シーカールの暗部
翌日、アリシア達は山道を抜け、湾岸都市シーカールの近くまで迫っていた。そこには人攫いを生業とする集団が潜んでおり、アリシアの同族であるエルフ族も囚われているのだ。
「アレがシーカールだ。なんとか無事に辿り着けたな」
ミューアの示す先、建物の乱立する街が見えてきた。タチアナと出会ったディガーマよりも規模が大きく、潮風の吹き込む港には多数の船舶が停泊している。さすが海外の国家と取引を行う要衝であり、ビロウレイ王国内の中でも最大規模の街だ。
「さて、ブルーデプスの本拠地候補である地下施設へと行ってみるか。さっさと叩き潰して捕まっているエルフを救出してやろう」
「ですね。早くしないと船に乗せられて海外に連れていかれてしまいますし」
商船に乗せて攫った人々を売り払うのがブルーデプスのやり方である。その前に取り返さなければ、手遅れになってしまうのだ。
「アレを見てみな、アリシア。街の中央部に海から繋がるデカい水路があるだろ? あの水路の終着点が地下施設なんだよ」
シーカールの街を両断するようにして太い水路が通っている。これは川のような形状をしているが、人工的に掘り出されたものであり、当初は船舶移動用として設置されたことから運河そのものと言える存在だ。
今では本来の目的には使用されておらず、もっぱら街中に物資を運搬するための輸送路として活用されていた。
「準備はいいな? 敵地へ乗り込むんだから、結構な覚悟が必要だぞ?」
「はい。行きましょう!」
長距離を歩いてきた後であるがアリシアは闘気に満ち溢れている。ブルーデプスを許せないという怒りのパワーが彼女の気力に直結しており、それは自分だけでなく同族たるエルフが被害に遭ったからだ。
人々の行き交う中心街を抜け、閑散としたエリアへと足を踏み入れる。その内に水の流れる音が聞こえてきた。
「この水路を辿ればスグに着く。装備の用意をしておけよ」
海側から流れ込む水流に従うようにアリシア達は進んで行く。ここから先は更に人気が無くなっていき、活気のある湾岸都市とは逆行するような不気味な雰囲気が漂っていた。
「あれが地下施設に繋がる入口ですかね? 大きな扉が閉まっていますが」
「そのようだな。ん、アイツはなんだ?」
水路の終点には巨大な門にも似た扉があって閉鎖されており、その扉の前に人影があった。たった一人でなにやら扉の隙間から中を覗き込んでいる。
「まあいい。地下について話を聞いてみるか」
ミューアは剣をいつでも手に取れるよう鞘に手を添え、扉の前に立つ女性に話しかけるため近づいた。容姿は二十代といったところで、怪しさはあるもののブルーデプスのメンバーには見えない。
「おい、アンタ。こんなところでナニしてんだ?」
「ひぃ!? 本官は不審者ではないであります! 偵察、そう偵察をしているのであります!」
背後からの接近に気がついていなかったのか、いきなり声をかけられた事に驚いているようだ。アリシアのようにアワアワとし、弁明するようにまくし立てる。
「なんだ…? どういうんだ?」
「アナタ方こそ何者でありますか!? どうやらエルフ族さんのようですが!?」
「アタシ達はその…旅をしていてな。イロイロとあってココの中に入りたいんだ」
「はぁ…? しかし、ここは立ち入り禁止区画であります! 警官隊の一員として許可できないであります!」
「なんだと? アンタは警官なのか」
「本官はミリトアというであります。これでも立派な警官なのであります」
とても治安維持職に就いている者には思えないが、ミリトアは街を守る警官隊所属らしい。身分を詐称している可能性もあるが。
「警官であるなら、ブルーデプスは知っているな?」
「知っているであります。本官はブルーデプスの本拠地と噂される場所を突き止めるべく調べているのでありますよ」
「ほう。でも、なんでアンタ一人でやってんだ? 他の警官隊はどうした?」
「恥ずかしながら、我々警官にはブルーデプスを調査する権限を与えられてないであります……」
「上層部から圧力を掛けられているんだな? それで野放しにするしかなかったと」
「はい、であります……」
ブルーデプスと警官隊上層部の癒着は本当のようだ。金銀財宝と引き換えにして、捜査の手が及ばないよう働きかけているのである。
