侵略者達の女王
まずは村人一人をコ・パラサイトモスカの魔の手から救い出す事に成功したが、まだソトバ村自体を解放したわけではない。アリシア達は警戒しつつ村の中央区画へと向かい、その先にある神殿を目指す。
「ん? 倒れている人がいるな」
先導するミューアは道端に倒れている人影を発見し、剣を構えながらゆっくりと近づく。その背中にはコ・パラサイトモスカの姿はないので、寄生をされている可能性は低そうだ。
「……ダメだな。亡くなっている」
既に息絶えており、激しい出血の跡が見られる。恐らく、寄生された村人に襲われて絶命したのだろう。
「こんなん酷すぎる……」
ソトバ村の住民であるラミーは悲し気に呟き、目を逸らした。戦士ではない彼女には殺害された遺体というショッキングな光景を直視する勇気はない。
アリシアもまた脳内にフラッシュバックするものがあった。それはエルフ村での惨劇で、惨たらしく死を迎えた同族の最期の姿と重なって見えたのだ。
「行こう。これ以上の被害を生む前に」
こんな中でもたくましいのはミューアで、傭兵として死という概念と常に付き合ってきた彼女は心を切り替えられる強さをもっている。そのミューアがリーダーを務めているからこそ、アリシアとラミーは動けているのだ。
先程の遺体に静かに黙祷を捧げた後、再び村の中を行く三人。すると、いくつかの視線が自分達に向けられているというプレッシャーを感じ取った。
「敵がアタシ達を察知したな。襲ってくるぞ」
「負けるわけにはいきませんね」
アリシアは黄金の魔弓に魔力を充填させ、いつでも発射できる体勢を整える。
直後、村中央部に建っている数軒の家から示し合わせたかのように村人達が飛び出した。皆一様に理性を感じさせない死んだ魚のような目をしていて、背中にはコ・パラサイトモスカが取り付いている。
「相手は十人…ラミーも準備はいいな?」
「問題ないん。なんとかやってみせる」
ボロい魔弓を握ったラミーは闘志を示し、頷くミューアが先行して寄生された村人の前に立ちはだかった。
「数は多いけど、単体の戦闘力はさほど高くない。アタシらなら勝てる!」
そして、襲い掛かってきた村人の鎌をヒョイと簡単に避けてみせた。寄生された側の身体能力がダイレクトに戦闘力に直結するため、普段は戦わない一般的な人間が相手であればエルフを上回る程の力は出ない。
問題は人数差であるが、ミューアが上手くいなして攻撃を流している。
「ミューアさんが頑張っているんですから、私達で狙撃するんです!」
アリシアは魔力の矢を装填して村人の側面から狙う。そして、冷静に相手の動きを見極めて放った矢がコ・パラサイトモスカを貫いてみせた。脳内によるコントロールをせず、的確に直撃したのである。
「当てました!」
矢に胴体を貫通されたコ・パラサイトモスカは瞬時に絶命し、これで村人を一人救えたのだ。とはいえ、意識を失ったままドサッと地面に倒れているので安全地帯に運ぶ必要があるが、まずは目の前の戦闘を終息させなければならない。
「アタイも…そこっ!」
負けじとラミーも矢を放つも外してしまった。戦闘慣れしていないので正確な射撃をするのは難しいだろう。
しかし、エルフ達の奮戦を間近で見ているラミーは引き下がらない。今度はもっと相手に接近し、ミューアの援護にまわった。
「いけるかね…!」
ミューアに弾き飛ばされた村人をロックオンする。その村人は転ばないように姿勢制御をするのに手一杯で、ラミーに気がついていない。
「今度こそ、やってやるけんね!」
限界まで引き絞った矢が音速並みのスピードで飛翔する。死角から放たれたこともあり、コ・パラサイトモスカは対処できなかった。
結果、人体にも匹敵する大きさのハエ型魔物の頭部は矢によって粉砕され、残った体は糸の切れた操り人形のように落下する。
「ラミーさん、ナイスです!」
「この調子でいくんね!」
二人の魔弓使いの勢いを傍目で見ていたミューアは心強く思い、クワを片手に襲ってきた村人の背後に回り込む。
「ハエってのは反射神経が良い虫だけど、魔物になっちまうと遅くなるんだな! この程度のスピードでアタシに勝とうなんて!」
虫のハエは人間よりもハイスピードの世界で生きている。諸説あるが、体のサイズが小さい程に体感的な時間は速くなり、大柄な人間種に比べて虫は世界の動きが速く見えているようだ。とりわけハエは捕食者から逃亡するために非常に高度な反射神経と機動性を手に入れたのである。
