孤独のラミー
キャンプをした川辺から歩くこと約三十分、林道を抜けた先の盆地にソトバ村は静かに広がっていた。特に争いが起きている様子などもなく、見た目には異常事態に見舞われているとは思えない。
「さて、まずは偵察だね。村は大きな盆地の中にあるから見渡しやすい」
盆地は周囲よりも土地が陥没しているような地形で、皿のように中心部に向かって抉れている。そのため、盆地の外側からなら見下ろすように全体を観察することができるのだ。
アリシアとミューアは木陰に隠れながら目視での観測を行う。ソトバ村には数十軒の民家と、田畑が存在しているが人影は無かった。
「うーん…誰もいませんね」
「昼間だというのに農作業をしている人が一人もいないというのはオカシイ。村に侵入し、直接確認をするほかないか」
リスクはあるが、村に降り立って一軒一軒を尋ねるしかなさそうだ。
二人は慎重に移動を開始し、ソトバ村の敷地内へと入り込む。
「なんか不気味な雰囲気だ。人を見かけないとはいえ、こうも妙な感覚に陥ることはない」
「やはり魔物による侵略が……」
「装備はいつでも手に取れるようにしておくんだ。突然襲われる可能性もあるから」
「はい」
背中に背負った魔弓に手を当て、アリシアは警戒しながら近くにある小さな木造建て一軒の家へ近づく。
「…ん? 物音がした…?」
窓に耳を当てると、その家の中で何かが落下するような音が聞こえた。自然と物が落ちたのかもしれないが、楽観的に考えられる状況ではない。
「ミューアさん、こっちに」
「どうした?」
「中に誰かがいるかもしれません。音がしたんです」
「よし、内部へ侵入できる経路がないか調べよう。扉でも窓でもいいから鍵が開いている場所を探すんだ」
二人は窓に手をかけ、鍵が掛かって開かないことを確認してから正面玄関へと向かう。
「待て! 足音がするぞ…!」
「間違いなく誰かいますね」
玄関に触れようとした時、中で足音がしているのを探知した。忍び足で歩いているようだが、周囲があまりにも静かすぎるために僅かに聞こえるのだ。
「玄関に近づいてきている。相手もコッチの存在を認識しているようだ」
「どうしますか?」
「もし相手が扉を開け姿を現した瞬間に取り押さえる。野蛮なやり方だけど、こうなれば仕方ない」
アリシアはミューアの案に頷き、全身に力を籠めた。だが、緊張感に支配された場の雰囲気に呑まれかけていて、足が硬直しそうになるのを必死に耐えている。
「来るぞ…!」
中にいる人物はゆっくりと鍵を開け、扉をギギッと開いた。
その一瞬、ミューアは相手の姿を視認する。容姿は人間族の少女で、年齢は十五、六歳くらいであろうか。
「アタイの家には誰も近寄らせんけん!」
少女は農業用の鎌を手に持って一気に飛び出し、ミューアへと襲い掛かる。小柄な体躯を活かした機敏な動きはアリシアだと対応できなかったろうが、実戦経験の豊富なミューアはギリギリで見切ってみせた。
「甘い!」
「なんなん!?」
ミューアは剣で鎌だけを弾き飛ばし、少女を取り押さえることに成功した。そして抵抗できないよう腕を抑えこんだまま家の中へと連行する。
「大人しくしてもらう。悪いケドね」
「マジでアンタらはなんなんね!? 村じゃ見たことないヤツのようやけど?」
「通りすがりのお節介焼きさ。ていうか、アンタは普通の人間っぽいね?」
「アタイはマトモやけん、手を放して!」
どうやら少女は何者かによる寄生や洗脳などを受けている様子はなく、至って普通のコミュニケーションを取れるようだ。このことからミューアは手を離し、もう交戦の意思がないことをアピールする。
「アタシ達は偶然知り合ったソトバ村の夫婦の話を聞いてやって来たんだ。この村で村人が突如暴れ出して、殺人を行うという異常事態に見舞われたから逃げ出したんだと言うから」
「夫婦……あぁ、ドーバさんとこの新婚さんかね?」
「そういや名前は聞かなかったな…小さなお子さんを連れていたよ」
「そん二人はアタイの知っている人だわ。良かった、無事に逃げ出せたんね」
少女はホッとするように胸をなで下ろし、ミューア達が敵ではないことを理解して警戒心を解く。
「アタイの名前はラミー。ここで一人暮らししてんの」
「アタシはミューア。もう一人のエルフはパートナーのアリシア」
「エルフ!? ほーん、初めて見たわ。まさか、悪名高いダークエルフとかいうんじゃ?」
「あ、えーとぉ……」
