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ストークレイダー

 荒野を進み、標高の低い山へと分け入るアリシア達一行。タチアナと出会ったディガーマの街を発ってから二日が経過しており、多少くたびれながらも王都方面を目指していた。


「この山を越えた先に湾岸都市シーカールがあるのよねぇ。そこを経由して王都に向かうのがいいと思うのだけれどぉ?」


「そうだな。一番安全なルートだろうな」


 シーカールはビロウレイ王国で一番の貿易都市である。広大な沿岸の船着き場では商船が行き交い、海外国家と取引を行う最前線なのだ。

 

「湾岸都市ということは海と接しているのですよね? 村から出た事の無かった私は海を見るのは初めてなんです!」


 それを聞いていたアリシアはワクワクしたように目を輝かせていた。今まではエルフの村から外に出た経験が無かったため、海という存在はウワサに訊く程度しか知り得なかったのだ。


「水で満たされているのが海なんですよね? 一体どんな感じなのか想像もつきません」


「まあ初見は感動するかもね。見晴らしのいい場所から眺めると、まるで大地のように広がっているように見えるよ」


「そんなに広大なのですね。ますます楽しみです」


 ピュアな子供のように心をトキめかせているアリシアは、ミューアとタチアナを和ませる。二人共もはや海ごときで感動するような純粋さなど失われており、アリシアのウブさには眩しさすら感じていた。


「船という乗り物を使って海を渡る人々がいるらしいですが、私達も船に乗るのですか?」


「いや、王都までは地続きになっているから、シーカールには宿泊と物資補給に立ち寄るだけだよ。軽く観光して海を見学することは出来るけど」


「そうですかぁ。残念です……」


「ピオニエーレとの因縁に決着が付いたら、その時は船に乗って旅行にでも行こう。海外視察も悪くないしな」


「はい、約束ですよ!」


 ニコッと笑うアリシアにミューアはウインクを飛ばし、そのように約束を取りつけた。これには戦いが終わっても一緒にいようというメッセージが暗に籠められている。


「ちょっとぉ、ミューアちゃん。抜け駆けでアリシアちゃんをデートに誘うのはズルいわよぉ」


 二人の会話を耳にして唇を尖らせながら抗議するのはタチアナだ。彼女もまたアリシアに惹かれる者であり、ミューアを正真正銘のライバルとして認識しているらしい。


「ふん…言ったと思うがアリシアに手出しはさせないからな」


「勝負は劣勢の方が燃えるものよぉ。わたくしだってアリシアちゃんのハートをキャッチできるようにココから挽回してやるからぁ」


「諦めの悪いヤツめ…!」


 ミューアが圧をかけても態度を崩さないタチアナ。百年以上生きていれば苦難をいくつも乗り越えてきたわけで、この程度では全く怖気づかない根性を手に入れているのだろう。

 バチバチに火花を散らしているミューアとタチアナであったが、周囲が暗くなり始めたのを認識して歩みを止めた。夜が近づいているのだ。


「これ以上進むのはヤメておこう。山の夜は本当に暗いからな」


 無理な前進は身を削るだけである。特にアリシアは戦闘慣れしてきているとはいえ、ミューアのように単独でも生存力の高いエルフとは異なりサバイバル初心者なのだ。

 山中にて野宿することとなり、岩にミューアは腰かける。


「明日にはシーカールに到着するだろうから、そしたらまた宿泊施設でゆっくり休もうな」


「はい。でも、私はこうした自然の中で休息を取るのも好きです。キラキラな星を見上げて眠るのってリラックスできますし」


「アリシアは天然もののエルフだものね」


 もともと自然環境を好む種族であり、アリシアは野宿をするのは苦痛ではなかった。虫の鳴き声を聞きつつ、夜空に広がる星々を観察するのも趣味の一つである。


「純真でいいわねぇ、アリシアちゃん。ちなみに、わたくしはベッドでオンナのコを抱いて眠るのが幸福なのぉ」


「オマエは逆にすがすがしいよ。自分の欲求に素直で……」


「こんな世知辛い世の中ですものぉ、好きに生きなければ損するだけよぉ?」


「そんなだから村から追放されたんじゃねぇの…?」


 タチアナもまたダークエルフであり、何かしら追放された理由があるハズだ。


「わたくしは昔は真面目なエルフだったのよぉ。でもね、息苦しくなって自分に正直に生きようと思ったのぉ」


「…その正直さとは?」


「そりゃ勿論、好みのオンナのコを抱くということよぉ! 村を出てからというもの、そりゃ多くの女の子を手にしてきたケド、まあ楽しかったわぁ。まさに生きているという感覚を感じることができたわねぇ」


