ソトバ村の異変
湿地帯を抜けた二人は、通りかかった川辺にてキャンプすることにした。お互いの体の汚れも落としてスッキリとた後、満点の夜空の下で焚き火を囲んでいる。
「ハンモックがあるからコレを使いな」
ミューアは普段背負っている縦長のバッグから巻かれた布を取り出す。野宿をする際に使用している簡易的なハンモックで、川の近くに立つ背の低い二本の木の間にかけた。
「ミューアさんの方が頑張っているのですから、ミューアさんが使うべきですよ」
「頑張っているのはアリシアも同じさ。アタシは野生児だから砂利の上だろうが平気だし、見張りもあるから」
「見張りなら私もやります。以前のジット山の時はミューアさんに任せっきりになってしまいましたし、今度はミューアさんもちゃんと睡眠を取ってほしいんです」
「ふっ、なら夜の間は交代で見張りをしよう。だから先に寝ていいよ」
「私が先にやりますよ?」
「いいからいいから。アタシはまだ眠くないし、秘薬で回復したとはいえダメージを受けたんだから、先に休憩してほしいんだ」
そこまで言われればアリシアも承諾するしかない。ミューアはいつだってアリシアを気にかけてくれていて、その善意を無碍にはできなかった。
「さ、ハンモックに寝かせてあげるから」
「じ、自分で出来ますよぅ」
「任せてくださいな」
ミューアはお姫様抱っこの要領でアリシアを抱え、木々の間に吊るしたハンモックへとアリシアを寝かせる。その紳士的な振る舞いに、アリシアは思わず見惚れていた。
「…あの、ミューアさん。少し訊いてもいいですか?」
「ん?」
「ミューアさんは本当にダークエルフなのですか? これまで一緒に居て、あなたが良からぬ行いをしたエルフとは絶対に思えなくて……」
「まあ、その……過去にいろいろとあって、アタシは褒められたエルフではないのは間違いないことだよ。ダークエルフだというのは本当さ」
ミューアは自嘲するように呟き、軽く目を逸らした。
「ご、ごめんなさい。失礼でしたね、私は……言いたくない過去は誰にだってあるものなのに……」
「いや、アリシアが気にするのは当然だよ。一緒にいるエルフが善良じゃない称号持ちなんだし…アタシはロクでもないヤツなんだ」
「そんな風に言わないで! ミューアさんと共にいたい気持ちは揺らぎませんし、ミューアさんとならドコにだっていきます。例え、それが地獄でも」
「ふっ、ありがとう。そうだな、アリシアには話しておこうか。ツマラナイ話だけど……」
子守歌代わりに、自らの過去を語ろうとするミューア。そんな神妙な様子にアリシアは生唾を飲み、真剣に聞く態度であった。
だが、ミューアが口を開こうとした瞬間、何者かが近づく気配がしてソチラに視線を移す。
「あの、すみません……」
「アナタ達は…?」
警戒しながら応対するミューアだが、近づいてくる相手から殺気や敵意が無いことを確認したので武器は持たない。アリシアもハンモックから降りてミューアの斜め後方から様子を窺う。
やがて足音が傍まで来て、焚き火の光に照らされる。その相手は小さな子供を連れた人間族の夫婦であり、不安そうにミューアとアリシアを交互に見ている。
「突然申し訳ありません。実は、食料を分けて頂けないかと……」
「それは構わないけど、こんな夜中に子供を連れて何をしているんだ?」
普通に考えれば、真夜中の平原地帯に親子連れが歩いているのは不自然だ。町の中ならともかく、魔物などの危険が潜む場所を一体どんな理由でうろついているのか。
「実は、私達が暮らしていたソトバ村が変なんです。村人の一部が突然暴れ出して……それで何人かは殺されてしまい、私達は慌てて逃げ出してきたんです」
「どういうコトなのでしょう? 暴動のような?」
「いえ、分かりません。でも、その暴れている村人達は正気には見えませんでした。まるで理性の無いように振る舞っているんです」
「ふむ……」
アリシアは他人事ではないように夫婦の言葉に耳を傾ける。故郷を奪われる、去らなければならないという事象には人一倍敏感なのだ。
「これからお二人はどうなさるんです? 村から逃げてきたと仰ってましたが」
「湿地帯を超えて、その先にあるスティッグミという町に行こうと思っているんです。そこの町には私の親戚が住んでいるので、暫くお世話になろうかと。でも、湿地帯にはルマーカスラグという魔物が生息しているとの噂を聞いたこともあって不安なのですが……」
