反撃のエルフと忘れ去られた尿意
人攫い集団ブルーデプスはアリシアを捕まえて一時的に優位に立っていたものの、救援に駆け付けたミューアとタチアナの攻撃を受けて追い込まれていた。最初は人数差で上回っていたので勝利を疑わなかったが、アリシアのために戦う二人の戦闘力は予想を超えていたのだ。
「残るはテメェだけだな。もう諦めろ」
怒りに燃えるミューアは次々と敵を切り裂き、ブルーデプスのメンバーは遂に残り一人となった。
その一人は悔しそうに唇を噛みしめ、武器を放棄しながら戦意は無いと主張している。この状況では抵抗しようにも活路を見出すのは困難だろう。
「私以外にもエルフを捕まえたと言っていましたが、詳しく聞かせてください」
手首を縛っていた縄をタチアナに解いてもらったアリシアは、ブルーデプスのメンバーを問い詰める。村が壊滅した今、生存しているエルフ自体が少なくなっており、同胞を探すアリシアには無視できない事であった。
「たまたまの話だ。ここから離れた森の中で偶然見つけたんだよ。ボロボロの状態で何処かから逃げてきたかのような格好でさ。捕まえるのは簡単だった」
「エルフ村から脱出したエルフなのでしょうか……」
詳細は不明だが、ボロボロであったなら炎上する村から着の身着のまま逃げ出したエルフである可能性はある。そこを狙われてしまったのだろう。
「もう海外に連行してしまったのですか?」
「さぁ…本部の動き全部を把握なんてしてないから分かるものかよ。ウチらは人攫いの実行部隊で、船で商売すんのは別のチームだからな」
囚われのエルフの無事は今知る事は出来ないようだ。
「そうかい。じゃあアタシ達をブルーデプスの本部とやらに連れていってもらおうか」
「…仕方ないな」
降伏して従ったようにみせかけるが、ブルーデプスのメンバーは逆転を狙って狡猾にも隙を狙っていた。月明かりが雲によって遮られ、一瞬暗黒が周囲を包み込んだ瞬間、腰の裏に予備として装着していた短剣を握る。そして、タチアナがしたようにミューアに向かって投げつけようと画策したのだ。
しかし、その考えは甘かった。
「……ナメてんじゃねェぞ」
短剣が手を離れる前に、ブルーデプスメンバーの首が体から切り離されて地面に落下する。敵の動きをミューアは見逃しておらず、相手が腰に手を回した瞬間には至近距離に肉薄していたのである。
このブルーデプスメンバーの奇襲は並みの人間などであれば成功していたはずであったが、ミューアには通用しない。魔物でも人間でも最後の悪あがきとして決死の行動を取ることがあり、戦いの中で生きてきたミューアは決して油断をしないのだ。
「全員倒してしまったな…これじゃコイツらのアジトの場所を探すのは手間取るな」
周囲には人攫い達の何体もの亡骸が転がっており、これでは湾岸都市シーカールにあるという本拠地の所在を聞き出すことはできない。
ミューアは武器を収納しつつ、凄惨な戦闘現場からアリシアを遠ざけるようにしてキャンプ地へと連れていく。襲われてショックを受けたであろうアリシアに、これ以上のストレスを与えたくないと無意識の行動である。
「怪我は無いか?」
「はい、怪我はありません。ミューアさんとタチアナさんのおかげです。ありがとうございます」
「いいのさ。にしてもアリシアの機転には驚いた。まさか矢を使ってピンチを知らせるなんてね」
「あの時はアレしか方法が無かったもので…本当なら自力で突破できれば良かったのですが……」
「突然の襲撃には誰でも対応が難しいものだよ。そんな中でも臨機応変に動けたというのは大したものさ」
ミューアはアリシアの頭にポンと優しく手を置きつつ、緊張を和らげるように声をかける。このおかげか、アリシアの震えていた手は次第に落ち着きを取り戻したようだ。
「私達はこれからシーカールに行くんですよね? さっきの人達の潜んでいる街に」
「そのつもりだったけど、アリシアが嫌なら迂回して別の道を考えるよ?」
「あ、いえ私なら問題ありません。むしろシーカールに行って、捕まっているエルフの方を助けたいと思うんです」
「アリシアならそう言うと思った」
こういう時にもお人好しを発動させるのがアリシアである。自分が被害を受けつつも挫けない強さは称賛に値するものだが、もう少し自分を優先するべきだとミューアは思う。
「シーカールは大きな街だから、怪しい場所も多い。そこをくまなく探すなら時間がかかるかもしれないな」
「ブルーデプスは悪名高い犯罪組織なのですよね? なら警察隊に目を付けられていたりしないのでしょうか?」
