルクという宿に泊まっているから、そこを訪ねてくれ」
「分かった。ミリトア、キミには事件の事後処理に付き合ってもらう必要があるから、付いてきてもらえるか?」
頷くミリトアを連れ、ベルギットは部下達と合流するべく港に向けて歩き出した。
その背中を見送りつつ、ルトルーが疑問に思っていたことを口にする。
「あの、アリシアお姉様はエルフ村から来たのデス?」
「はい。魔物の襲撃を受けた後、ミューアさんに助けられて……つい最近の出来事なのですが、なんだか遠い昔の話のような気がしてきました」
「わたしは村が襲われた時、なんとか魔物に見つからず逃げ出せたんデス。でも、行先も目的地も無いまま放浪していて、そうしたらブルーデプスに捕まってしまったのデス……」
あの惨劇の夜、ルトルーは攻撃をくぐり抜けて村を脱出していた。だが、逃げ出したところで行くアテなどなく、人間族の街を見つけることもできないまま囚われの身になってしまったのだ。
「アリシアお姉様はこれからどうなさるのデス?」
「私には目的があって王都を目指しているんですよ。この話は宿に向かいながらするとしましょう」
先日から泊まっている宿”フリーデブルク”へと戻ることにし、その道中でピオニエーレや世界樹の枝、エルフの雷について一通りの説明をするのであった。
「なるホド、大体の事は分かったのデス」
フリーデブルクの食堂にて、夕食を食べながらアリシアやミューアの旅のあらましを聞き終えたルトルー。村を旅立ってからの様々な戦いやトラブルについての話は結構長く、軽く一時間は聞いていた。
「ピオニエーレ……そのエルフが村を壊滅させた黒幕だということは理解できたデス」
「あのクソエルフは最近出番が少ないから影薄いけどな。若干忘れてたし……でも、きっと何か裏でやっているに違いない。ヤツはエルフの雷への執着が強く、その強力な武器を使った悪だくみをしているからな」
確かにピオニエーレと最後に交戦してから時間が経ち、ここ最近は姿を見ていない。勝手にくたばっているなら良いが、あのようなダークエルフは野望も果たせないまま消えるような存在ではないだろう。
「まぁ、王都に行ったからとエルフの雷に関する情報を得られるとは限らないけどね。しかし、人間族の王族とエルフ族族長とは交流もあったから、村の事を女王に伝えれば何か事態が動くかもしれない」
エルフ村はビロウレイ王国の領土内に位置していたため、互いの種族には交流がある。となれば、村の悲劇を伝える事で何かしらの対応をしてくれると期待したいところだ。
ルトルーは久しぶりのマトモな食事を終え、目の前に座るミューアの顔をフと眺める。その瞬間、ルトルーの脳内に過去の記憶がフラッシュバックしてハッと目を見開いた。
「ミューアさんのことで思い出した事があるデス!」
「な、なんだいきなり?」
「船で会った時、昔にもミューアさんと会った事があると思ったのデスが、それは気のせいでも間違いでもなかったのデス!!」
「…ほう。それで、どんなんを思い出したんだ?」
「ミューア・イェーガーというのは偽名ですね!? いや、ミューアという名は正しいデスが、姓が違うのデス。本当のアナタはミューア・エルフリード……エルフ族族長のお子さんのお一人なのデス!」
一瞬、アリシアは理解ができなかった。しかし、ルトルーの言葉が脳内に染み込み、ようやく言っている意味が分かって驚きを隠せない。
「えっ、えーーーっ!?!? ミューアさんて族長さんのお子様なのですか!?」
勢いよく立ち上がったアリシアの問いにミューアは静かに目を閉じる。果たして彼女の真の正体とは、勘違いではなく本当にルトルーの言う通りなのだろうか?
-続く-