ダークエルフという存在は歓迎するべき相手ではないとラミーも知っているようだ。
問いただされたミューアは後頭部をポリポリと掻きながら目線を泳がせている。別にダークエルフと自称しなければ人間族にはバレるものではないが、実際にミューアはダークエルフであるので口ごもってしまった。
「私もミューアさんも真っ当なエルフですよ。特にミューアさんは何度も私の命を救ってくれている恩人なのです。優しいですし、世界で一番頼れるエルフです!」
そこに割って入ったのはアリシアだ。昨晩、ミューアがダークエルフの烙印を押された理由を訊き損なってしまったが、やはりどう考えてもミューアが悪人であるとは思えなかったので擁護したのだ。
「アンタはアリシアだっけ? お人好しそうなアンタが言うなら、そうなんね」
アリシアの邪気の無い愛らしさは、初対面の相手であっても親近感を抱かせる。そのため、ラミーもアリシアは信用しうると認識してくれているようだ。
「ラミーさん、この村では何が起きているのですか?」
「さあ、アタイもよく分からんのよ。二日ほど前かね、いきなり一部の村人が暴れ出してん。そんで何人かは殺されて……意味不明過ぎて怖かってんけど、アタイはソトバ村が好きなんね。だから、立てこもって状況を見てんの」
「ふむふむ…故郷を愛する気持ちはよく分かります」
「アタイは親も無しに、ここで生きてきた。これからだってこの村で生活したいん」
ラミーにとって、ソトバ村はかけがえのない安息地であったのだ。その村を元に戻したいという気持ちは強く、だから逃げ出さずに身を潜めていたのである。
「でな、暴れていた村人の背中にデッカいハエみたいんがくっ付いてんの。ありゃなんだね?」
「そいつぁ間違いなくコ・パラサイトモスカだよ。ヒトに寄生して洗脳をする能力を持つ魔物さ」
「前に聞いたことがある。ヒトに寄生して生命力や魔力を吸うんだってんね?」
「その魔物が侵略してきたんだ。きっと村のどこかに女王であるパラサイトモスカが潜んでいる。ソイツをブッ潰せば事態は好転するだろう」
「しかし、そないな魔物はドコにいるんか……」
敵の首領が潜んでいそうな場所をラミーは考え、何か思いついたようにハッとしてパンと手を鳴らす。
「ソトバ村には大きな神殿があるん。この村を見守ってくださっている豊穣の女神を奉っていて、年に一回の豊穣祭では村人達が中で祈りを捧げるのよ。五十人以上は一度に入れる余裕のある造りをしてんのね」
「ほう。そこに陣取っている可能性があるのだから偵察しに行って損は無いな。神殿は何処にあるの?」
「この家から対角線上の村の端っこなんよ。結構な距離を歩かにゃならんけど、問題は途中で寄生された村人に遭うことかぁ……」
ラミーの暮らしている家はソトバ村の外郭近くにあり、神殿は真反対の端にあるようだ。つまり、村を突っ切るのが最短ルートになるが、その途中にコ・パラサイトモスカに寄生された村人と遭遇する危険がある。
「村の周りをグルっと回って神殿に行くのもアリですね。ミューアさんはどう思います?」
「安全策を取るなら迂回するべきだね。けど、寄生された村人を救うのであれば、あえて遭遇してコ・パラサイトモスカを引き剥がすという方法もある」
「女王を倒せば配下の個体が止まるという事はないのでしょうか?」
「その可能性は低いかな。生命力や魔力を共有しているわけではないし、女王たるパラサイトモスカが停止しても行動し続けるだろうね。詳しい生態が判明しているわけではないから確かな推測じゃないけどさ」
女王を失った配下の者達がどのような行動に移るかは不明で、村人を一人でも多く救うためには直接対処するしかない。
「では早速出発しましょう。ラミーさんはどうしますか?」
「アンタ達に同行させてな。この戦いが村の命運を決めるってのに黙ってみておれん」
「一人でも味方が多いのは心強いですよ。でもラミーさんは戦闘は得意なのですか?」
「たまに狩りをする程度。あんま得意とは言えんね。けれど、前に魔物を倒したこともあるけん、ある程度はやれると思う。準備があるから待ってな」
あまり整理のされていない部屋の隅っこにはボロい魔弓が置かれており、ラミーはその魔弓とテーブルの上のポシェットを手に取る。彼女のメイン武器もアリシアと同じように魔弓のようだ。
「絶対に平和なソトバ村を取り戻す!」
闘志に溢れるラミーは、折りたたまれていた魔弓を展開して気合を入れていた。
-続く-