「それがさ、ブルーデプスは警察の上層部と街の権力者に取り入っているという話なんだ。お金だとか宝石なんかを握らせて、自分達の悪行を見逃してもらっているんだよ。だから街の中に拠点を置けるし、堂々と商船を港に停泊させておけるってわけ」
「そんな……」
ギャングなどの犯罪組織が警察当局と裏で繋がっているというのは昔からよくある話である。そうした街は無法地帯となるが、利益を得ている当人達は全く気にもせず、私腹を肥やせればいいという考えなのだ。
「そういう手口はタチアナの方が詳しいな? 権力者を抱き込んだりしたんだろ?」
「あんな悪い連中と同じにしないでもらいたいわねぇ。確かに資金調達のために金持ちに近づいたし、バーのマスターに裏金を渡して悪いウワサが立たないよう口止めをした事はあるけれどぉ……」
「そんで気に入った女の子を持ち帰るのを見逃してもらっていたのか」
「合意の上でお持ち帰りしていたのよぉ? わたくしに抱かれたいというコも多かったし、決して合意無しで無理矢理襲ったりはしていないわぁ」
「にしてはお菓子に媚薬を混ぜ込んでいたが?」
「アレはサービスの一環よぉ。居酒屋では頼んでいなくてもお通しが出てくるでしょう? そんな感じで、情熱的な夜を楽しんでもらおうという心遣いなのぉ」
「そうかい……」
ミューアは呆れるように首を振りながら、シーカールの街を頭に思い浮かべた。以前にも訪れたことがあって、一見すると活気に満ちた健全な街でしかないのだが、重犯罪の温床となっていると考えると別の見え方が出来る。普段は隠れている街の暗部が顔を覗かせるのだ。
「思い出したんだけどシーカールには広い地下エリアが存在する。昔、小型船舶の格納庫として利用されていたんだけど、不便だったうえに湾岸を拡張した事で新しい格納施設が建設されて閉鎖されたんだ。けれど、今では身元が怪しい者達のたまり場になっているらしく、普通は誰も寄り付かない」
「ということは、その閉鎖されているはずの地下エリアにブルーデプスが隠れながら活動しているかもしれないのですか?」
「可能性はある。実際に確かめてみないと分からないけどね」
閉鎖された地下空間など普通に生活していれば目に付くことはない。つまり隠れて活動するには丁度良く、行政と裏取引をしているような連中の隠れ蓑には最適なのだ。
「アリシアがやる気になってんだから、タチアナにも協力してもらうぞ」
「任せなさぁい。アリシアちゃんの尖兵として戦うつもりで付いてきたんだものぉ。相手がどんなヤツらだろうと、アリシアちゃんの敵となるなら殲滅するだけよぉ」
大きな胸を張りながらキメ顔で宣言するタチアナ。敵としては厄介な存在であったが、仲間となった今はとても心強い。
「ありがとうございます、タチアナさん。三人なら危険な集団にも勝てる気がしてきます」
「うふふ。アリシアちゃんに感謝されると興奮してくるわぁ……」
しなやかに身をくねらせながらタチアナは息を荒げている。本当に興奮しているらしく、やはりこんな異常者を仲間にするのはヤバいのではとミューアはジト目で見ていた。
見張りを買って出たタチアナは周囲の警戒を続け、アリシアは休むように言われて木を背に座り込む。
「あの、ミューアさんも一緒にどうですか…?」
アリシアの上目遣いのお願いを拒否するワケもなく、ミューアは隣に腰かけた。それを待っていたようにしてアリシアは寄り添う。
「えへへ、ミューアさんの温かさって安心できます」
ミューアの肩に頭を傾けて静かに目を閉じる。ストレスを鎮めるには、こうしてミューアを直に感じることが一番だと本能で理解していたのだろう。
「ゆっくり寝てていいよ。何が来たとしても、アリシアはアタシが命に代えて守る」
「私だってミューアさんを…と言いたいところですが、今日も情けないトコロをお見せしてしまって……」
「エルフには得意不得意がある。アタシも弓は使えるとはいえ、アリシアのような能力はない。つまり、お互いに得意な分野で助け合えばいいんだ」
接近戦はミューアが、遠距離戦はアリシアが行い戦えば補い合える。今回のような対人近距離戦闘はアリシアの不得手とするものであり、そんな状況でも最善の手を打てたのだから落ち込みすぎる必要はないのだ。
優しい言葉にアリシアは幸せそうにし、しかし何か忘れていると引っかかるものがあった。
「ん? そういえば私は何故あんな場所に一人で行ったんでしたっけ…?」
アドレナリンのせいか尿意を完全に忘れていたアリシア。
この後、真夜中に目が覚めてトイレに急行するハメになったのは内緒である。
-続く-




