ディガーマの街へ
翌朝、アリシアとミューアは出発のため身支度を整えていた。激闘を終えたばかりとはいえソトバ村はゴールではなく、追わねばならないのはピオニエーレだ。
「ソトバ村から一番近い街はディガーマだったね?」
「そう。アタイもたまに行く規模の大きい街なんよ。距離は結構離れてるけん、辿り着くまでには疲れちゃってなぁ……でもアンタ達なら余裕っしょ?」
「アタシは普段から鍛えているし、アリシアも体力が付いてきてるから問題ない。その街を経由して王都を目指すことにするよ」
「けど気を付けなよ。ソトバ村からディガーマに行くには森を突っ切らないといけないんけど、その森には厄介な魔物が生息しているけん」
人手の及ばない地域には魔物の脅威が存在しているものだ。それを重々理解しているミューアは、やはりかと特に驚くこともなくラミーに話の続きを促した。
「一体どんな魔物がいるんだ?」
「ギラビーっていう魔物を知ってるんね?」
「ああ。ハチに似た形の魔物だろ? 人間サイズの大きさでキモいんだよな、アレ……」
「そのギラビーが徘徊しとるんね。見つかったら近くの仲間を呼んで襲い掛かってくるから注意せんと」
ハチの中でも最大最強のスズメバチに酷似した形状の魔物、それがギラビーと呼称される種族だ。特徴的な黄色と黒の警告色は相手を威圧し、その重低音を響かせる羽音が恐怖を感じさせる。
「村人はギラビーを恐れて街には行かないんよ。本当はアタイも嫌なんけど、街で物資を買わにゃ色々と足りんけん。まあボーナス報酬が村長から貰えるから、毎回死にかけながらも往復してるんけどね」
「ラミーも苦労しているんだな。そういう敵がいるという事前情報があるのと無いのでは違うから、助かるよ」
「じゃあ、もう一つ情報をあげるけん。あんな、ディガーマには人をたぶらかす悪いダークエルフがいるって話なんよ」
「ダークエルフだって?」
ミューアはアリシアと思わず顔を合わせる。悪人などドコにでもいるものだが、同族の成れの果てであるダークエルフとなれば気になるのは当然だ。
「そのダークエルフさんについて何か知っていることはありますか?」
「夜の街に出没して、酒場などで人を誘惑するらしいんよ。そして、そのダークエルフに付いていったら最後、調教されて心も身体も支配されてしまうって話やけん」
「なんていうか、こう……ナンパしまくって相手を堕落させてしまうダークエルフさんというコトなのでしょうか…?」
「よく分からんけどね。しかも、そのダークエルフは女性で、手を出す相手も女性のみらしいんよ」
そのダークエルフは女性にしか興味を示さないようだ。ある意味で信念というか、好みは曲げないという強い意思を感じる。
「ならアリシアが危ないね。めちゃカワなエルフだからな」
「い、いや私は別に……」
アリシアは人目を引くレベルで愛らしい顔つきをしており、それを自覚していないのは本人くらいだ。
「だから二人が来た時に警戒してしまったんよ。そういうダークエルフがいるという噂を耳していたもんで、もしアンタ達がマトモなエルフじゃなかったら更に困ったことになるなと……」
「あーね。確かにね。ダークエルフは困るよねェ」
ラミーの警戒心は当然のもので、ミューアはまたしてもヘタな誤魔化し方で頭をポリポリと掻いていた。共闘を終えた後の今の関係値であれば、ミューアがダークエルフであると告げても受け入れてくれそうなものだが、どうにも歯切れが悪くなってしまう。
「でも二人はダークエルフじゃないってアタイには分かるけん。悪人が助けてくれるわけないし、悪いオーラを感じないんな」
「勿論、私達は良いエルフですよ。特にミューアさんなんて私を何度も助けて守ってくれてますし! ミューアさんがいなかったら私は既に死んでいたことでしょう」
そう擁護するアリシアは、もうミューアをダークエルフなどとは思ってもいなかった。だから誤魔化しなどではなく、これは本心としてラミーに伝えたのである。
「アンタ達はお互いに認め合っているというか、尊敬しあっているんね。昨日の晩、ミューアもアリシアのことを褒めていたもんね」
「えっ、そうなのですか!?」
「ソトバ村に来てくれたのもアリシアが率先して行動を起こしてくれたからだって、鼻高々に語ってたんな」