「そ、そうですか……」

 

「ふふっ、アリシアちゃんくらいピュアピュアに生きていれば追放される事はないでしょうけれどねぇ……さぁ、今日はもう寝ましょう。明日は久しぶりに街に行けるとなれば、踊り子としてのステージを開催できるかもしれないしぃ」


 忘れていたがタチアナは踊り子を職業としている。多くの観客が集うステージにて舞うのが彼女の仕事でも楽しみでもあって、シーカールのどの酒場に行こうか考えているようだ。


「アリシア、先に寝ていていいぞ。アタシが見張りをやっておくから」


「あ、じゃあ寝る前にお花摘みに……」


「武器はちゃんと持っていけよ。タチアナのような不審者に襲われるかもしれないからね」


 アリシアは魔弓を背負って簡易キャンプ地から離れる。野宿での難点はトイレが無いという点であり、丁度いい場所を探すのにも一苦労なのだ。


「わたくしが不審者ってどういうことよぉ。どこからどう見ても善良な踊り子じゃないのぉ」


「その露出は不審者なんだよ。胸と股がギリギリ布で隠れているだけで、ほぼ全裸だぞ」


「ミューアちゃんも脱いでみれば分かるわぁ。この開放感を感じたら最後、服なんて邪魔にしか思えなくなるわよぉ」


「そーゆーのを露出狂のヘンタイってんだよ」


 セクシーポーズを決めるタチアナに対して呆れながらも、ミューアはアリシアの心配をしていた。周りは真っ暗で、夜目が効いてきたとはいえ視界は限られる。そんな中で何者かの襲撃を受けたり、足を踏み外すなどの事故が起きれば助けるのも容易ではない。




 一方、アリシアはキャンプ地から少し離れて木々の間で身をかがめた。ここなら誰にも見られる事なくトイレとして使えるだろう。まあそもそも、こんな夜の山中に他に人がいるとは思えないが。


「なんだか不気味ですね……」


 風が吹き、草木が揺れる。カサカサという音にアリシアはビクッとし、何か動物か魔物でも潜んでいるのではという疑心に囚われていた。暗闇で一人になれば心細くもなるし、さっさと用を足してミューア達の場所へと帰ろうとズボンを脱ごうとする。

 直後、


「何かの影!?」


 僅かな月明かりを受けた何かが視界の端で動いた。錯覚かもしれないが、恐怖を感じたアリシアは魔弓を装備する。この緊張で尿意はどこかに引っ込んでしまい、今のアリシアの思考を支配するのは謎の動体が何者かという疑問だけだ。


「困りました……ミューアさんと合流した方がよさそうですね」


 もし何かしらの敵対者の接近となれば一人でいるのは危険だ。戦闘慣れしてきたとはいえアマチュアの域を脱していない。

 立ち上がったアリシアは来た道を戻ろうとしたが、


「仲間のもとへは行かせないわよ!」


 という声と共に人影が目の前に飛び出してきた。しかも、同時に背後や側面にも立ち塞がるように人型が現れる。


「人間さんですか? 一体何を…?」


 その者達は人間族であり、一様に不敵な笑みを浮かべていた。更には青色のバンダナを全員が頭に巻いていて、どうやらお揃いのコスチュームとして着用しているようだ。つまりは組織立って動いているものと推測できる。


「簡単に言えばアタイ達は人攫いさ。アンタみたいなエルフはレア種だからねぇ。獲物を探して遠征に向かっている最中、たまたまアンタ達を見かけたんで後をつけてきたんだよ」


「人攫い!? 攫ってどうするんです!?」


「売っぱらうに決まってんだろう。海外の金持ちは気前よく人身売買に応じてくれんのよ。きっとアンタみたいなエルフなら、人間の倍以上の値段を提示してくれるはずだ」


「なんという非人道的なことを!! アナタ達には心は無いのですか!?」


「心だぁ? 笑わせるんじゃないよ」


 バカにするようにして人攫い達はアリシアを罵る。もはや言葉は通じないようだ。

 ジリジリと距離を詰めてくる敵に囲まれながらも、アリシアは戦闘態勢を整えて脱出の機会を窺うのであった。


  -続く-

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