だが、魔物のコ・パラサイトモスカは似た形をしながらも全く別の進化を遂げた生命といえよう。大型で捕食者も無く、安全に寄生して餌を得る。こうなれば虫のハエような特性を得る事もない。
両者に共通点があるとすれば他生物への寄生を行う点であるも、その方法はあまりにも違いすぎるので、どうしてこうなった感は否めないが。
「よし、押し勝てている…!」
次々と村人を解放していき、ついに残る相手は一人となった。こうなれば人数差でも上回っており、負ける要素が見当たらない。
だが、それをコ・パラサイトモスカも理解したようだ。このまま戦闘を続けても勝機が無く、仲間達のように撃破されてしまうのは時間の問題だと。
「飛んだっ!?」
寄生先の人間を離れ、重低音の羽音を響かせながら空中へと飛びあがる。その飛行力を活かして逃亡を図るつもりなのだ。
「任せてください! あれくらいなら撃ち落とせますよ」
「いや、待て。アイツには飛んでいってもらう」
「逃がしてしまっていいんですか?」
「多分だけど、アイツは司令塔であるパラサイトモスカ本体の所に向かう。それを追えば、敵将の位置も明確に分かるというものさ」
神殿にいるというのは予測でしかなく、確かな情報ではない。ならば、その配下のコ・パラサイトモスカを泳がすことによって正確な隠れ家を特定するのも悪くない案である。
「アッチは神殿の方角…やっぱり、ハエの親玉は神殿にいるのと違うん?」
「追ってみよう」
ミューア達は敗走する敵を追って村の中央区画を走り抜け、やがて村のはずれへと足を踏み入れた。ここは村の他の場所とは違って人が生活している雰囲気は無く、どこか厳かささえ感じる場所だ。
歩きやすいよう整備された林道が目の前にあり、ここを進むと神殿へと到着するらしい。
「この先の林道は手入れがされているね」
「神殿はソトバ村のシンボルだし、村人の心の拠り所やけん。だから周囲もキチンと整えてあるんな。毎週、交代で清掃活動もしているんね」
「農作を生業とするソトバ村には、豊穣の女神が奉られている神殿は特別な建物だもんな」
「だからこそ、そこを汚染するのは許せん。絶対に取り戻してみせる」
三人がゆっくりと歩を進めていくと、石造りの大きな建造物が視界に入る。入口の幅広な階段は約五メートルの高さがあり、その先には太い支柱に支えられた神殿本体が佇んでいた。
「天井に穴でも開いているのか? コ・パラサイトモスカが入っていくぞ」
「そんなハズは…きっと、魔物共が入る時に破壊したんね」
「女王たるパラサイトモスカはメチャデカだって話だし、入り口からじゃ到底無理だろうからな」
ミューアは階段を昇り、支柱に身を隠しながら神殿内部の様子を窺う。ある程度開放的な作りであるため、外からでも内部を覗き込める。
「ウソだろ…ホントにデカいな」
「どうなってます…って、アレがパラサイトモスカですか!?」
神殿のサイズは縦十五メートル、横三十メートルはあるだろう。これを建造するには相当な労力が必要であったろうが、感心するべきはそこではない。
問題は、神殿の内部を占拠している魔物にある。間違いなくパラサイトモスカなのだが、そのサイズは神殿内部を埋め尽くすほどであるのだ。
「ふーむ……どうやって倒せばいいんだ…?」
体のサイズは防御力や耐久性に直結する。単純に大きい方が致命傷を受けにくく、逆に小さければ弱い技でも死に至るものだ。
ミューア達の装備ではダメージを与えるのも容易ではなく、的確に弱点を狙うか
攻撃を重ねていくしかない。
「敵が動き出します…!」
パラサイトモスカは地響きと共に頑強そうな前足を踏み出し、続いて羽を動かす。先程までは最低限の生命活動でエネルギー消費を抑えていたのだろう。しかし、交戦体勢へと移行して殺気を全身に纏わせている。
「ミューアさん、まずはわたしが射撃を!」
「よし、頼む!」
アリシアの魔弓が矢を発射し、神殿の柱の間を縫うようにして飛翔していく。これも黄金の魔弓の特殊能力による技であり、アリシアは完全にコントロールできるようになっていた。
だが、
「効いていません!」
パラサイトモスカの顔面に直撃したものの、矢は有効なダメージを与えられていない。パワーアップしたアリシアでもパワー不足のようだ。
直後、神殿の正面の壁をブチ抜き、パラサイトモスカが姿を現す。見るもおぞましく、グロテスクなハエ型の魔物は三人の獲物を眼下に捉えた。
-続く-