それを聞いたアリシアは嬉しそうにモジモジとし、ミューアは照れるように視線を外した。この二人のリアクションは、見ているラミーのほうが気恥ずかしくなり、コホンと軽く咳払いする。
「ともかく、ありがとうな。アタイの命もアリシアとミューアのおかげで繋ぎ留めることが出来た」
「お役に立てたなら何よりです。私が生き残った意味もあるというものです」
死んだ仲間達より自分が優れているエルフだとアリシアは全く思っていない。だからこそ、こんな自分だけが生存してしまったことに罪悪感のような感覚を覚えることもあった。
しかし、こうして誰かの役に立てたのであれば、今生きていることも無駄ではないと自らを鼓舞して勇気も湧いてくるというものだ。
「では、私達は行きますね。またいつかお会いしましょう」
「アンタ達も忙しいみたいだし、頑張ってな。アタイで力になれることがあるなら協力するけん、困ったらソトバ村に戻ってくればいいよ」
「えへへ、ありがとうございます!」
ペコリと軽く会釈し、アリシアはラミー宅を出る。朝日の暖かさと村を吹き抜ける穏やかな風が心地よく、旅の再開にはもってこいの気候だ。
「さて、まずはディガーマという街を目指すんですよね?」
「ああ。その街を通過して王都方面に向かう。別に街に寄る必要は無いんだけど、野原だとか森とか自然の豊かな地帯では魔物と遭遇する確率が高いから、なるべくなら安全策を取りたい。人間の街の周囲は兵士が警備して魔物は追い払われているし、エンゲージする可能性が低いのさ」
魔物と接触するリスクを減らすためには、魔物の少ない場所を通るしかない。その場合、警戒態勢の整っている大きな人間の街の周囲は最適と言える。
「私は自然豊かな場所が好きなのですが、今は仕方ありませんね」
エルフ族は人工物の多い地域より、村のような土の香りがする土地の方が性に合っている。アリシアもまた典型的なエルフで、人々の喧噪よりも、川の流れる音や小鳥の鳴き声を耳にしていたいのだ。
「人里に慣れているとはいえ、アタシも静かな外の方が好きだよ。この戦いが終わったらさ、どこか魔物のいない山の中とかで暮らすのも悪くないな」
「いいですね。忙しいのが終わったら、いつかはスローライフとやらを満喫してみたいものです。でも、一人きりだと寂しいですから……その時は、ミューアさんも一緒だと嬉しいなぁ…なんて」
「ふっ、じゃあ二人で」
断られなかったことに安堵したのか、アリシアはホッとしながら笑顔を浮かべている。家族も友人も失った彼女は、もうミューアしか心を許せる相手がいないのだ。
「ま、その前にケリを付けないといけない相手がいるからな。エルフの雷を先に入手し、秘宝たる世界樹の枝も取り返す」
「今の私達なら大丈夫ですよ。前よりも強くなりましたから!」
今回の戦いでアリシアはまた一つ成長した。シューティングスターという大技を体得し、強敵であっても蹴散らせるだけの力を発揮できるようになったのである。
「頼りにしてるよ。さ、まずは森を突破しないとね」
「ギラビーでしたっけ? ハチ型の魔物が出るそうですが……」
「みたいだね。ギラビーは攻撃性の強い魔物で、ケツの先端に装備されている大針で相手を突き刺して攻撃するんだよ。その針には猛毒が流れていて、大抵の生命体は一撃で死に至る」
「じゃあお尻の針さえ気を付ければ…?」
「それだけでなく複眼からは魔弾を撃ってくるんだ。遠近両方の攻撃手段を持っているし、そもそもの機動性が高いから厄介なんだよ」
大柄とはいえ機動性が損なわれているわけではなく、むしろスピードで相手を翻弄するらしい。寄生して催眠状態に置くといったトリッキーさではなく、純粋な戦闘力を求めた姿がギラビーという魔物なのだ。
「でもまぁ、出会わなければ問題ありませんよね。隠れながら慎重に進めば無事平穏に森を抜けられますよ」
「そう願いたいな」
ソトバ村の領地から出た二人は森へと分け入る。ここを真っすぐに進んで行けばディガーマへと辿り着けるのだ。
「でも、なんかイヤな予感がするんだよな……」
ミューアの脳内にはギラビーに囲まれて串刺しにされるというイメージが投影され、その悪い想像を振り払うべく思考を切り替える。アリシアの言う通り、静かに隠れながら進めば見つからずに抜け出せるハズだ。
先導するミューアはアリシアに指示を与えつつ、陽の光が届きにくい深緑の荒道で一歩を踏み出すのであった。
-続く-




