森の殺戮者、ギラビー
ソトバ村に隣接する森へと入り、先へと進んでいくアリシアとミューア。この森を抜けた先にあるディガーマという人間族の街を目指しているわけだが、まだまだ到着は先になりそうだ。
「エルフ村を囲んでいた森よりも道のりが険しいですね。なんていうか、デコボコとして歩きにくいです」
「ふっ、アリシアは自然豊かな場所が好きだったんじゃないのか?」
「そうなんですけど、ここはリラックスできませんね……」
「もうちょっとの辛抱さ。ディガーマに着いたら、まずは宿を確保して休もうな」
そもそも二人は先日、パラサイトモスカという魔物と激闘を繰り広げたばかりである。一応はラミーの家で休ませてもらったが、一晩で疲れが完全に取れるわけではない。
ミューアが差し出した手に掴まって倒木を乗り越えたアリシアは、小さくお辞儀して笑みを浮かべる。
「でもミューアさんが一緒ですから滅入りませんよ」
「アタシがアリシアの精神安定剤の役割を果たせているなら結構」
「離れないでくださいね?」
「当然。いつだって傍にいるよ」
キメ顔でそう言うミューアであったが、直後、長い耳をピクッと反応させて周囲に目を向ける。
「しゃがんで、アリシア。この羽音、聞こえるか?」
「ブゥーンと低い羽音ですね。まるでハチのような……もしかしてギラビーですか? ラミーさんの言っていた」
「そうらしい。普通のスズメバチとか比較にならないデカさだと思えるな」
エルフ族は聴覚に優れていて、特にミューアはアリシアよりも聞き分ける能力が高い。そのため、音から重さのような感覚を察知することが可能であり、今聞こえている羽音は通常のスズメバチよりも重く感じたのである。
「チィ…! コッチに近づいてきているな」
木々に反射する羽音は徐々に大きくなってきている。エルフの存在に気がついているのかは知らないが、間違いなく接近しているのだ。
「やり過ごすしかないな。静かにして目立たなければ大丈夫なハズ」
「一歩も動きません」
うつ伏せにして地面との一体化を図るような姿勢のアリシアは、微動だにせず呼吸も最小限に留めていた。
奇妙な死体を装う彼女にミューアは噴き出しそうになるも、敵の接近を思い出して冷静に膝立ちのまま警戒を続ける。
「アレか……森の殺戮者の名はダテじゃないな」
ゆっくりとした動作で顔を動かし、草影から覗くミューアはギラビーの姿を視界に捉えた。全長二メートルにも及ぶスズメバチに似た魔物は、特に戦闘態勢を取るでもなく低速で飛行している。餌となる対象でも探しているのだろうか。
「アイツは肉食だと聞いたな。食える動物を探して徘徊しているんか」
そんなギラビーは二人のエルフの至近距離から離れようとしない。アリシア達の気配を察知し、捜索している可能性がある。
となれば発見されてしまうのは時間の問題だ。先制攻撃を仕掛け、仲間を呼ばれる前に勝負を付ける事も考えなければならないだろう。
「アリシア、戦いになるかも。そろそろ起き上がっておいたほうがいいよ」
「……」
「アリシア!?」
「ハッ! すいません、寝てました」
この短時間で眠りに落ちていたらしく、呼びかけにパッと瞼を開いてキョロキョロとしていた。
緊迫した状況下でよく睡眠を取れたものだが、いくつかの戦場を経験したアリシアの危機感がいよいよ壊れてしまっている証拠なのかもしれない。平凡な少女が普通では体験しないような事態に何度も直面していれば、心も思考も乱されて平常を保つなど不可能だ。
「ギラビーに不意打ちを仕掛けるよ。アタシが先行して敵の気を引く」
「分かりました。私は後方から援護を……」
アリシアは背負った魔弓を手で掴んだ。
その瞬間、木漏れ日が魔弓の表面で反射され、あろうことかギラビーの顔に向けてしまったのである。これは完全な事故であるが、そもそも魔弓の黄金色は光を反射しやすい特性があるので装備の問題と言える。
「あわわ!? 光っちゃって!?」
「隠密性ゼロがここでアダに……」
「ひぃ! ごめんなさい!!」
「心配すんな。こうなりゃ正面から斬り込んでやる!」
草影から飛び出したミューアはギラビーに対して突撃を敢行。それに気がついたギラビーは臨戦態勢を取り、毒針で迎撃しようと背中を丸めて突き出した。
その長い針による一撃を剣で弾いたミューアは、相手の懐に肉薄する。そして、振りあげた剣先がギラビーの足の一本を切断し、更に連続で繰り出される斬撃が胴体を裂いたのである。
このスピード感溢れる強襲でギラビーは弱り、もう反撃することもできない。もはや勝負は決したのだが、