「でも今のままではダメなのであります! 街を、ビロウレイ王国の本当の平和のためには見過ごしてはいけないのであります」
「ふむ。心意気は充分か」
ミリトアは警官としての高い志をしっかりと持っているらしい。そうでなければ、上層部から捜査を禁じられているにも関わらず単独で動くなど出来はしない。
「立派ですね、ミリトアさんは。私、感激です!」
「いやいやぁ、褒められると照れるであります。本官のやる気もメガマックスであります!」
ガッツポーズして嬉しそうに気合を入れるミリトア。少々頼りなさもなるが、味方として戦うには心強い存在となるだろう。
「ふふ、可愛いコが増えるのは大歓迎よぉ。でもぉ、わたくしの一番はアリシアちゃんだけどねぇ」
「バカ言ってないで地下施設の中に侵入するぞ。扉はゆっくり開いて音がしないよう気を付けろよ」
ミューアはタチアナを引っ張って錆びた扉の前に立つ。そして、二人で音が出ないよう慎重に動かし、人一人が通れる僅かな隙間を作った。
先に通ったミューアが手招きしてアリシア達も続く。
「なんだかカビ臭いというか……あまり長居したくない場所ですね」
「閉鎖された場所だからな。行政には放置されて、誰も整備なんかしてないもの。こんな場所を好むのは不衛生な動物や虫くらいだろう」
鼻をつまみながらアリシアは薄暗い周囲を見渡す。ろくな光源は無いが、あくまで潜入作戦であるので魔結晶で明りを灯す事はできない。
「静まり返っているわねぇ。こんなところに本当にブルーデプスはいるのかしらぁ?」
「そうは見えないな。ガセネタを掴まされたか」
慎重に先へと進んで行くものの、シンとしていて滴り落ちる水の音などしか聞こえない。ココに本拠地があるのならば、もう少し物音やら話し声やらに溢れているハズだ。
そんな中、地下の壁際に木枠で出来た簡易的な家を発見した。
「もしかして、アレが敵の拠点なんてことはないよな?」
ミューアは木製の家の前に立って中を確かめようとした、その時、
「あら、お客さんなんて珍しいわね。こんなトコロに何の用だい?」
ギィと軋む音と共に入口となっているドアが開き、中年の女性が姿を現した。あまり手入れのされていないコートを羽織り、ぼさぼさの髪の毛は好き放題に伸びている。
「アンタはココで暮らしてるのか?」
「そうとも。あたしゃ一文無しの身だからね、ここは家賃もかからず悠々自適に生活できるパラダイスだよ」
「何処を楽園に感じるかは人それぞれだからな。ここでの生活は長いのか?」
「もう結構な年数暮らしている。ここが第二の故郷だね。わっはっは!」
陰気な場所だが女性は快活に笑い、腕を伸ばしながらストレッチを始める。木製の家は狭いようで、たまに体を動かすのが彼女の少ない楽しみなのだ。
「アンタは…ブルーデプスじゃないな?」
「違う違う。このアッシーワは悪事に手を染めた事なんかないよ。まぁその、街に落ちている物を勝手に持ち帰っているってのは大目に見てくれな」
「そうかい……この地下エリアにはブルーデプスが潜伏していると思っていたんだが、何か知らないか?」
「ほう、情報を求めているんだ? なら、あたしが力になれんこともない。けどねぇ、それなりの対価は貰わないと割に合わないわねぇ」
アッシーワと名乗る女性は顎を撫でながら不敵な笑みを浮かべている。こういう時に自分に有利になるよう交渉するのはヤリ手の手口だ。
「分かった。食料ならあるが、それでいいか?」
「ああ、いいだろう」
ミューアはポーチからリンゴやらの食料をいくつか取り出し、アッシーワに渡す。
それを満足そうに受け取ったアッシーワは、久しぶりのご馳走だとばかりに口に放り込みながら話し始めた。
「アンタらの言う通り、ブルーデプスはこの地下の奥地を拠点にしていた。ご近所付き合いとしてヤツらと挨拶を交わした事もあるけど、ヤバい連中なのは知っていたから極力接しないようにしていたんだよ。でもある日、ヤツらはココから引っ越して行ったんだ」
「引っ越し? ドコに行ったかは知らないか?」
「行先までは知らないわねぇ」
既にブルーデプスは地下施設から去ってしまったようで、そのために閑散としていたのだ。残念ながらアテはハズレてしまい、ミューアはフムと考え込むように腕を組む。
しかし、アッシーワの情報はここで終わりではなかった。まだ続きがあると、リンゴを噛み砕きながら再び口を開く。
-続く-