「それなら安心ですよ。私達もスティッグミから来たのですが、その道中に湿地帯を通ってルマーカスラグは倒しましたので」
「本当ですか!? では安全に通れるんですね。ありがとうございます」
ルマーカスラグ戦も無駄ではなかったらしい。こうして偶然にも出会った人間族に感謝されれば、アリシア達も頑張った甲斐があるというものだ。
「あの、ミューアさん。私達でその村の様子を見てみませんか? 何か手助け出来るかもしれませんし」
「アリシアなら言うと思った。まっ、アタシも気になるから確認しに行こう」
困っている相手を目の前にして放っておくという選択肢はアリシアには無い。その善性は立派なものではあるが、いずれ身を滅ぼしかねない危うさも孕んでいると当人は気がついていない。
「しかし、何かキッカケのような出来事はなかったのか?」
「うーん…特に思い当たるフシは無くて突然だったんです。あ、でも、異常事態になる前に巨大なハエのような生物を目撃したという話を聞いたんです。何か関係があるんでしょうか?」
「ハエか……」
ミューアは顎に手を当てながら考え込むが、実際に現地を見てみないことには始まらない。
「明日になったら私達はソトバ村に向かいます。お二人も今夜はココで過ごしてください。周りに魔物はいないようですが夜は危険ですので」
「ありがとうございます、エルフさん。本当に助かりました。魔物の侵略など様々な困難がビロウレイ王国を脅かしていますが、まだまだ希望はあると感じることができましたよ」
疲れた顔つきだった夫婦の顔に小さな笑顔が戻り、女性の抱える生後間もない赤ちゃんは何も知らないように寝息を立てていた。
この僅かな平和の時間が長く続けばいいなとアリシアは願うも、世界には多くの脅威が蔓延っている。その一つがピオニエーレというダークエルフの存在だが、今はまだ彼女の消息を掴めていなかった。
翌朝、スティッグミ方面へと向かう人間族の夫婦を見送り、アリシアとミューアはソトバ村へと移動を開始する。
「ミューアさん、あの夫婦が仰っていた巨大なハエについてですが、心当たりはありますか?」
「魔物の中に”パラサイトモスカ”というハエ型の種がいる。かなりレアな種族で滅多に目撃されることはないんだ」
「はぇ~。強いんですか?」
「交戦情報が少ないから強さは分からない。けど、ヤツらは厄介な生態を持っているんだよ。というのも、一体の超巨大な”パラサイトモスカ”を女王として、その配下に小さめの”コ・パラサイトモスカ”を数体従えている。小さめって言っても人間程のサイズがあって、その配下の個体がエルフや人間に寄生して栄養や魔力を吸収し、女王に献上するって感じなんだ」
そのパラサイトモスカは、ハチやアリに近い社会形態を築いている魔物のようで、中核となる女王が配下のものに食材を運ばせるという典型的な動きをしているらしい。
「しかも、コ・パラサイトモスカに寄生された人間は洗脳状態となってしまって、脅威と判断した相手に攻撃を行うんだ。あの夫婦の言う通りなら、村人はコ・パラサイトモスカに寄生されて暴れていると考えるべきかもしれん」
「だとしたら手遅れなのですかね?」
「コ・パラサイトモスカはヒトの背中に取り付くんだけど、引き剥がせば元に戻る。それで助けることはできるかもね」
「なるほど……」
実際にパラサイトモスカが猛威を振るっているかはまだ不明だ。しかし、状況から考えると極めて可能性が高い。
「アタシ達が戦ったルマーカスラグは相手が死ぬまで生命力や魔力を吸収するけど、パラサイトモスカは寄生相手が弱るまで吸収しても殺しまではしない。何故なら、まるで飼い殺しにするかのように、体力が回復するのを待って再び寄生するからだ。再利用とも言うべきか……」
ルマーカスラグに比べ、パラサイトモスカは知能面で上回っているのだろう。餌となる相手がいなくなっては自分の生命に危機が訪れるので、対象を殺さないように上手く生命力を吸い出しているのだ。
「エグいですね……生かさず殺さずのように寄生して支配し続けるなんて……」
「マジでエグ過ぎるよ。ヤツらに侵略されたら最後、人間もエルフも生きた栄養庫とされるわけだからね。もしソトバ村がパラサイトモスカに侵されているなら、外部の誰かが助けてやらないと、村人達の地獄は永遠に続くことになる」
アリシアはミューアの言葉に強く頷く。
「ですね。故郷を失うという悲劇は繰り返させません。もし取り返しがつくのなら、全力で戦います」
ソトバ村へと続く林道を行く二人は、闘志に満ちていた。
-続く-