「急いで逃げるぞ、アリシア。針から溢れだしている毒液がフェロモンとなって仲間が集まってくる」
ミューアはトドメを刺して退避を促す。
というのも、ギラビーは戦闘開始時に針全体に毒液を流し、この液体に含まれる独特のフェロモンによって仲間を呼びよせるのだ。相手を殺害するための攻撃用としてだけでなく、敵襲を知らせる信号としての役割も果たしているのである。これは虫のスズメバチにも搭載されている機能であり、見た目だけでなく能力面でも酷似しているらしい。
「くっ、さすがギラビーは速いな…!」
逃走を開始して間もなく、重低音が後方から迫ってきているのが分かった。先程交戦したギラビーが呼び寄せた仲間達に間違いない。
「逃げ切るのは無理かっ! 仕方ない、反転して攻勢に出るぞ」
「了解です!」
森の外に脱出したとしても敵の追撃を振り切れるわけではなく、しつこい狩猟者のように狙ってくるだろう。
それに開けた場所では数が多い側が囲んで有利となるので、むしろ障害物のある地帯で戦う方が得策となる。
「まだ距離が少しあるのだから!」
アリシアはズシャッとスライディングしながら足を止め、黄金の魔弓から矢を射る。
通常、射線の途切れる森の中では弓兵は不利となるのだが、アリシアは脳波コントロールで矢の動きを制御でき、木々の間を縫うように飛ぶ矢がギラビーの一体を貫通した。
「ヒュー! アリシアの矢は相変わらず凄いな」
アリシアはトリッキーな魔弓の扱いに完全に慣れており、矢の遠隔コントロールを自在に操っていた。最初こそ戸惑っていたものの、彼女の適応能力は案外高いようである。
そのアリシアの支援を受けるミューアは、残るギラビー三体を正面に据えて剣を構えた。
「かかってこい! 近づいた瞬間に細切れにしてやる!」
仲間を討たれたギラビーは怒りに燃えているようで、三方向に散開してミューアを取り囲もうと動く。
そして、幾人もの人間族や動物を葬ってきた毒針でミューアを狙う。
「見切ってしまえば…!」
猛スピードで至近距離まで詰めてきたギラビーだが、尻節の針を突き出すという行動で多少鈍る。この毒針攻撃の瞬間が最大の隙となっているのをミューアは瞬時に察したのだ。
「そこっ!」
槍のような針をギリギリで回避したミューアは、剣でギラビーの頭部を斬りつけた。血が噴き出して左の複眼が潰れ、痛みに狼狽えている。
その負傷した個体を援護するように残る二体のギラビーが飛び出すが、
「ミューアさんは私が守ります!」
離れた場所で膝立ちをするアリシアが矢を射る。この一撃はミューアを襲おうとしている一体の側面に直撃し、胴体を粉砕して絶命させた。
しかし、アリシアもまた脅威的と判断したもう一体のギラビーはミューアへの突撃を中止して、複眼をカッと発光させる。
「魔弾がくるぞ、アリシア!」
接近戦を得意とするギラビーだが遠距離戦にも対応しており、魔力を溜めた複眼から魔弾を発射できるのだ。威力自体は平凡であるとはいえ、直撃すれば半身をグチャグチャにするだけの能力はある。
ミューアの忠告を聞いたアリシアは狙撃位置から退避し、直後、そこにギラビーの魔弾が着弾した。
「射撃勝負なら負けません!」
アリシアは木の影に隠れながらも魔弓を構えて矢を放つ。直線的な魔弾しか撃てないギラビーと異なり、半円を描くような射線で矢を飛ばせるアリシアが有利だ。
「曲がれっ!!」
念じるアリシアに呼応するように矢がグイッと軌道を変える。そして、回避を試みたギラビーの頭部を破砕してみせた。
「ミューアさん、コッチも仕留めました!」
「よし! であれば残るは手負いの一体!」
先程のミューアの斬撃で負傷した個体で最後だ。
ミューアは自信を持ってジャンプし、ノロノロと後退をかけるギラビーの背中を一刀両断にして撃破に成功する。
「ピンチだったけど乗り切れたね。敵の個体数も減ったし、これでラミーやソトバ村の人達も森を通りやすくなったかな」
「そうですね。皆が魔物に怯えず生活できる日々が帰ってくればいいのですが……」
「だな。それこそエルフの雷さえあれば可能かもしれないな」
大昔に魔物の軍勢を撃滅したとされるエルフの雷。ピオニエーレも獲得を狙う最終兵器は今こそ人々のために使う時なのかもしれない。
とはいえ所在地は誰も知らず、未だ伝承上の存在に過ぎないが。
「さ、気を取り直してディガーマに向かうよ」
幸いにも負傷を免れたアリシアとミューアは、森を抜けて人間族の街ディガーマを目指すのであった。
-続く-




